前回 「林千晶「年間100冊読む」と決めたら気づいた、多読の意外な効果」 では、年間100冊読むというプロジェクトを通して、人に本を薦めることの大切さに気づいたという話をしましたが、薦めるどころか、最近は「本をあげる」という行動にずいぶん積極的になりました。
目の前の人に「大切な本をあげる」
私の自宅にはよく人が遊びに来てくれるのですが、リビングにある本棚に気づいた客人から「林さんってどんな本を読むんですか?」とよく聞かれるんです。そんなときには、「この本が面白かったよ。読んでみる?」って本棚から1冊引き抜いて差し出します。そして、そのままあげちゃうんです。
もともとミニマリストで必要最小限しか物を持たないと決めている私にとって、本棚に残している本は全部とっておきのお気に入りです。その大好きな本を、パッと手放せるかどうか。私は手放せる大人でありたいと思います。
逆に言うと、人にあげたくなるほど心から薦められる本しか本棚には置いていない、ということでもあります。だから、特に気に入った本は、自分用の他に3~4冊買うのが習慣になっているくらい(笑)。
仮に、大好きな本を全部手放してしまったとしても、私は平気だと思うんです。なぜなら、私にとって本は「流れていくもの」だから。
どんなに素晴らしい本でも、1冊の中に書かれている一言一句を記憶にとどめるなんてできるわけがないし、頑張って覚えておく必要もないんじゃないかと。
その本に出合ったときの感動や、薦めてくれた人の笑顔、そして読み終えたときにその風景が思い出せるだけで十分。そう、まるで素晴らしいレストランでの食事の体験のように、何を食べたかは思い出せなくても、体験の記憶としていつまでも色あせないような。
「本は自分の中にとどまるものではない」と捉えるだけで、読書はぐんと気楽になるかもしれませんね。
私がこの価値観を得た原体験は、学生時代の引っ越しでした。
本は所有していなくても、自分の一部になる
私は小学生の頃から図書館通いが大好きで、1日に3、4冊を読んでいたくらいの本の虫でした。学校の友達になじめなくて、本の世界に没頭して『シートン動物記』や『若草物語』に夢中になって以来、いつも本は身近にあったんです。
留学のために自分の部屋の荷物をまとめて、本も整理して、絶対に捨てたくない本だけ50冊程度残してきれいに梱包して「これは捨てないでね」と家族に伝えて置いていったら、なんと誤ってその50冊が捨てられちゃったんです。もちろん悲しかったけれど、「あれ、思ったよりも平気だな」と気づいて。本は所有してとどめなくても、自分の人生の一部になるものだという感覚が身に付いて、今に至ります。
話を戻して、今の家の本棚に厳選して置かれた本は200冊くらい。文芸や哲学の本が多いのですが、今日は比較的ビジネス書っぽいタイトルの本を幾つか持ってきました。
まず、敬意を込めてお薦めしたいのが、小野和子さんの『 あいたくてききたくて旅にでる 』(PUMPQUAKES)です。生涯をかけて東北で民話の聞き取りを行ってきた小野さんの尊い営みの記録。他人の言葉や気持ちに寄り添うこと、その難しさと思いやりの大切さ、生きることの素晴らしさを教えてくれる名作であり、私の本業であるデザインリサーチの原点と言えます。
仮説を先に置き、その仮説が「正解」であることを確かめるようにプロセスを踏むマーケティングリサーチとは180度違い、何も仮説のない真っさらな状態から問いを起点にリサーチを進め、その広がりの中から本質を見つけていくというのがデザインリサーチの本質です。ところが、これは本当に難しくて、つい自分の中の仮説に寄せたり、正解を当てに行ったり、予定調和な筋道へと進んでしまうのがよくある失敗なんです。
目の前の人の話に真っすぐに向き合って、その人からつながる人にさらに話を聞くことで、初めて知る世界がある。思えば私もそうやって、自分のテーマを切り開き、「人間中心ではない動物とも共存できる社会をこれから目指すべきだ」という価値観に至って、9年前に「株式会社飛騨の森でクマは踊る」を立ち上げ、自然とテクノロジーの共生に挑戦する取り組みを始めたのでした。
そもそも限定された地域や人の話などが、なぜ「民話」として伝わるかというと、日常や一般の概念から突出した「エクストリーム」な存在や出来事を伝承してきたから。世の中の7割、8割を占める大多数を理解するのではなく、“規格外”としてはじかれがちな少数派の人たちの話に耳を傾ける。
きっとこれからの時代のビジネスで大切になるであろう姿勢を教えてくれる珍しい本です。読み心地も優しくて温かい。粘り強く聞き取りを続ける小野さんのタフな精神にも圧倒されます。
企業に頼まれたわけでもないのに、強い使命感を持ってリサーチを続けられた姿勢には頭が下がります。今の私にはとても時間が足りなくて、これほどまでにストイックなリサーチはできません。ただ、この本を通じて、小野さんの息遣いを感じることで「ならばこういう事業が必要なのではないか」とプランを練って自分なりに行動することはできます。
2022年にQ0(キューゼロ)という会社を立ち上げて、日本の地方を起点にサステナブルな地域デザインに挑戦している今の私を奮い立たせてくれる刺激になりました。会社設立パーティーの日に、「千晶ちゃんが絶対好きだと思う」とこの本を薦めてくれた友人に感謝したいです。
取材・文/宮本恵理子 写真/洞澤佐智子




