「界隈(かいわい)」を経済圏として分析するためには、個々の界隈の状況を数字で捉えることが欠かせない。界隈が成長していくかどうかを見極めるには、X(旧Twitter)のデータなどが参考になる。界隈経済圏の形成メカニズムに沿ったKPIについて、『界隈経済圏 「平成女児」「風呂キャンセル」から「伊能忠敬」「皇居ラン」まで』(日経プレミアシリーズ)からの抜粋で解説していく。
界隈ごとの“性格”を見ていく
前回は、「界隈はどう生まれ、どう育ち、どう市場を動かしていくのか」を4つのステップで見ていきました。今回は、その同じプロセスを「数字」で見直してみます。「界隈経済圏の4ステップを、どんなKPI(重要業績評価指標)で見分ければいいのか?」という話です。
手がかりになるのはX(旧Twitter)でのハッシュタグ投稿数です。図表のグラフは、12種類の「#〇〇界隈」ハッシュタグ投稿数を2008年から2025年まで追いかけたグラフです。
ラインがごちゃごちゃ走っているだけに見えますが、じっと眺めていると、界隈ごとの「性格」がなんとなく伝わってきます。
- ずっと右肩上がりで伸び続ける“メガ界隈”(オタク界隈、アニメ界隈、美容界隈など)
- メガ界隈の仲間入りしそうな“ニューカマー界隈”(平成女児界隈、自然界隈など)
- 急に現れて、数年で収束する“花火界隈”(トー横界隈など)
ここでは、ハッシュタグ投稿数のグラフを「界隈の心電図」として眺めながら、「4ステップごとにどんな指標を見ればよいか」「一発バズと、長く続く界隈をどう見分けるか」「SNS(交流サイト)以外で何をチェックしておくとよいか」を整理していきます。
「数」より「カーブ」に注目する
最初に強調しておきたいのは、「投稿数が多い=経済圏が大きい」とは限らない、ということです。マーケティング担当の人ほど、つい「何件ありますか」と絶対値を気にしがちですが、界隈を理解するうえで大事なのは「カーブの形」です。ざっくり分けると、界隈の一生は次のような線を描きます。
- 「きっかけの瞬間」期:ほぼゼロから、うっすら立ち上がる
- 「内輪の熱狂」期:まだ小さいけれど、増え方の角度が上がる
- 「熱の拡散」期:界隈外からも参加が増え、急激に伸びる
- 「市場シフト」期:爆発的な伸びは終わるが、高水準の伸びが続き絶対値が成長
まずは、グラフを見ながら、「今この界隈はどのフェーズにいるのか」を把握することです。「いつから立ち上がり、どんな角度で伸びて、今どこにいるか」がわかると、マーケティングの打ち手はかなり変わってきます。
例えば、図表のグラフに示した界隈は、以下のようにフェーズを捉えることができるでしょう。
オタク界隈、アニメ界隈、美容界隈は、2010年代前半にゆっくり立ち上がり、その後ずっと右肩上がりを続ける。とっくに「市場シフト」期に入っているが、ずっと成長を続けている。
平成女児界隈は2022年ごろから急上昇し、自然界隈はアウトドアブームなどを背景に大きくなっており、「市場シフト」期が続いている。
風呂キャンセル界隈や伊能忠敬界隈は、「熱の拡散」期から「市場シフト」期に入ってきたところで失速気味。
どんなKPIを見ていけばよいか
では、具体的にどんなKPIを見ていけばよいのでしょうか。4ステップそれぞれに対応するKPIは以下のようなものです。
「きっかけの瞬間」期、つまり「まだ誰も気にしていない言葉が、じわじわ動き始める時期」は、数字がとにかく小さいので、投稿件数だけ見ていても気づきにくいフェーズです。
ここで役立つ指標は、次の3つです。
- (1)ユニーク投稿者数
- (2)表現のバリエーション
- (3)ハッシュタグの定着度
界隈が「きっかけの瞬間」期を抜けると、「内輪の熱狂」期に入ります。このフェーズで見るべきは、次の2点です。
- (1)どれだけ“自分のネタ”が投げ込まれているか(UGC比率)
- (2)どれだけやりとりが行われているか(コミュニケーション率)
内輪の熱狂が続くと、やがてその熱は界隈の外ににじみ出ていきます。この「拡散期」に入ったかどうかを見極めるには、X(旧Twitter)の外にも目を向ける必要があります。ポイントは3つです。
- (1)他のSNSや動画サイトへの波及
- (2)メディア露出(新聞・ウェブニュースなど)
- (3)指名検索の増加
最後のステップは、市場シフト、つまり「その界隈発の価値観が、市場全体の常識を書き換え始める」フェーズです。ここで見るべき指標は、次の3つです。
- (1)棚の変化(売場・UIの変化)
- (2)レビュー内容の変化
- (3)コンバージョン経路の界隈化
数字の裏側にある人の暮らしと笑いを忘れない
こうして書くと、「よし、このKPIを追って界隈経済圏を攻略しよう!」と思ってしまいがちですが、そこには注意点があります。
- 数字が良いからといって、その界隈が幸せとは限らない
- 数字が小さいからといって、未来の可能性がゼロというわけでもない
トー横界隈のように、ニュースで大きく取り上げられ、“数字”としては大きくても、そこに関わる人たちが必ずしもハッピーではないケースもあります。
一方で、伊能忠敬界隈や風呂キャンセル界隈のように、数字的にはそこまで巨大ではなくても、小さな喜びや日々のしんどさを分かち合う“居場所”として機能している界隈もあります。
数字を見ることは大切です。でも、その裏側にあるのは、個人的で、ごくささやかな感情です。
- 残業でクタクタの人が、風呂をキャンセルして罪悪感と戦っていること
- 筋トレで体をいじめたあと、オイコスを食べながら「今日もやり切った」と自己満足していること
- 平成女児だった大人が、昔の文房具を眺めて一瞬だけ子供に戻っていること
- 伊能忠敬界隈の人が、ただひたすら歩きながら「今日もよく生き延びた」と自分を褒めていること
こうした界隈民の気持ちをよーく考えていくことが、界隈経済圏と接するためには欠かせないのです。
牧口松二著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)



