書店はとても好きな場所です。月に1回は近所のお気に入りの書店に行って、ゆっくりと店内を歩いて回ってぜいたくな時間を過ごします。

 巡回コースのゴールは一番好きな文芸のコーナー。でも、ゴールまでに海外翻訳本や教養、ビジネスなど、いろんなコーナーに寄り道しながら、あえて時間をかけて回るのが好きです。

書店ではパッと目に付く本との偶然の出合いをいつも楽しんでいます。
書店ではパッと目に付く本との偶然の出合いをいつも楽しんでいます。
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 國分功一郎さんの『 暇と退屈の倫理学 』(太田出版)も、最初にポップで赤い表紙が気に入って手に取った1冊です。

 「なぜ人は退屈するのか?」という哲学的な問いに対する論考が展開される本で、内容が面白いのはもちろんのこと、本の「構成」がとてもクリアで好みでした。

左が太田出版の『暇と退屈の倫理学』、右は文庫化された新潮社のもの
左が太田出版の『暇と退屈の倫理学』、右は文庫化された新潮社のもの

 作家の平野啓一郎さんが『 本の読み方 』(PHP研究所)という本の中で、一見難解な本は構文を理解するといいと解説しているのですが、國分さんのこの本は仮説・検証・結論がきれいに整理されて展開され、まるでお手本のよう。比較的ボリュームがある本なのに、気がつくと終わりが迫っている。快適な読後感を得られる本で、論証の方法の参考にもなりました。

 この本に限らず、國分さんは複雑なテーマを誰にとっても理解しやすく明快に論じて、私たちの視界を照らしてくれます。いつか著者にお会いして直接お話を聞けるとしたら、あんな質問やこんな質問をしてみたい。そんな希望を描くのも、読書の楽しみですね。

 さて、第1回の記事「 林千晶「年間100冊読む」と決めたら気づいた、多読の意外な効果 」では、「枠を超えたもん勝ちですよ」という話をしました。読む本の冊数の枠を広げると決めただけで、世界がぐんと広がるということです。

 自分でいつの間にか規定してしまった枠を取り払って、出合いのままに本をめくっていくと、自分の頭の中にある“枠”の存在にもどんどん気づかされます。最近、私の認識を塗り替えてくれたのは『 ヒルビリー・エレジー 』(J・D・ヴァンス著、関根光宏・山田文訳、光文社)でした。

 私たち日本人が「アメリカ」というとき、東海岸のボストンやニューヨーク、あるいは西海岸のサンフランシスコやロサンゼルスを想起する人が多いのではないかと思います。けれど、アメリカという国は日本人が考えるよりもずっと広く、シビアな経済格差が存在するんですよね。日本人の認識からすり抜けがちな「ラストベルト」と呼ばれる地域に暮らす貧しい白人労働者階級の独特の文化を、当事者のライフストーリーを追いながら知ることができる本です。

『ヒルビリー・エレジー』(J・D・ヴァンス著、関根光宏・山田文訳、光文社)
『ヒルビリー・エレジー』(J・D・ヴァンス著、関根光宏・山田文訳、光文社)

 出版は2016年(原書)と古いですが、アメリカ大統領選が進んでいる今だからこそ読む価値があると感じますし、複雑な多様性を内包したアメリカ社会が、これからどのようにダイバーシティ&インクルージョンを進めていくのか、より関心が高まりました。

 Out of the box――型にはまらず、既存の枠を超えて思考を解放する姿勢は、デザインリサーチの根幹です。

 今回、このインタビューの中で、私が枠を超える助けとなってくれた本を数冊紹介しました。どれも大切な本です。でもきっと、これらの本も私の中にとどまることなく、流れていくのでしょう。

「電子書籍でも読んだことはありますが、私は実際に紙の本を手にしないと読めないタイプだと気づきました」
「電子書籍でも読んだことはありますが、私は実際に紙の本を手にしないと読めないタイプだと気づきました」
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 これまで読んだ小説の中でもとりわけ大好きなレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』でさえ、私はそのあらすじを十分に説明できません。どこにどう感動したとか、そういう輪郭もあまり覚えていないんです。ただ、忘れられない記憶が一つあります。夢中で読み進めて、気づけば残すところ5ページほどだと気づいたときに感じた強烈な羨望です。

 「ああ、この本をまだ読んでいない人が羨ましい。私ももう一度、『この本を読んでいない私』に戻りたい!」。そう心から願ったことだけは、鮮明に覚えているんです。

「読み終わりたくないほど、その本を読んでいる時間が楽しかったんですね」
「読み終わりたくないほど、その本を読んでいる時間が楽しかったんですね」
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 流れていくし、とどまるものではないけれど、たしかに私の中には経験として残っているもの。そんなふうに、これからも本と付き合っていけたらいいなと思います。

取材・文/宮本恵理子 写真/洞澤佐智子