2024年12月26日、慶應義塾大学SFCで、政府・新型コロナウイルス感染症対策分科会元会長の尾身茂さんの「認知心理学」特別講義が開催されました。主催は、認知心理学者の今井むつみさん。今井さんが感銘を受けた尾身さんの著書『1100日間の葛藤』(日経BP)、そして 対談 の末に実現した、尾身さんの「特別講義」を、今井さんの「認知心理学」の最終講義をまとめた新刊『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』(日経BP)の刊行を記念してお届けします。特別講義で尾身さんが語ったご自身の人生と、新型コロナへの対応の際の意思決定のあり方とは。後編は「新型コロナへの対応と、専門家としての意思決定」についてです。
白黒つけられないときに、どのように意思決定をするか
みなさんも「失われた30年」という言葉を聞いたことがあると思います。なぜ、日本社会が、そのような長い停滞に陥ってしまったのか。それは日本のリーダーが、リーダーとしての役割を果たせなかったからです。ですからみなさんには、リーダーとしての「意思決定」についての話をしたいと思います。
私もコロナ禍、専門家の会議の代表として、何度も難しい意思決定を迫られました。政府と交渉し、専門家としての考えを伝えてきました。政府と我々専門家は、意見が一緒ではないときがある。あるいは、我々専門家の中でも、一致しないときがある。そういうときにどうやって、最終的に決定するかという問題に直面する。
事が白黒簡単だったならいいけど、「こっちの要素を考えるとAが良い」「こっちを考えるとBが良い」となる。ほとんどの社会問題はそうですよね。「Aオプションが100で、Bオプションが0」なんてことはないんだ。世の中で本当に直面する――あるいは今も直面しているかもしれないけど――問題というのはそういうものなんだよね。
そのときにリーダーはどうすべきか。
これは物理学者になろうが、会社員になろうが、官僚になろうがみんな一緒。リーダーがすべきことは、同じなんだ。「失われた30年」は、日本のリーダーがその役割を果たしてこなかったから引き起こされたのではないかと思う。
ではなぜ、リーダーがその役割を果たせなかったのか。これは、その人が試されるところです。問題を解決しようとすれば、いろいろな要素について考えなければならない。例えば私が、コロナで最初に直面した問題、ジレンマは、一つのケーススタディーになると思います。
みなさんは横浜に停泊していたクルーズ船、「ダイヤモンド・プリンセス号」を覚えていますか。2020年2月、そのクルーズ船の中で感染者が出て、大騒ぎになりました。国のリーダーたちは、クルーズ船の船内の感染対策に必死だった。「船の中の感染を封じ込めることが一番大事」というマインドセットになっていたわけだ。
ところが我々、国から指名された十数人の専門家は、あの時期に、「報告はされていないけれど、感染はじわじわと地域に広がっている」という確証を持っていた。なぜかといえば、このウイルスは潜伏期間中、あるいは無症状でも、人に感染させるということが分かっていたからだね。あと、武漢からの人の流れもつかんでいた。
だから、クルーズ船で大騒ぎしているそのときすでに、地域での感染、「感染早期」が始まっていると、専門家たちはほぼ確信していました。同時に、これは半年やそこらで収束するものではなく、長丁場になると分かっていた。大変な流行になる、と。
そのことを、我々専門家は政府に知らせたかった。だから我々は早く、「厳しい状況にある」ということを、政府を通じて一般市民に伝えてほしいと思っていたんです。
そこで我々専門家は、「すでに感染は地域に広まっている。この病気は接触や飛沫(ひまつ)だけでなく、しゃべっただけでも、呼気だけでも感染する可能性がある」ということを報告書にして政府に提出しました。
ところが政府の考えは、「国民に心配をさせたくない」ということもあってか、「報告書を出さないでくれ」ということだ。
でも我々専門家というのは、自分たちが知ったこと、考えたこと、判断したことを、率直に政府に伝えるのが役目だ。そして我々は、コロナが非常にまずい病気だと確信している。
みなさんならどうしますか。これは意思決定の問題です。言われた通り、報告書を引っ込めるか、それとも提出するか。
専門家会議として、独自見解を提出
私はあまり迷わなかった。
なぜかと言えば、これがリーダーの仕事だからです。報告書を出せば、周囲との人間関係は悪くなる。でも出さなければ、専門家としての役割を放棄したことになる。人間関係を大事にする代わりに、すべきことをしなかったとなれば、専門家の責任を果たさなかったということだけでなく、大きく言えば歴史の審判に耐えられないと思った。「尾身さんたちは知っていたのに、政府に言われたからやめたのか」と。こんなことは、5年後、10年後にはいずれ分かることです。「尾身さんたちは、人間関係が悪くなることを恐れて、報告書を出さなかった」となる。
本当のリーダーが問われるのは、ここです。
半径5メートル以内の人間関係を大事にするのか、中長期の社会、子どもたちの未来を考えて、嫌われても言うか。
人間関係が悪くなることを恐れ、やるべきことをしない。
