「最近、ひらめかない」「やる気が続かない」「同じ毎日でマンネリ」――。そんな脳の不調を抱えるミドル世代に向けて、脳科学者・篠原菊紀氏が教えてくれるのは、脳のクセを知り、感情に振り回されないための“脳の扱い方のワザ”だ。日経Goodayの連載で人気を集めた内容が、1冊の本『 脳を乗っ取る感情(アイツ)からあなたを守る方法 』にまとまった。本連載では、そのエッセンスを紹介する。その第1回。

あんなクセもこんな反応も、脳のクセだと思えば操縦できる

 日経Goodayで2021年より連載をお届けした、公立諏訪東京理科大学工学部教授で脳科学者の篠原菊紀氏の「脳科学者に聞く『脳』の活性化術」が、『 脳を乗っ取る感情(アイツ)からあなたを守る方法 』と改題して2026年5月に発売された。

 本書では、脳のさまざまなクセ――不安を増幅させる、損失に敏感になる、長く見たものを好きになってしまうなど――を取り上げながら、この特性を知り、うまく手懐けるためのワザを多数収録している。本書を読めば、日々悩まされるストレスや集中力の低下、老後への漠然とした不安感なども「なんだ、こう受け止めればいいのか!」と明るく捉えなおすことができそうだ。

 本連載では本書の内容の一部を抜粋してお届けする。詳しくはぜひ本書を手に取ってほしい。

ベテランほどひらめきやすくなる脳の仕組みがある

 仕事に向かっても集中できない。
 気付けばスマホを触っている。

 「前はもっと頭が働いたのに」――体型や皮膚の状態と同じように、脳にも老化が進んでいるのでは、と不安に思う人も少なくないだろう。

 まず、大前提として、「脳も体の一部である」と篠原氏は解く。

 「脳も全身と関連しあっている臓器。脳の健康維持を望むなら、全身の健康を意識することが大切です。
 脳の老化というと、認知機能の低下や認知症を思い浮かべるかもしれません。2019年に世界保健機関(WHO)は『認知機能低下および認知症のリスク低減のためのガイドライン』を公表しています。このガイドラインでは、認知症の発症や進行を遅らせるために重要なこととして、世界で現状とりまとめられているエビデンスをもとに示しています。挙げているのは、運動、禁煙、高血圧や糖尿病のコントロール、バランスのいい食事。まさにオードソックスな『健康のための習慣』ですね。この本を読んでいるような方は、もともと健康に関心を向け、行動されているはずで、まずはその行動は認知症予防にもつながりますよと言いたいですね」(篠原氏)

 なるほど。健康に注意していれば、脳も基本的に健康状態であると考えていいのであれば、安心する。では、物忘れが増えるときには、脳のどこか特定の部位で機能が低下しているということだろうか。

 「年齢とともに衰えやすい代表的な部位があるのです。その代表は前頭前野海馬です。
 前頭前野は、額の後ろあたりにあり、記憶や学習、感情、言語などを制御する司令塔の役割を果たしています。一方、海馬は短期記憶(新しい記憶)を保存したり、取り出したりといった作業をする部位です。
 前頭前野や海馬の働きが低下してくるから、『あれ』『これ』『それ』が増える。『瞬間的に覚えて瞬間的に対応する』といった、ややこしい作業が苦手になってきます。あれをやろうとして部屋を移動したのに『何をしようとしていたんだっけ』、っていうことが起こりやすくなります。
 一方で、脳の内部にあり、やる気の中核となる線条体は、脳の使いようによっては40歳、50歳あたりに最も充実することがわかってきました。線条体は、経験の蓄積をエサにして、活性化しやすくなるという側面があるのです。
 さらに線条体は、快感に関わるドーパミン神経と強くつながっています。ですから、仕事に対するやる気は、むしろ中高年世代のほうが高まりやすかったりします」(篠原氏)

やる気の中核となる「線条体」は、脳の使いようによっては40歳、50歳あたりに最も充実するという(写真はイメージ:Matthieu/stock.adobe.com)
やる気の中核となる「線条体」は、脳の使いようによっては40歳、50歳あたりに最も充実するという(写真はイメージ:Matthieu/stock.adobe.com)

