ほめてもらえないとモチベーションが上がらないという若者。社会に出て、はじめて叱られて衝撃を受ける者も少なくない。そんなときに、上司としてはどうやって彼らのやる気を高めていけばよいのだろうか。新刊『じつは残酷な「ほめ育て社会」』(日経プレミアシリーズ)より抜粋・再構成して紹介します。

厳しいことを言うのを、あえて我慢する管理職

 ほめられて育つと、ほめてもらえないときにモチベーションを維持するのが難しくなることがある。モチベーションが外部依存になってしまうのだ。ほめてもらえればやる気が出るが、ほめてもらえなければやる気が出ない。

 ある管理職は、最近の若手はほめられて育っているから、厳しいことは言わないようにしているし、あからさまに叱るようなこともしていないのだが、ほめてくれないという不満をもつ若手がいて困るという。

 仕事で成果を出したり、人一倍頑張って仕事をしたりしているなら、自然にほめることもできるけれど、目標をかなり下回ったり、仕事上のミスが目立ったりするのに、無理やりほめるのも抵抗があるし、そんなわざとらしいほめ方をするのはおかしいと思うし、どうしたらいいのか悩むという。

 ほめられないとやる気になれないというモチベーションの外部依存は、けっして好ましいことではない。しかし、すでにそのような心の構造になってしまっているのだから、急に変えることはできない。とりあえず今ここで前向きになり、やる気を出してもらうには、ほめる代わりに、評価するということを意識した対応が効果的と思われる。

 そのようなケースでは、たとえ結果をほめることができなくても、頑張っているという姿勢を評価することはできるだろう。かりにそれほど頑張っていない場合でも、頑張りを評価されれば、その期待を裏切るわけにはいかないという気持ちが湧いてきて、頑張らねばといった気持ちになりやすい。

 ほめられて育った人たちは、モチベーションが外部依存構造になっていることが多いので、ほめてほしい、認めてほしいといった気持ちが強い。そうした思いが満たされないと、やる気になれず、ふて腐れた態度になったりしがちである。

 それは非常に甘えた態度だし、自分自身の成長を阻害するし、けっして好ましいことではないのだが、今さら生い立ちを変えることはできないし、現にそのような心になってしまっているので、それに対応していく必要がある。

 その意味でも、「頑張ってるなあ」などといった言葉がけによって、頑張っているのはわかっているということを伝えることで、承認欲求を満たしてあげることができ、前向きの姿勢に導くことができるのではないか。

就職してはじめて叱られ、心が折れたという若手社員たち

 「ほめ育て社会」で人格形成し、ほめられるばかりで叱られたことがない者は、社会に出てはじめて叱られ、大きな衝撃を受けることになる。

 私は、常勤・非常勤を合わせると20近くの大学で教員を経験したが、成績が悪くても単位を与えないと評判が悪くなり受験生が減るとか、どんなひどい点数でも就職が内定しているのだから落とすわけにはいかない、などといった話が出たりした。

 私が授業中に寝ている学生を起こしたり、毎週大幅に遅刻する学生に注意したりすると、「はじめて注意された」「学生を注意する先生ははじめてだ」などと言われるようになった。

 私が接した学生たちの多くは、注意されると素直に従ったが、注意されると感情的になって反発する者も少なくないようだ。叱られたことがないため、注意されても何が悪いのかわからず、自らを省みる気持ちの余裕がなく、自分を不快にさせた相手に対する攻撃的感情が湧くのだろう。

 実際、授業中に何度注意しても大声での私語をやめないため、教員が厳しく注意したら、学生が教務に「きついことを言われて傷ついた」と訴え、その教員が大学側から注意を受けたというようなこともあった。

 だが、就職すれば立場はガラッと変わる。お金を払う学生からお金をもらう従業員になる。そうなれば、もうお客様ではなく、使用人である。だから、就職すれば、そうした甘えもなくなるはず。そのように言うキャリア教育専門家と話したこともあった。

 現実はどうだろうか。就職しても、生徒・学生時代のお客様意識は変わらず、上司や先輩から注意されると、その不快感に耐えられず、感情的に反発する者もいる。

上司や先輩から注意されると、その不快感に耐えられず、感情的に反発する者もいる(写真:siro46/stock.adobe.com)
上司や先輩から注意されると、その不快感に耐えられず、感情的に反発する者もいる(写真:siro46/stock.adobe.com)
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 反発しない場合でも、注意されたことがショックで、ひどく落ち込み、そこからなかなか立ち直れない者もいる。ちょっとでもきつく叱られたりすると、もう耐えられないといった感じで、「心が折れた」と口にする者もいる。

 お金を払う側からお金をもらう側に転じたはずなのに、相変わらず甘い対応を求め、厳しい対応には耐えられない様子なので、経営者も管理職も甘い対応をせざるを得なくなっているわけである。

 それは納得がいかないという管理職もいるが、これまでほめられるばかりで厳しいことを言われず叱られたこともないため、厳しさに耐える心になっていないのだから、やむを得ないだろう。

我々はいつの間にか「ほめて育てる社会」に慣れ、叱る・叱られることが本当に下手になってしまった。しかし、今後待っているのは、自分から奮起することができない人はおいていかれる残酷社会だ。叱られることがないので現状で満足してしまう人と、自分を成長させたいと努める人との差が、知らぬ間に大きくなってしまう、そんな社会の実情を検証する。

榎本博明著/日本経済新聞出版/990円(税込み)