「失われた30年」は、日本のリーダーや政治家が、人間関係だけを大事にしてきたことから生じたものです。利益団体のことを悪く言いたくない。それに反対することはできない。人口減少の問題も年金問題も分かっていた。医療問題、例えば医師の偏在が起きることも分かっていた。だけど、それについて抜本的な解決をしようとすると、既存のグループの人たちとの人間関係が悪くなる。
これが実は、リーダーが最も厳しい状況に置かれる典型的な例です。みなさんにも必ず起こります。
例えば企業が不正経理をする。それを隠し続けるのも、人間関係の問題があるからです。それをダメとしたら、前任者に迷惑がかかる。リーダーの中に、これをしていたら将来、会社のダメージが大きくなるという感覚がないんだね。
日本は特に、人間関係を大事にする文化です。だから多くの人は、このトラップに陥ります。人間関係を大事にしたいがために、「今日あの人との関係を悪くしたくない」という配慮が優先してしまう。本来であれば、嫌われてでもやるべきことができなくなる。これが日本の「失われた30年」で起きたことだと私は考えています。
リーダーは複眼で世の中を見る
リーダーは、複眼を持たなければならないのです。
片方の目で近いところを見て、反対の目で遠いところを見る。今の世界は、物事を単純化しすぎています。片目でしか見ていない人が多いんだね。片目で見ることが人によって違うから、「ワクチンはダメ」という片目と、「ワクチンは良い」という片目での意見に争いが生じる。
ワクチンなんていうのは、そんな単純なものではないんです。プラスもあるし、マイナスもあるから、そう簡単に白黒つかないものです。
そんなふうに、物事を単純化することは、避けねばなりません。人間は単純化して、安心しようとする。解決を求めたい、早く答えを出して安心したい。不安定な状況に、耐えられないからです。でもリーダーは、その状況に耐える必要がある。
早く、単純に物事を片付けてしまえば、自分の気持ちはいいけれど、歴史の審判には耐えられない。もちろん人間は完璧じゃないから、歴史の審判に完全には耐えられないかもしれないけど、だからこそ複眼でもって、物事を見るようにすることが大切なのです。
別の言い方をすれば、複眼で見るということは、自分と違う人間はどう考えるかを想像することです。自分には自分の視点がある。みなさんのDNAがあって育ちがあって価値観がある。他の人にも、あなたとは別の価値観、感性、感情がある。それを理解する。もちろん相手を完全に理解することはできないのですが、少なくとも相手は別の価値観や感情を持っていることを理解し、共感する。このことが分かっていないと、社会でうまくやっていくことはできません。
なぜ物事は、合理的に進まないのか
残念ながら社会というのは、合理的に進まないことが多いものです。ですから「もっとこうすればいいのに」と思うことはたくさんあります。
人間は我々が期待するほど、理性や合理性では動かないものです。エモーション、つまり感情で動く部分がかなりあるのです。コロナ禍でもそうでした。コロナ禍のような不安定な状況では特に、「この不安を解消したい」という心理的な傾向が強く働きます。すると、ごまんとある情報の中から、自分の価値観に合う情報を選択的にピックアップしてしまうのです。それが合理的でなくても、です。
もし、物事が合理的に判断されていれば、分断は起こらないかもしれません。ところが人間は、残念ながらリアリティーとして、合理性だけでは動きません。今の戦争も、宗教戦争だってそうですよね。宗教は愛を説くものだから、殺し合うということはどう考えても合理的ではありません。そこは恨み、怒り、嫉妬といった感情にあふれています。そういう感情が、合理的なことと同じくらい、物事の判断に影響を与えているのです。これが人間のリアリティーなのです。
そしてSNSで、その感情の部分が大きく増幅されるようになりました。
大人は残念ながら、そのマネジメントに失敗してきました。アメリカも失敗しています。だから分断が進んでいるのです。SNSやAIの時代に、人間という感情的な動物を、どう扱っていくか。一部の人には、SNSで誹謗(ひぼう)中傷をしたいという気持ちがあります。そのリアリティーを無視せずに、どううまくマネージしていくかを考えなければなりせん。
これから、より合理的な方向に進んでいくためにはどうしたらいいのか。ただ、理想論を言っても仕方がないんですね。やはり人間の心のリアリティーを無視はできません。それを見つめた上で、一番合理的で、適切で、効率的なものは何かを、若いみなさんに考えていってもらいたい。
科学技術も、政治も、資本主義のあり方も、考え直す必要があります。そういう部分に、みなさんにリーダーシップを発揮してもらいたいのです。
現在の社会の問題は、非合理なことが蔓延(まんえん)しているということです。これは産業革命の時代のように、科学技術の開発で解決できる問題ではありません。「科学技術があり余っている社会で、人間の知恵が追いついていない中で生じている問題」だからです。これは全人類的な課題です。ここを無視していたら、あらゆる問題解決は達成されないでしょう。そういうことが、今、みなさんに求められているのです。
(構成=黒坂真由子)
尾身茂著/日経BP/1980円(税込み)
今井むつみ著/日本経済新聞出版/990円(税込み)



