2022年10月27日、出版業界が一丸となった新たな取り組み「 秋の読書推進月間 本との新しい出会い、はじまる。BOOK MEETS NEXT 」が、全国の書店で一斉にスタートし、そのオープニングイベントが紀伊國屋ホールで行われた。記念講演として、『塞王の楯』で直木賞を受賞した今村翔吾さんは「本の旅」、『魔女の宅急便』の著者、角野栄子さんと女優・作家の中江有里さんとの対談では「出会い」をテーマに読書体験や本の魅力が語られた。今回は、今村翔吾さんの講演内容を紹介。
書店を行脚するなかで感じた希望
2022年5月から、47都道府県の書店や学校など271カ所を118泊119日で巡る旅に出ていました。執筆用の机を設置したワゴン車に乗り込み、秘書さんに運転をしていただいて。
週刊誌と新聞の連載を抱えながらの旅でしたから、鼻血が出るかと思うほど大変でした。担当編集者さんも気が気じゃなかったと思います。ご迷惑もおかけしたし、お力添えもいただいて、なんとかやり遂げることができました。
各地の書店を訪れ、対話をするなかで僕がまず感じたのは、「書店には希望がある」ということ。「本が売れない」「書店が減っている」といわれて久しいですが、だからといって書店さんたちは決して悲観していないんだと感じました。
僕を迎えるにあたってポジティブな気持ちを伝えてくださったという背景もあるのだとは思いますが、暗い話よりも希望が語られることが多かったのが印象的でした。
「若者の読書離れ」という言葉をよく聞きます。しかし統計を見てみると、若者はそれほど本から離れておらず、むしろ、本に戻りつつあるといえます。これは、学校教育において読書時間を確保してきた影響も大きいのかもしれません。
僕は小学5年生の頃から年間100冊ほどの本を読んでいました。池波正太郎先生の『真田太平記』をはじめとしてたくさんの本を読み、20歳ごろまでは年間100冊を割ったことはありませんでした。それでも次第に、仕事など他にやるべきことも増えたため、年間50冊くらいに減っていきました。
これはなにも僕だけに限ったことではなく、データを見ても19~25歳ごろに読書量が落ち込む人が多いようです。読書以外の楽しみを見つけたり、仕事が忙しくなったり……。そうして本から離れてしまうんですね。とはいえ僕は、子どもの頃から読書に慣れ親しみ、その魅力を知っていれば、この時期の読書離れも食い止められるような気がしています。たとえ一時的に本から離れてしまっても、また戻ってきてくれるのではないでしょうか。
動画は本に代わる娯楽ツールになるか
娯楽にはさまざまなものがあります。
では、数ある娯楽のなかで本が選ばれ続けるためには、どうすればいいのでしょうか。僕は小説家ですから、ここではあえて本を娯楽と位置づけて考えてみます。このとき、本という娯楽の対抗馬は何かというと、今最も力を持っているのがYouTubeをはじめとする動画配信でしょう。
しかし僕は、動画と本では受け手に与える影響がまったく違うと考えています。YouTubeだけではなくテレビや映画にもいえることですが、これらを見るときに、ただ映像を眺めるだけになってしまう人も多いはず。一方的に情報を与えられるだけになりやすいんです。
それに対して本を読む場合は、作者と読者の間に対話が生まれます。読んだ文章に対して思考するというプロセスが発生するんです。これは自分との対話でもあります。そうした対話が生まれるからこそ本は、深く心に刻まれるんだと思っています。
僕は、余暇を楽しむあらゆるツールのなかで、本こそがナンバーワンだと考えています。にもかかわらず、その王者の座はずいぶん前から動画などに奪われているように見えます。
だったらその座をどうやって奪還すればいいのか。この奪還にあたっては、書店さんや出版社さん、取次さん、そして読者の方々も一丸になって取り組む必要があります。
本の力を取り戻すために誰もがすぐにできることといえば、例えばクチコミ。SNS(交流サイト)の影響力は決して侮れません。一人ひとりが本を楽しんで「本が一番だ」ということを発信していく。そうやってみんなで盛り上げていけばいいんだと思っています。
そして僕たち作家は、切磋琢磨(せっさたくま)しながらより良い本を生み出していく。無料で閲覧できる動画があふれるなかで、本はその逆の道を進んでいく。それはなにも価格を上げて高級路線でいくというのではなく、1冊の質を高めて価値を上げる方向へと進んでいくんです。
そうして良質さを追求する過程で作家の数を減らす必要があるのなら、僕がその1人目になっても構わないとすら思います。それほどに僕は、本の文化を大切にしていきたいんです。
と、ここまで、本が娯楽ツールのナンバーワンに返り咲くための方法についてお話ししてきました。とはいえ本当のところ僕は、必ずしも一番にならなくてもいいと思っていたりします。
ナンバーワンにはならなくてもいい。ナンバーワンに再挑戦する過程で、オンリーワンとしての光を増していけばいい。トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、たくさんの人が本の楽しみ方を発信するうちに、「やっぱり本っていいよね」と再発見する人が増えていく。そんな機会を期待しているのかもしれません。
取材・文/谷和美 写真/尾関祐治