会議、プレゼン、日常会話……。あなたの話はなぜ伝わらないのか。「メッセージを効果的に伝えるためには、究極的には“演じる”ことも必要」と話すのは、テレビ東京「WBS(ワールドビジネスサテライト)」のメインキャスターである豊島晋作さん。キャリアが上がると大勢の前で話をする場面が増え、「伝える責任」は大きくなる。「自分はメッセージを伝えることができる人を演じるのだ」と割り切らなくてはならないといいます。新刊『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』(日経BP)から抜粋・再構成してお届けします。連載第2回。
誤解を恐れずに言うと、メッセージを効果的に伝えるためには、究極的には「演じる」ことが必要です。大勢の人に対して何かを伝える場面では特にそうです。
つまり、多くの聞き手を前に、身ぶり手ぶりを使い、はっきりと話し、十分な間を取り、壇上を動き回るなど、「伝えるのが上手な人」を演じなければならないということです。
「演じるべき」とストレートに主張する「伝え方」の本はあまりないでしょう。何かと、“ありのままの自分”でいることが大事とされる昨今です。しかし、私はあえて「演じる」ことの重要性を強調したいと思います。なぜなら、話すのが上手になった人というのは、「話すのがうまい人」を演じられるようになった人だからです。
例えば、とある演劇の舞台で、主役の俳優が力強いスピーチによって観客を感動させたとします。では、その俳優は、舞台を降りて日常生活に戻ったときでも、スピーチがうまく人を感動させるのが得意な人でしょうか?
必ずしも、そうではないでしょう。舞台でのスピーチが観客を感動させたのは、その俳優が台詞を完璧に覚えて、素晴らしい「演技」をしたからです。
これはつまり、実際の生活でスピーチが下手な人でも、台詞を完璧に覚えて素晴らしい「演技」をすれば、人を感動させることができるということです。
日常生活で「演じる」ことなどできない。自分らしくない。そもそもそんなキャラじゃない。そう考えて嫌がる人もいるでしょう。もちろん、人間はありのままに生きるのが最善です。ありのままに生きて「話が伝わらない人」のままでいるのもその方の自由です。
しかし、企業トップも含めて、リーダーになれば大勢に何かを伝える責任があります。つまり、時に演じる責任があるのです。もしリーダーが弱々しく振る舞えば、メンバーのモチベーションは下がるでしょう。
そんな場面では、「今日は役者になる」とあなたが決断できるかが結果を大きく左右します。これは「決心」の問題です。演じることから逃げてはいけません。ここから逃げてしまうと、いつまでたっても大勢に伝えるスキルは身に付きません。
もちろん、「演じる」と言っても、それは「偽りの振る舞い」をすることではありません。大切なのは、あなたが本当にそう思っているか、伝えたい中身に自信を持っているか、そして誠実であるかどうかです。
役割を「演じる」ビジネスパーソン
そもそも、私たちの社会はある種の「演劇」です。
人は常に、そのときの状況や立場で、社会的に期待される振る舞いをしています。社会や組織の中で与えられた役割を演じているのです。
社長は意思決定者やリーダーの役割を演じ、営業担当は魅力的な商品の売り手を演じ、購買担当は抜け目のない買い手を演じ、パイロットやキャビンアテンダントは快適で安全な空の旅の担い手を演じています。
国会での政治家の演説は、多分に有権者に向けた演技だとも言えます。世界の指導者たちは国を守るため、または自分の権力を守るために強いリーダーを演じています。
であれば、あなたが「伝える人」の役割を果たすために演じることは当然だといえます。

本当は「根暗」
かくいう私も、本当は「根暗」で、前日の失敗を2時間ごとに思い出してはため息をつくようなネガティブなタイプの人間です。自分で編集したYouTube動画への否定的なコメントもいちいち気になります。
しかし、テレビ東京の経済ニュース番組「WBS(ワールドビジネスサテライト)」のスタジオでは、スーツをきちんと着て姿勢を正し、視聴者のみなさんに私の人間性が不快感を与えないよう気を付けています。あたかも“物事が万事うまくいっている”ように振る舞いながら、ニュースキャスターという役割を演じています。
この記事を読んでいるみなさんも、日々、会社や組織で自分に与えられた外向きの顔を演じているはずです。誰もがそんな役割を果たす中で最近、経営者という仕事は「演じる」ことが特に求められる職業になっています。
2025年1月21日、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長がトランプ大統領と面会し、人工知能(AI)分野で米国に巨額の投資を行うとホワイトハウスで発表しました。孫社長はトランプ大統領の言葉を引用して「これは(大統領が言う)米国の黄金時代の始まりのひとつだ」とスピーチしました。まさに自分のビジネスを進めるため、あるいは守るための“大芝居”だったとも言えるでしょう。
孫氏は特異な例ですが、経営者は、会社のブランドを背負って、社員のため、株主のため、売り上げや利益のために演じることがとかく求められる時代です。
大企業の社長であれば、一度も話したこともない社員の不祥事について会社を代表して謝罪し、誠意をもって対応することが求められます。逆に、目玉新商品の発表会では大げさな身ぶり手ぶりで商品の魅力をアピールすることを迫られます。
自動車メーカーの社長であれば、モーターショーの会場で新型モデルを発表する場合、華々しい音楽とともにクルマに乗って登場し、プロンプターに表示される原稿を見ながら、あたかもその場で自分が考えたかのように流ちょうにしゃべらなければなりません。
経営者がメッセージを適切に伝えられないと、自分自身の名誉はもちろん、会社のブランドをも大きく傷つけてしまいます。それは、フジテレビの例を見ていれば明らかでしょう。社長や会長など、組織の上層部にいる人たちはもはや羞恥心など気にしてはいられません。最高の“演技”こそが求められているのです。
これは経営者だけの問題ではありません。みなさんもキャリアが上がっていくにつれ、大勢の前で話をする場面は多くなると思います。
繰り返しますが、「伝える責任」が大きくなればなるほど、「自分はメッセージを伝えることができる人を演じるのだ」と、心の中で割り切らなくてはなりません。会議室は「劇場」であり、プレゼンの場は「舞台」だと考え、自分は「役者になる」と決めるのです。

[日経ビジネス電子版 2025年5月19日付の記事を転載]
豊島晋作(著)、日経BP、1980円(税込み)
