2022年10月27日から、書店・出版社・取次など出版業界が一丸となった新たな取り組み「 秋の読書推進月間 本との新しい出会い、はじまる。BOOK MEETS NEXT 」が全国の書店で一斉にスタートした。今回は、紀伊國屋ホールでのオープニングイベント、作家の角野栄子さんと、女優・作家・歌手の中江有里さんとの記念対談をお届けする。お2人にとって本との出会い、そして、書くこととの出会いとは――。
1冊の本を読み通すという冒険
中江有里(以下、中江) 角野さんは幼少の頃から、本に親しんでおられたのでしょうか。
角野栄子(以下、角野) 戦争が始まる前で本が少ない時代でしたが、父の話によると、家にある岩波文庫のページをめくったりしていたようです。私はよく覚えていないんですが、漢字は読めないもののルビが振ってあるので、意味もよく分からないまま読んだりしていたみたいですね。それが、本との出会いかもしれません。
中江 誰かに言われて本を読み始めたのではなく、自ら本の世界に入っていかれたのですね。しかしなかには、なかなか読書に関心を持てない子どももいます。
角野 字が読めるのに読み聞かせをしてもらっている子どももいますね。それで親御さんが「うちの子は読書が大好きなんです」と言ったりする。
しかし私は、読み聞かせは読書ではないと考えています。大人に求められるのは、子どもが自分の力で本を読めるように橋渡しをすることではないでしょうか。そして子どもが自ら本を読み、体に染み入るような面白さを実感することが重要なんだと思います。
中江 「自分で読むからこそ面白い」という読書の醍醐味を知ることが大切なんですね。
角野 だからこそ私は、書き手として常に「面白いものを書きたい」という挑戦的な気持ちがあります。「ゲームよりも本が面白い」と思ってもらえるように。
そのためには、自分が「面白い」「楽しい」と感じることを書かなければなりません。子どものピュアな目はすぐに、書く人の気持ちを見抜いてしまいます。裏を返せばそれは、自分が楽しく書いていればその楽しさが伝わるのだということでもあるんです。
中江 本の読み手として、子どもはとても手ごわいですね。
角野 面白くないと思ったら、2ページで本を閉じてしまいますからね。子どもの読者からのお手紙に「この本は最後まで読めました」と書かれていたことがありました。
本のなかにあるのは冒険です。最後まで本を読めたということは、子どもたちにとって「この冒険に満足した」ということでもあるんです。
書くことで体感できる楽しさと自由
中江 角野さんは、ブラジルで過ごした経験を書いて作家デビューされましたが、どのような経緯があったのでしょうか。
角野 ブラジルから帰国したのは大阪万博が始まる少し前で、日本の国際化が進みつつある時期でした。その頃、大学の先生に「ブラジルの子どもについて本を書いてみなさい」と言われたんです。
当時の私は、本を読むことは好きですし、翻訳をやってみたい気持ちもあったものの、自分で本を書きたいと思ったことはありませんでした。文章を書くのも下手でしたし、「私がお話ししたことを他の方に書いてもらってください」と申し上げたくらいです。
中江 それでもお書きになったのですね。
角野 先生に怒られて仕方なく書き始めました。すると、面白くて! 70枚に収めるべきところを300枚も書いてしまいました。
そこから10回くらい書き直してなんとか70枚にしたんですが、書きながら「なんて面白いんだろう」「なんて自由なんだろう」と感動して「これから一生書いていこう」と思いました。
書いたものが本になるかどうか、自分が作家になるかどうかはどうでもよかった。ただ書いてさえいれば、一生退屈しないだろうと感じました。それから7年間、誰にも見せずに書き続けたんです。
中江 7年間も!
角野 誰かに見せて悪い評価を得れば、書きたい気持ちが消えてしまうかもしれない。こんなに楽しい気持ちが失われるのは嫌ですから、それでずっと誰にも見せずにいたんです。
中江 角野さんのお話をお聞きしていて思い出したことがあります。
私が初めて書いた作品は一般公募されていたラジオドラマの脚本だったんですが、それが採用されるかどうかは分からないけど、ただ「書きたい」という気持ちで取り組んでいました。
それまでは演者としてラジオドラマに携わっていたので、もちろん脚本を読んだことはありました。でも、いざ書こうとするとどうすればいいのか分からない。そこで、過去に出演したラジオドラマの脚本を読み返しながら構成などを検討し、自分なりに考えながら頭の中にあるものを書き始めて……。
そうして筆が進みだすと、「自由になった」と強く感じました。演じる側にいれば一度に一つの役しかできないなど制限もありますが、書く側にいればなんでもできますから。
角野 なんでもできるし、どんな世界にでも行けますからね。
中江 ラジオドラマは音だけの世界ですから、頭の中にある世界を思いのままに表現できます。壁の中に入ることだって、宇宙に行くことだって、自由自在なんですよね。書くことの面白さにすっかり夢中になって「こんなに楽しいことがあったんだ」と喜びを感じていました。
角野 書くことによって心が解放され、自由になれますよね。読むことも書くことも、そうやって「楽しい」という気持ちから始めてみるといいのかもしれませんね。
取材・文/谷和美 写真/尾関祐治