「アニメ界隈(かいわい)」「美容界隈」など「〇〇界隈」という表現は定着してきたが、そもそも「界隈」とは何なのか? 界隈という言葉の使われ方の変遷、SNS(交流サイト)上などで広がってきた界隈の正体について、日経プレミアシリーズ『界隈経済圏 「平成女児」「風呂キャンセル」から「伊能忠敬」「皇居ラン」まで』(牧口松二著)からの抜粋で解説していく。

「#〇〇界隈」って、そもそも何?

 「界隈」という言葉を辞書で引くと、「ある場所の付近、一帯。また、そのあたりの人たちの集まり」とあります(『デジタル大辞泉』)。昔からよく使われていたのは、「銀座界隈」「永田町界隈」「秋葉原界隈」といった言い方です。かつての「界隈」は地図の上で丸をつけられる場所のことでした。

 「銀座界隈」と聞くと、地理的な意味だけでなく、「百貨店と老舗と高級クラブが混ざったあの雰囲気」がイメージされます。

 「永田町界隈」と言えば、「政治家と官僚と記者が入り乱れて情報が飛び交っている世界」が頭に浮かびます。

 「秋葉原界隈」と言った瞬間に、電気街のパーツ箱から飛び出してきたみたいなガジェット、アニメとゲームの巨大看板、メイド喫茶の呼び込み、イベント当日の長い行列までセットで連想されます。買い物というより「推し活に出かける場所」──それが秋葉原の空気です。

 つまり、界隈には以前から、

  • 場所としての「この辺」
  • そこに居着いている人たちの「空気」

の2つの意味が、セットで詰まっていたわけです。

 1980~90年代の雑誌やテレビでは「サブカル界隈」「演劇界隈」といった言い方が使われ始めます。渋谷系の音楽シーンや、下北沢の小劇場を語るときに、「あの界隈の人たち」という言葉が使われ、

  • 似たような趣味嗜好
  • なんとなく共有している価値観
  • ちょっと閉じた雰囲気

まで、ひとまとめに表現できる便利な言葉として広がっていきます。

 この時点では、まだネットは関係ありません。「場所」と「人」と「空気感」が重なったエリアを指す、ゆるい言葉だったのです。

「場所」から「自称ラベル」へ

 転機はインターネット、特にSNSの普及でした。匿名掲示板やブログが広まり、オタク文化や同人文化が目に見えるようになると、「オタク界隈」「同人界隈」という言い方が自然発生します。

 ここでの界隈は、日本中(ときに世界中)の点と点が、回線でゆるく結ばれた「見えない路地裏」です。深夜にだけ明かりが灯るスナックの常連客みたいに、ニックネームしか知らない関係のまま、ふらっと寄っては、好きな話題だけ置いて帰る。そういう匿名の居心地の良さが、“場所なき界隈”の最初のかたちをつくりました。

 X(旧Twitter)やInstagramが普及すると、界隈はさらに一歩進んで「自己紹介ラベル」になっていきます。プロフィール欄に「美容界隈/コンビニスイーツ界隈」「ジャズ喫茶界隈/自炊界隈」と書いておけば、まだ見ぬ相手とも、だいたいの座標軸が共有できる。「この人とは話が合いそう」「この人のおすすめは自分の舌と近いかも」という予感が一瞬で立ち上がる。昔は数分かかった自分の趣味や価値観を伝える手間が、今はスラッシュで区切った数語で済むのです。

 ハッシュタグも同じ役目を果たします。「#町中華界隈」「#サ活界隈」の一語を加えておくだけで、流れていく大河の中から同種の小舟が集まり、ひと晩だけの小さな寄り合いの場ができる。翌朝には跡形もないけれど、また夜になれば自然に集まる──そんな軽さと反復が、界隈の標準装備になりました。

自虐とユーモアを帯びた「自分の居場所」

 面白いのは、この“自称ラベル化”した界隈が、少し自虐とユーモアを帯びていることです。「そんなニッチな界隈で生きています」「界隈の端っこにいます」と名乗る口調には、「大きな看板の下じゃないけれど、ここが私の居心地のいい場所です」という照れのニュアンスが混ざります。

 その控えめさが、むしろ共感の呼び水です。「わかる、端っこにいる感じ、落ち着くよね」とうなずき合えるから、輪は無理なく広がります。界隈は“誇り8割・自虐2割”でできているとも言えるでしょう。

