経験を積み、ベテランといわれる世代になっても、腹が立ったときや部下に対応するとき、パートナー関係など、対人関係は常に悩みの種になるものだ。そんなときに役立てたいのが、脳のクセを知り、感情に振り回されないためのテクニックだ。日経Goodayの連載で人気を集めた内容が、1冊の本『 脳を乗っ取る感情(アイツ)からあなたを守る方法 』にまとまった。本記事では、その中から、対人関係で今日から生かせる意外なポイントをお伝えする。

人間関係を壊すもとになる「怒り」

 前回は、年齢を重ねるとともに脳は複数の物事から「つながり」を発見し、直感やひらめきを生み出すことが得意になっていく、つまり「脳にも年の功がある!」ことをお伝えした。

 書籍のエッセンスをお伝えする今回の記事でテーマにしたいのが「対人摩擦」だ。

 年の功によって人間関係もうまく調整できるようになる、と思える部分はあるものの、予期せぬ感情にはどうしても揺さぶられてしまうものだ。

 なかでも厄介な感情の代表格が「怒り」だろう。

 冷静になれば「ささいなこと」と思えるようなことでも、カッとすると我を忘れて相手をきつい口調で責め立ててしまったり、大騒ぎしてしまったりして、人間関係を壊してしまうことがある。

 気になるのは、「年齢とともにカッとしやすくなる」ことはあるのか、ということ。篠原氏は、脳科学の研究をもとに次のように説明する。

 「10歳から69歳までの1万394人を対象に認知機能をテストしたハーバード大学の研究によると、前頭前野のワーキングメモリはだいたい30歳をピークに年齢とともに落ちていくことが示されました。一方で語彙課題に対する能力は高齢になっても上がり続けていました。
 ワーキングメモリとは、前頭前野の機能の一つで、その場その場で何かを覚え、対処するという仕事をしています。ワーキングメモリは簡単に言うとちょっと記憶して何かをするという機能を支えています。怒りに当てはめると『ちょっと自分は怒りそうになってきたぞ』という状態を観察し、『まあいいや、このまま怒っても』とか『待てよ、周囲の状況を判断してみよう』などと調整する働きがあります。この、怒りを調整し抑制する働きが年齢とともに落ちてくるわけです」(篠原氏)

(写真はイメージ:Catalin Pop/stock.adobe.com)
(写真はイメージ:Catalin Pop/stock.adobe.com)

 なるほど、ワーキングメモリの機能低下が怒りの制御の低下にもつながる、というのは意外だが納得もできる。ワーキングメモリは「脳のメモ帳」と呼ばれ、一度に3~4個の用件しかさばくことができないとされる。確かに、複数の用事が立て込んでいたり、ストレスがたまっていたりして「脳のメモ帳」がすでに使われているときは、怒りに対処することが非常に難しくなる。

 なお、怒りの制御とワーキングメモリが関わるとはいえ、誰もが一概に「年齢とともに怒りっぽくなる」わけでもないようだ。篠原氏は、年齢による注意力や抑制力の違いを「Go/NoGo課題(*1)」という研究で確認している。

*1 課題ごとにGo反応(たとえば、ボタンを押す)またはNoGo(ボタンを押さない)を行ってもらうことで、年齢による注意力や抑制力の違いを調べる研究。

 「たとえば、僕が1本指を立てたらボタンを押す、2本指を立てたら押さない、ということを繰り返し行った後に、1本指ではボタンを押さずに2本指のときに押す、というふうにルールを逆転させるのです。すると、ちょっと押しそうになるのを我慢することが必要になります。この力も、年齢とともに落ちるのです。ただ、その抑制力の違いは、年齢とともにばらつきが増えていくこともわかりました。中高年以降になると、抑制がきく人もいればあまり我慢がきかなくなる人もいる、というのが本当のところです。まとめると、平均的には怒りを抑えるパワーは落ちてくるが、年を取ったからといって必ずしもキレやすくなるとは言えない、というのが私からの答えになるでしょう」(篠原氏)

体の感覚を「観察」して怒りの矛先をそらす

 カッとしたときに困るのは、カッとした最中のときにはすでに我を忘れているので、意識によって「怒るなー!」と抑え込むのが難しい、ということ。しかし、脳の仕組みをうまく利用すれば、怒りの感情の矛先を「そらす」ことはできるという。

 怒りという反応が起きるときの脳の仕組みについて、篠原氏は次のように説明する。

 「怒りに直結するストレスは一般的には短期的反応で、そのままちょっと置いておくと、いわゆるストレス物質といわれるノルアドレナリンやコルチゾールの分泌、海馬(短期記憶に関わる脳の部位)や扁桃体(へんとうたい)(感情に関わる脳の部位)近辺の働きを経て、自然に収まっていく仕組みがあります。だからこそ、収まっていくまで、ちょっと置くための観察が役に立ちます。自分を観察する力をつけることが有効です」(篠原氏)