 年とともに活性化しやすくなる部位もあると聞くとうれしくなってくる。さらに篠原氏は、いわゆる「年の功」というものも脳から説明する。

 「経験を重ねることによって『こちらの仕事で使ったロジックやノウハウが、あちらの仕事でも生かせる』というメタ認知(自分の認知活動を客観的にとらえること)が得意になってきます。これとあれはつながってるな、と発見することで仕事の面白みも増しますし、40、50歳ぐらいの年代になると、仕事そのものを自分の人生観とのつながりで理解することも増えてくる。それが仕事の醍醐味とか、やりがい、価値になっていくというわけです。つまり、ベテランになると仕事の面白みが増えるのです」(篠原氏)

経験や自我がつながりあって直感、ひらめきが生まれる

 経験を蓄積することによって年を取るほど伸びていく能力があるというのは、うれしい驚きだ。篠原氏は具体的にこのようなイメージで表現する。

 「たとえば、脳を一つの『意味の空間』のようにイメージしてみてください。
 若い頃は、いくつかの経験はあるものの、空間はスカスカなんです。しかし、年齢を重ねるとその中に神経細胞が枝を張り巡らせ、伸ばしていく。同じ面積の中でも枝がたくさんあるほうが、やたらとつながりができるのです。つながりをロジック、または意味として捉え、自我やその人の世界観と結びつけはじめる。このようなつながりあいで、直感、ひらめきも生まれてくることが近年の研究によってわかってきました。
 世の中の人は、学習や経験を積むほどパフォーマンスが直線的に上がっていく、と考えがちですが、実際はそうではなく、あるとき急に、ぐーっと上がる。それまでに抱えてきた長期記憶同士が一気に結びついたときにパフォーマンスが上がるのです。脳に、経験による枝がぎっしり詰め込まれているほうが、つながりが自然発生的に生まれてきやすくなります。振り返ればいろんなことをやってきた、ということが身になっている。
 このように量が質に転化することを量質転化の法則と言ったりします。経験を積み重ねた脳の中では『量質転化』が起こっている。まあ、そのぶん話が長くなったり、あれもこれも人生観と結びつけたがって、うっとうしい酒飲みになったりするという注意点があります(笑)」(篠原氏)

年齢を重ねた脳では神経細胞が枝を張り巡らせており、つながりができている。このつながりが、直感、ひらめきも生むという(写真はイメージ:vegefox.com/stock.adobe.com)
年齢を重ねた脳では神経細胞が枝を張り巡らせており、つながりができている。このつながりが、直感、ひらめきも生むという(写真はイメージ:vegefox.com/stock.adobe.com)

マンネリは大敵 “新しいもの”に取り組んで脳をアップグレード

 ここで、1つだけ注意したいのが「マンネリ」だ。どんなことも、長く続ければそれだけ、ルーティン化するようになってくる。ルーティン化すると、当たり前だが退屈になってやる気も出なくなってくる。これではせっかくミドル世代以降に活性化する可能性がある線条体のスイッチも入らなくなってしまうのだ。

 「マンネリというのは線条体にとって大敵です。毎日同じことが繰り返される、というふうに日常生活そのものがルーティン化してくると、線条体の活性スイッチは入らなくなります。また、ややこしい作業をするときに動員される前頭前野も使われにくくなります。
 我々はすごく優れた脳を持っていて、何か仕事をこなそうとすると、最初のうちはどうやって神経をつなぎあわせてこの課題をクリアしようか、と神経は伸び、脳も活性化するのです。しかし、上手にこなせるようになった途端、脳活動はきれいに下がってきます。つまり、必要なネットワークだけを効率的に使うのがルーティン化ということ。それ自体はパフォーマンスを上げる、ありがたい仕組みなのですが、そればっかりだと脳のトレーニング効果は弱まっていき、線条体もサボってしまいます」(篠原氏)