 アルゴリズムがこの動きを後押しします。誰をフォローし、どの投稿に長くとどまり、どのタグを踏むか。小さな行動の積み重ねから、タイムラインが勝手に「あなた向けの界隈のセット」を組んでくれる。昨日は「純喫茶界隈」だったのに、今日は「ナッツバター自作界隈」、明日は「低山ハイク界隈」と「朝活界隈」が混ざって見えるかもしれない。サブスクのプレイリストのように、界隈は日替わりで提案され、私たちは気に入ったものだけ“保存”します。所属というより“チャンネル登録”。外すのも、増やすのも、一瞬です。

会費も会則もないコミュニティ

 この軽やかさは、従来のコミュニティと大きく違うところです。会費も会則もない。顔を出さなくてもいい。返信しなくても怒られない。代わりに大事なのは、言い方と“ノリ”。界隈の礼儀はルールではなく「作法」です。写真は真上から、感想は5~10文字で、ハッシュタグは2個まで、のような“暗黙の型”が自然に共有されます。新入りもタイムラインを3日眺めればわかるし、合わなければ静かに去ればいい。出入り自由、境界ゆるめ。だからこそ、長続きします。

界隈には「ハッシュタグは2個まで」といった“暗黙の型”が共有されている(写真:Yura Yarema/stock.adobe.com)
界隈には「ハッシュタグは2個まで」といった“暗黙の型”が共有されている(写真:Yura Yarema/stock.adobe.com)
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 界隈のラベルで自分の立ち位置を示しておけば、余計な誤解や衝突を避ける“自己防衛策”にもなります。プロフィールに「辛口レビュー界隈」と書いておけば、相手は距離の取り方を間違えにくいし、「深夜ラーメン界隈」とあれば、健康派からの説教はそもそも飛んでこない。世界を傷つけないための、やわらかいクッションとしても機能するのです。

 自分の好きの場所を軽い冗談で囲っておけば、その線があるだけで、同好の士が見つけやすくなり、不要な衝突は減る。やわらかな線引きを界隈というラベルが担っているわけです。

 こうして「界隈」は、住所から「自称ラベル」へと進化しました。地図には載らないけれど、時間帯やノリで確かに存在する場所。フォローと視聴時間と小さな作法で編まれ、アルゴリズムの追い風を受けながら増殖する生態系。そこで交わされる軽口と短い合図が、日々の参照と推薦の材料になり、やがて店頭の商品の並びまで動かしてしまうのです。

ニュースやビジネスの文脈でも通じる言葉に

 「界隈」という言葉は、「ネットの内輪語」から「ニュースやビジネスの文脈でも通じる言葉」になっていきました。俗語として使われ始め、SNSで広まり、辞書や流行語で社会的に回収され、メディアと企業の現場で「説明に使える語」として定着しました。

 この流れを、出来事と文化の変化をまとめた年表として整理したのが、図表です。図表を見ると、界隈は「突然の流行語」ではなく、かなり長い時間をかけて“説明に使える言葉”へ変わってきたことがわかります。ここで大事なのは、界隈が市民権を得たのは、単にメディア露出が増えたからではない、という点です。

図表 「界隈」の市民権化
図表 「界隈」の市民権化/(出所)『界隈経済圏』(牧口松二著)
(出所)『界隈経済圏』(牧口松二著)
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 界隈が広がった背景には、私たちの生活の説明の仕方そのものが変わったことがあります。以前は、所属(会社・学校・地域)や属性(年代・性別)のラベルによって人は説明されていました。ところがSNS時代になると、人は「どんなテーマに反応し、どんな言い回しを使い、どんな作法で振る舞うか」が見えるようになりました。界隈という言葉は、その変化にぴったり噛み合ったのです。

 地理的な「この辺」から、ネット上を含む「この世界観のあたり」へ。第三者が「あの界隈」と指す言葉から、自分で「この界隈にいます」と名乗るラベルへ。サブカルの内輪語から、誰もが日常的に使える自己紹介ワードへ。界隈は単なるコミュニティ名ではなく、人の行動や選択を説明する生活上の位置取り(生活の座標)として機能し始めたのです。

 だからこそ、界隈の言い回しや作法は、商品の売れ方や商品設計にまで影響を及ぼし得るのです。界隈は企業のマーケティング上も重要なのです。

「界隈」を経済圏として捉え、そこでの市場開拓を成功させるポイントを解説。界隈経済圏の形成メカニズム、従来のコミュニティとの共通点と相違点、商品やサービスが「界隈の必須アイテム」へと押し上げられていく流れ、界隈経済圏の攻略法などを事例とともに紹介する。

牧口松二著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)