 観察する、とは具体的にはどのようなことをすればいいのだろう。篠原氏は、そもそも、「怒りグセを直すためにこの点を反省してこう行動しましょう」というやり方で修正できるものなら、とっくに改善できている、という。行動変容につなげるには、むしろその人の新たな方法を見つけて「褒める」という逆転の発想がコツとなる。

 篠原氏は、怒りグセを直したいという人に相談されたときは、まずはその人を認めた上で、次のような新たなやり方を提案している。

 「あなたがそういう場面で怒りたくなるのはよくわかります、と、まずは相手の気持ちを受容します。
 でも、申し訳ないが実感として分かり切れていないので、来週、またここに来るときまでに、怒りそうになったときに自分の顔や手、全身の筋肉の動き、気持ちがどんなふうに変化するかをよく観察してきてください。
 特に大事なのは体の感覚です。よく観察して来週教えてください、という課題を出します。すると、だいたい次週までその人は怒らないのです」(篠原氏)

(写真はイメージ:Viktor Koldunov/stock.adobe.com)
(写真はイメージ:Viktor Koldunov/stock.adobe.com)

 えっ、どういうこと? まるで手品のようなこのやり方の種明かしは――。

 「観察ってそういうことなのです。むかついて、そのときに『今、手の筋肉が握られようとしています』とか『右肩の筋肉に力が入りました』なんて観察していると、ちょっと怒っていられなくなる、という副次的効果を狙っています。怒るとすぐ怒鳴ってしまい、罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐いてしまう、という人なら口の筋肉を観察するとうまくいきます。けっこう面倒くさいですよ。下顎に力が入っているのか、上顎に入っているのか、口がどう開いているかなんて思っていたら、怒鳴れなくなります」(篠原氏)

 怒っている自分を事細かに観察して言語化してみることで、自分の怒りの反応が変化することを面白がれたら、しめたものだ。

 また、怒りというものはエスカレートしていくことが本質的な問題で、それが人間関係を壊す元になる、と篠原氏はいう。

 「こっちが怒ると相手もそれに対して反応する。相乗効果でどんどん怒りが高まっていき、話が超面倒くさくなるのが最大の問題で、そのエスカレーションを予防するのが怒りの観察の目的です。怒りをそのまま出し放題にしていると、家族や社会というシステムを壊していく場合が往々にしてあります。そういった怒りの副作用を抑えることが大事だと私は思います」(篠原氏)

部下のモチベーションを高める「褒めワザ」、考え方はシンプル

 職場の対人関係で悩むのは、部下との関係だ。しっかり褒めて部下のモチベーションを高めたい一方で、褒めすぎるとそれが当たり前になってしまうのも困る――。

 まず、篠原氏は、褒める目的を捉え直すことを勧める。

成果につなげたいときは「行動を具体的に褒める」

 褒めることによって「部下のモチベーションを高め、次の成果にも結びつけてほしい」というときには、脳へのアプローチとして「行動と快感を結びつける」のが有効だ。

 「この行動をしたら褒められた!という経験によって、脳では、やる気の中核と言われる線条体が活性化します。線条体とは、快感に関わるドーパミン神経とつながっている部位で、行動と快感が結びつくことによって意欲が高まる、つまり具体的な経験の蓄積をエサにして活性化しやすくなる部位です。ですから、『がんばったね』というレベルではなく、合わせて、具体的に伸ばしてほしい行動を褒めるのがコツです。
 例えば、『取引先は判断に時間がかかる人だから、今回、早めに連絡しておいてくれたことが功を奏したよ、ありがとう』とか『作ってくれた資料の見出しのあのフレーズは斬新だったね』というふうに、具体的に伝えます。そのためには、相手のとった行動を細かく分解して、相手に応じて褒めポイントを見つける観察力も必要になります」(篠原氏)

この行動をしたら褒められた!という経験によって、やる気の中核と言われる線条体が活性化(写真はイメージ:Matthieu/stock.adobe.com)
この行動をしたら褒められた!という経験によって、やる気の中核と言われる線条体が活性化(写真はイメージ:Matthieu/stock.adobe.com)

 「褒めれば伝わるものだ」と漠然と思っていると、「がんばったね」「今回は大変な仕事だったよね」というふうに、ふわっとした伝え方をしがちになるが、より具体的に相手の行動を示しながら伝えることが相手のモチベーションアップにつながる、と覚えておこう。

元気づけたいときは「存在そのものを褒める」

 一方、仕事でなかなかパフォーマンスを発揮できずに疲れて元気をなくしてしまっている部下の場合は、相手を元気づけることが目的となる。その場合は、「存在そのものを褒める」のがコツとなる。