 だからこそ、新たなことを億劫がらないことが大切だと篠原氏はいう。

 「会社でいうと、よく人事異動とか配置換えがありますよね。経理の人が営業に行く、とか。あれって実はけっこう役に立つのです。パフォーマンスだけ見れば、同じ部署で同じ仕事を続けているほうが仕事はサクサクはかどるでしょう。しかし、働く場や働く内容を切り替えて違うことをするということは、その人にとってはまさに新規学習です。
 同じ部署で働いているにしても、ちょっと何かを変えてみよう、と新しい作業手順にチャレンジすることが有効です。
 コミュニケーションも、放っておくとルーティン化します。新しい人と出会うと、新たな考えに自分を適応させたり、相手の気持ちや表情を読んだりするようになります。表情を読む能力も20代よりも30歳ぐらいがピークになるので、ある程度経験がものを言うのです。
 新たなことを吸収しなくてはいけないような現代では、ミドル世代でも脳はアップグレードしまくりなんだと自信を持ってください」(篠原氏)

検索機能に頼りすぎるのは、脳にとってよくない?

 もう一つ、気になるのがスマホとの付き合い方だ。

 コミュニケーションや調べ物、健康管理など、今や何をするにもスマホが手放せないものとなっているが、わからないことがあればググるという行動は脳の機能低下につながるのでは? また、思い出したり記憶したりする努力をしなくなると、せっかく入れた知識が右から左へと抜けてしまうのでは、ということが気にかかる。

 検索機能に頼りすぎるのは、脳にとってよくないことなのだろうか。篠原氏は、検索することによって脳活動が低下することはない、と説明する。

(写真はイメージ:Prathankarnpap/stock.adobe.com)
(写真はイメージ:Prathankarnpap/stock.adobe.com)

 「『あれ』『それ』が出ないときの脳活動を調べると、『何もしていないとき』よりも『思い出そうとしている瞬間』は、確かに脳活動が高くなります。しかし、いつまでもその活動は続きません。外形的にはずっと悩んでいるように見えるし自分もそんな気になっていますが、脳内で検索する手がかりがないときや、考えるヒントがないときには活動が落ちていきます。
 たとえば、クイズを出したとしましょう。考え尽くした後、何も出てこない状態になると、脳の活動はきれいに下がります。その脳活動が下がった後の時間は無駄な時間になるわけです。だから、『あれ』『それ』って何だっけ? と瞬間的に考えることはとても大事ですが、『検索に頼らず、ずっと自力で考えなきゃいけない』と強迫的に考えるのは全くお勧めできません。
 むしろクイズなんかのときには、とっとと答えを見て『おおっ、これか』と思ったときのほうが脳活動は高まるのです。なんとなくすぐに答えを見ようとするのはズル、という感覚があるでしょう。でも、答えを見て『ほう』『こういうことか』と思考を進めているほうが、単位時間あたりのひらめき回数は増えます」(篠原氏)

 スマホで検索することは、「ラクをする」以上に、脳の拡張作業を後押しする行為でもある。罪悪感を抱く必要はないのだ。

 「頭の中だけで『思いつこう』とこだわるほうが解決は困難になります。一時期、『デジタル記憶喪失』などという言葉が話題になりましたが、その底流にはおそらく『変化していくことへの怖さ』もあるのでしょう。しかし、外的環境はどんどん進化しています。利用できるものは利用してしまいましょう」(篠原氏)

「ひらめき」が必要なときこそ仕事机から離れよう

 調べたいことは積極的に検索すれば、脳は思考をし続けることがわかった。一方で、企画やアイデアが欲しいといわれると、「ひらめかなければ」という重圧とともに、いっこうにひらめかない、ということが起こりがちだ。こういうとき、つい、頭を抱えてうんうんと悩み続けてしまうものだが、篠原氏は「ひらめかないとき」の脳を次のように説明する。

 「考え詰めているときには、脳では実行機能ネットワークが働いています。これはタスクを処理するためのネットワークで、思考や行動をコントロールしながら課題解決に向かっていくもの。その神経基盤は脳の前頭葉、頭頂連合野などに存在します。
 一方、創造力やアイデアなど、ひらめきと関わるのがデフォルト・モード・ネットワークという神経活動です。脳の内側前頭前野、後帯状皮質など脳の複数の領域が活性化します」(篠原氏)

