まずはビジネスの本質を見つめ直すところから始めよう。『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)の著書である鎌倉マインドフルネス・ラボ代表取締役の宍戸幹央さんとクマベイス代表取締役CEOの田中森士さんのインタビュー3回目は、マーケティングZENを実際に導入していくための4つのステップを紹介する。聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也。
第1回
「マーケティングの世界は、『禅』に答えを求めている」
第2回
「『マーケティングZEN』のゴールは、パーパス共有にある」
本質を見つめる
尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回はマーケティングZENの導入ステップについて聞かせてください。「手放してビジネスをスリムにする」「ビジネスの適切なサイズを探す」というのは、そんなに簡単ではないというか、企業でビジネスやマーケティングをしている人にとっては、「え? そうなの」と思うのではないでしょうか。
田中森士(以下、田中) いえ、それすらも思い込み、固定観念だと思います。なんのために規模を拡大するのでしょうか。今の会社のほとんどが、なんだかんだ言って、お金もうけが目的になっています。もちろん、お金をもうけることは大事なんですけど、それが目的化すると非常に危険で、本質を見つめられなくなります。
第1回でもお話ししたように、『 マーケティングZEN 』のコアメッセージは「余分なものを手放し、本質を見つめよう」です。本質を見つめることによって、ブランド力も高まります。「あれもできる」「これもできる」という会社は多いと思いますが、それでは結局、何の会社か分からなくなってしまう。会社は設立のときに目的を定款で入れているわけですから、あれもできる、これもできるだったら、「じゃあ、結局、なんのために存在しているんですか」と、パーパスが問われる事態になります。
尾上 だから、まずはビジネスモデルを見つめ直し、適切なサイズを探そうと。まず、マーケティングZENの導入には「己を見つめる」「手放してビジネスモデルをスリムにする」「ビジネスの適切なサイズを探す」という3ステップがあります。そして、4ステップ目が「マーケティング施策を絞ろう」。これは『マーケティングZEN』というタイトルの根幹にも関わると思いますが、この部分を解説してください。
田中 皆さん、「マーケティング施策は多い方がいい」という思い込みがあります。しかし、実際は顧客にとって邪魔だったり、そもそも売り上げに貢献してなかったりします。一番問題なのは企業のパーパスに背くような施策を選択していることです。だから、1回きちんと整理する必要があるんです。
海外から新たなマーケティング手法が紹介されると、多くの日本企業は魔法のつえと信じ、これをやれば売り上げが上がると思い込んでいますが、実際そんなことはありません。そうではなく、まずは自社のパーパスに立ち返るべきなんです。そうすれば、おのずとやるべき施策とそうではない施策が明確になります。
マーケティング施策を手放す
尾上 事業の本質を定義し直し、もともとのあるべき形に返り、ビジネスの規模に合ったマーケティング施策を行うことが大切だということですね。本書にはマーケティング施策を絞っている例として、鎌倉市にある糀屋(こうじや)「sawvi」を紹介しています。
田中 本書ではsawviさんをはじめいろいろな事例を紹介していますが、興味深いのは、いずれも勇気を持って、マーケティング施策を手放していることです。その結果、一時的には売り上げが落ちるかもしれないけれども、パーパスに立ち戻ったことで、新たな展開が生まれ、結果として持続可能なビジネスにつながっています。反対に、パーパスに背く形のマーケティング施策は、長期的に見ればブランド価値を毀損し、ライフ・タイム・バリュー(顧客から生涯にわたって得られる利益)が減っていると思います。
尾上 それは「顧客との関係性を整える」という5ステップ目にもつながるわけですね。
田中 その通りです。顧客とはモノやサービスの売り買いをする関係だけではなく、パーパスを共有する、より深い関係を築いていくのです。
尾上 本書ではマーケティングZEN導入の5ステップが1章ごとに紹介されていて、そこで企業の取り組み事例が紹介されています。お二人は、いろいろな会社やお店を訪問されたんですね。
宍戸幹央(以下、宍戸) 先ほどお話に出たsawviは、実は鎌倉の円覚寺管長に「面白いお店があるよ」と紹介してもらった店です。さまざまな方々にユニークな会社やお店を紹介いただき、田中さんと一緒に各地を巡りました。
田中 マーケティングZENの枠組みに入るお店やブランドは、意外なことに相互のつながりがあるんです。
宍戸 取材に出かけた街で、たまたまふらっと訪問し、大当たりだったところもありました。
田中 取材に時間もお金も相当かけたんですけど、次第にどこに行くべきか分かってきました。お店のたたずまいを見て、「ここはきっとマーケティングZEN的なお店だな」と。結構、当たりましたね。
尾上 本書を読んだ読者が、マーケティングZEN的なお店を探していくのも面白いかもしれませんね。
海外からも反響が
尾上 本書誕生のきっかけの1つが、アジア・マーケティング連盟からのお話だったと伺いましたが(第1回 「マーケティングの世界は、『禅』に答えを求めている」 参照)、刊行後、日本以外のいろいろな地域から反響が来ているそうですね。
田中 マーケティングZENのさわりをLinkedIn(リンクトイン)で発信してみたところ、韓国、インド、ドイツから反響がありました。不思議とアメリカからは反応がありません。確かにマーケティングZENはアメリカ的なビジネスのやり方とは対極に位置する概念なので、うなずけるところなんですけれども。
ヨーロッパから反響があったのはうれしいですね。ヨーロッパの人は歴史と文化を大事にしていて、次世代に受け継いでいかなくてはという気持ちがあるように思います。そこにうまくフィットしたんでしょうね。
尾上 本書のタイトルを「ZEN」にした意味がありますね。
宍戸 私自身、禅とマインドフルネスの国際フォーラム「Zen2.0」に関わりながら、日本以外の国で禅が求められていると感じます。また、教育の分野ではマインドフルネスと表現を変えながらも、禅と共通する世界観が広まっているように思います。
尾上 私は仕事でマーケティングに携わっている時間が長いので、本書のいろいろなところが刺さりました。普段は忘れていたというか、脇に置いて目先の仕事をやってしまっているんだなと認識させられました。本書はマーケティングや企業経営に携わる人にぜひ読んでもらいたいと思いますね。
宍戸 本書を通して、マーケティングの世界に禅的な考えが広がってほしい。また、個人の生き方や教育のあり方を考える際にも参考になるでしょう。より自分らしく、本質的な生き方をしてみたいと思う方にも読んでいただければと思っています。
田中 マーケティングZENに共感してくださる方の輪を少しずつ広げていきたい。マーケティングZENを実践する企業、お店が増えたら、世の中はもっと明るくなります。社会全体の幸福度を高めることに貢献する概念ですので、ぜひ多くの方に読んでもらい、実践していただきたいと思います。
文/三浦香代子 聞き手/尾上真也 写真/小野さやか 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部)
■開催日時:2023年5月25日(木)19:00~21:00
■参加費:会場参加 2200円/会場参加+書籍付き 4070円(いずれも税込み)
■会場:透明書店 東京都台東区寿3-13-14 1F
※ 詳細はこちら
「マーケティングZEN」とは、これまでのビジネスのあり方を見直し、無駄をそぎ落とし、持続可能な環境・関係を意識した、見返りを求めない利他的なマーケティング手法。自社と他者との境界線を消していくことで、本来の顧客主義に戻り、企業活動に循環と持続性をもたらす。
宍戸幹央、田中森士著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)