 「たとえば、自信をなくした子どもたちを相手にする場合は、髪の毛の長さ、ほっぺたのぽにょぽにょした感じ、靴の色でも、なんでもいいから、上から下までなんでも褒める、そんなイメージです。私などは学生が相談にやって来たら、一発目の言葉として『よく来たね』『すごいね』と言って褒めます。そうすることが、自己肯定感や、また相談に訪れるモチベーションにつながりますから。この場合の褒め方は、ものすごく抽象的でいいのです。『すごいね』とか『やるじゃん』とか、『そのスマホケースいいね』とか、何言ってるかわかんないよ、というようなことでもいい。相手に対するプラスの言葉は勝手に耳に残っていきます。枕詞のように褒めるのです」(篠原氏)

 難しく考えることはない。相手のプラスのイメージを素直に言葉にしてみることから始めてみよう。

(写真はイメージ:One/stock.adobe.com)
(写真はイメージ:One/stock.adobe.com)

パートナーを見つめる回数を増やすと「好き」を思い出す

 リタイア後の生活をイメージするとき、ともに暮らすパートナーとも穏やかな関係を結んでいたいものだ。長年連れ添い、相手の嫌なところが目につくと関係がギスギスしてくることもある。脳科学ではパートナーシップをどのように捉えているのだろうか。

 意外なことに、「嗅覚」からパートナー関係を考察した研究があるという。

 「カナダのブリティッシュコロンビア大学で行われた研究では、96組の異性カップルが対象となり、男性被験者は24時間Tシャツを着用し、体臭が保存されました。その後、96人の女性が『恋人の香り』、『見知らぬ男性の香り』、『中性的な香り』のいずれか1つを嗅ぐように割り当てられ、模擬面接や暗算といった急性ストレス因子にさらされるという実験が行われたのです。その結果、パートナーの香りを嗅いだ女性では知覚するストレスが減少し、見知らぬ人の香りを嗅いだ女性はストレスホルモンと呼ばれる血中コルチゾールレベルが上昇しました。パートナーと仲良しでいると、その匂いを嗅ぐだけで安心するということです。また、愛着ホルモンと呼ばれるオキシトシンは、男性が見知らぬ魅力的な女性と遭遇したときに、その女性から距離を置くよう働くという研究もあります」(篠原氏)

 常に近い場所で過ごすことで、相手の香りが自分の安心感につながるとは驚きだ。

 また、「独り身になると認知機能の低下リスクが増す」ことも複数の研究により示されている。

 「夫婦間の温かいコミュニケーションが必要、ということもあるでしょうが、夫婦間の適度なストレスが脳を鍛えている、という側面もあるかもしれません」(篠原氏)

 パートナーとはいえ、自分とは育ってきた環境も価値観も全く異なる他人。しかし、長く暮らすなかであれこれ工夫、調整することが間違いなく「脳トレ」になるのだろう。

 「実際に、夫婦で向き合ってもらい互いを褒め合うと、前頭前野が活性化します。前頭前野が活性化するということは難しいタスクをしているのと同じことで、だからこそ、相手のいいところを頑張って見つけることは脳トレになるのです」(篠原氏)

 さらに、夫婦関係を穏やかにするための裏技として篠原氏は、「人は長く見たものを好きになる」という現象を生かすことを勧める。

 「だいたい、夫婦仲が悪くなるとき、他の異性に興味があるようなときって、配偶者の顔をあまり見なくなるものですよね。もしくは心の中でもあまり想像しなくなっている。一緒に暮らしていても目を合わせなくなります、これでは見ることは好きになることが使えません。
 だから、見るという回数を増やすのです。ついでに見つめた後ににっこり顔を作ると、脳もだまされてなんだか楽しくなってきます。『私、この人のことが案外好きかも』と思うようになるかもしれません。
 相手のことを思い出すと鬼のような顔が浮かぶなら、それを修正していくといいでしょう。例えば、相手からくるメッセージのアイコンをかわいい子猫ちゃんに変えてもらうと、奥さんの顔とその子猫ちゃんがだぶって見えてくるようになり、頭の中で区別がつかなくなってくる…かもしれません。やってみる価値はあるでしょう」(篠原氏)

(写真はイメージ:miya227/stock.adobe.com)
(写真はイメージ:miya227/stock.adobe.com)

 カッとしたら自分を観察する、部下は目的によって褒め方をアレンジする、パートナーを見つめてにっこりする、など今日から実践できるワザばかりだ。

 次回は、誰かを「苦手」と思うことや、ネット炎上などの「ネガティブ思考」からあなたを守る方法についてお届けする。

日経Gooday(グッデイ) 2026年5月21日付の記事を転載・一部改訂/情報は掲載時点のものです]

怒りや、喜び、憎しみ、親しみ…。これらの感情に、脳は乗っ取られやすく、そしてダマされやすい側面があります。そんな「脳のクセ」を見抜いておけば、やる気にさせたり、落ち込みを避けたり、嫌いなものを「好き」に変えたりと、物事をポジティブな方向へと進めることができます。脳のクセを見抜き、うまく“コントロール”して、あなたを振り回す「感情」から身を守る方法をこの本で見つけてください。

篠原菊紀 著/日経BP/1870円(税込み)