 ひらめきは、課題解決志向のときではなく、デフォルト・モード・ネットワークで引き出される。具体的にはどういったときに起こるのだろう。

 「デフォルト・モード・ネットワークは、ぼんやりしているとき、お風呂に入っているとき、散歩しているときなどに活性化することがわかっています。シャワーを浴びているときに、『これ、いいかも』とひらめくことがわりとあるように思いませんか。そのときにはデフォルト・モード・ネットワークが働いているはずです。脳がこのモードになっているときには、自分の体験や様々な記憶情報をもとに、脳が物語として作り直しています。ぼんやりしているときになんとなく人生を振り返ったり、つながると思わなかったもの同士につながりを発見したりする、つまり『ひらめく』ことが起こりやすいのです」(篠原氏)

(写真はイメージ:Atstock Productions/stock.adobe.com)
(写真はイメージ:Atstock Productions/stock.adobe.com)

 デフォルト・モード・ネットワークを活性化するには、以下のような行動がお勧めだという。アイデアが必要なときほど、仕事机からさっさと離れて気分を変えたほうがいいのだ。

ひらめきは「デフォルト・モード・ネットワーク」から生まれる
  • 〇 ぼんやりする
  • 〇 散歩する、歩き回る
  • 〇トイレに行く
  • 〇 水回りの掃除をする
  • 〇 料理をする
  • 〇 音楽を聴く

 また、お酒を飲むことも、ときにはひらめきに役立ってくれそうだ。

 アルコール摂取をしたときには脳のGABA神経系の受容体が刺激され、脳が過剰に考えることが抑えられ、気持ちが解放されるというメカニズムがあるという。アルコール摂取によって創造的な問題解決の成績が高まるという研究もある。

 「飲んでいるときのほうがひらめく、みたいなことを言う人もいますが、あながち嘘ではないのかもしれません。また、お酒にはリラックス作用があり、散歩などでぼーっとするときに活性化する『デフォルト・モード・ネットワーク』からも説明ができます。
 脳は張り巡らされた神経ネットワークにより働いています。情報の伝達や処理、記憶などに直接関わるのが神経細胞ニューロンのネットワークです。ただ、そのような説明をすると、電気回路みたいなものを想像して、電気がさかんに行き来しているイメージが湧きますよね。しかし、脳を適正に働かせるには、実はGABA神経系のネットワークの働きが大事で、GABA神経系が何をしているかというと『つなげない』ことをしているのです。
 ノイズのようにごちゃごちゃと入り交じり興奮気味になる神経ネットワークにおいて、GABA神経系は『もうちょっとおとなしくしていなさい』となだめる働きをして、脳の神経が変なつながり方をしてしまうのを抑制しているのです」(篠原氏)

 今日は考えすぎてしまったなぁ、というときにはこんがらがった頭を休めて気持ちを緩めるためにもお酒を飲んでもよさそうだ。もちろん、ほろ酔いレベルにとどめることをお忘れなく。

(写真はイメージ:Nishihama/stock.adobe.com)
(写真はイメージ:Nishihama/stock.adobe.com)

 次回は、「怒りを鎮める意外な方法」や、部下のモチベーションを高めるほめ方のコツなど、対人摩擦からあなたを守る方法をお届けする。

日経Gooday(グッデイ) 2026年5月15日付の記事を転載・一部改訂/情報は掲載時点のものです]

怒りや、喜び、憎しみ、親しみ…。これらの感情に、脳は乗っ取られやすく、そしてダマされやすい側面があります。そんな「脳のクセ」を見抜いておけば、やる気にさせたり、落ち込みを避けたり、嫌いなものを「好き」に変えたりと、物事をポジティブな方向へと進めることができます。脳のクセを見抜き、うまく“コントロール”して、あなたを振り回す「感情」から身を守る方法をこの本で見つけてください。

篠原菊紀 著/日経BP/1870円(税込み)