経験を積んだ世代でも、「不安が止まらない」「苦手な人の前ではすくんでしまう」など、ネガティブ思考に振り回されることは少なくない。そんなときに役立つのが、脳のクセを知り、感情に振り回されないためのテクニックだ。日経Goodayの連載で人気を集めた内容が、1冊の本『 脳を乗っ取る感情(アイツ)からあなたを守る方法 』にまとまった。本記事では、その中から、ネガティブ思考を軽くするヒントをお届けする。
ストレスは「脳のメモ帳」を使い、不安感を増幅させる
前回は、脳科学からのアプローチによって、怒りの感情の勢いを緩め、部下とパートナーとの関係を改善していくポイントについて、本書を元にお伝えした。
さらに今回掘り下げたいのは、「ネガティブ思考」のコントロール法だ。
今考えても仕方がないことなのに、不安感にどっぷり浸かってしまう――そんなことはないだろうか。
篠原氏は、もともと、不安になりやすい傾向の脳を持っている人がいる、と解説する。どういうことだろうか。
例えば、数日後のプレゼンのことを考えると「どうしよう」「失敗するかも」と不安が止まらなくなるような心理特性を持つ人を脳科学では損害回避傾向や不安傾向が強い人という。
「リスクを避けたい、という思いを損害回避傾向と言い、人はもともと、損害のほうを重く見積もる傾向があります。損害の3倍ぐらいは利益が予測できないと、行動したがらないのです。リスクをしっかり見る人間のほうが生き残る確率も高くなりますから、大切な性格傾向です。しかし、損害回避傾向が強すぎるタイプの人が中にはいます。以下のチェックリストでたくさん当てはまる人は、このタイプかもしれません」(篠原氏)
- 何をするにも心配が先に立つ
- 慣れない環境だとなかなか適応できない
- 緊張しやすい
- 人見知りするタイプだ
- 疲労やストレスがなかなか抜けない
損害回避傾向や不安傾向が強い人では、緊張する場面のときに前頭前野のワーキングメモリの働きが低下しやすくなることがわかっているという。
たとえば、プレゼン本番で発表している最中に上司から想定外の質問が投げかけられるとする。すると、落ち着いて考えればわかることも訳が分からなくなり、パニックに陥って頭が真っ白になってしまう、ということが容易に起こりえる。

「脳の前頭前野のワーキングメモリとは、脳のメモ帳で、どんなに頭の良い人であろうとそのメモ帳の枚数は限られていて、人は同時に『あれ』『これ』『それ』の3つぐらいしか回すことができないのです。ただでさえ処理能力には限界があるのに、損害回避傾向が強い人の場合、緊張するとそのメモ帳が一気に減ってしまうのです。
損害回避傾向が強い人はもちろん、仕事のストレスで気が休まらないときには誰もが脳のメモ帳の枚数を食ってしまいます。ですから、人前でのプレゼンでテンパることも、パニックになりやすいのも致し方ない、だってメモ帳がもうないんだもん、と、まずはその現実を認めましょう。むしろテンパらない状態がおかしい、ぐらいに思っていいのです」(篠原氏)
不安になりやすい脳の特性を理解して、「失敗を想像して不安になっているけど、脳ってそういうものなんだ」と認めることで、多少は落ち着くことができるかもしれない。
不安を脳科学や心理学のアプローチで弱める! 4つの対処法
じつは、先ほど取り上げたプレゼン本番のように、人前で話すことは、古くから典型的なストレス要因として心理学においてさかんに研究が行われてきた。篠原氏は、これまでの研究をもとに、不安の対処法として4つの方法を提案する。1.不安を書き出して「外在化」する
本番のときに失敗したら、とぐるぐる考えても問題解決はできない。そこで、不安な思いを外に取り出す=外在化する。外在化することによって脳のメモ帳が空いて、使いやすくなる。
「『緊張するなぁ。うまくできなかったら他社に仕事をとられてしまうから責任重大だ』『おなかが痛くなるかもしれない』……なんでも気にせず書き出しましょう。身近な人に話すことも、立派な外在化です」(篠原氏)
2.不安を“キャラ”に乗せて距離を取る
自分の人間性と切り離すことによってスムーズに外在化する方法として、「キャラに乗せる」のもありだ。不安は自分の人格と一体化させるとコントロールしにくくなるが、キャラに乗せて“分離”することによって、それを観察する目が生まれるというわけだ。
「たとえば、漫画『鬼滅の刃』の超ヘタレキャラの我妻善逸(あがつまぜんいつ)くんになりきって『死ぬ死ぬ死ぬ、プレゼン怖い!』と大げさにビビってみる。のび太になって『ドラえもーん!』と泣きついてもいいでしょう。緊張や不安を押し込めようとしているときより、心が解放される感じがしてきます」(篠原氏)
3.「私は興奮している!」で脳をだます
「不安」を「興奮」として再評価すると、パフォーマンスが向上することがわかっている。この仕組みを活かすのが、「私は興奮している!」と言い換えるテクニックだ。
「不安な状態で心臓がドキドキしているときに、『私は興奮している…わくわくしている…』と言い直すのです。それだけでネガティブな不安がポジティブな興奮に置き換わり、実際にパフォーマンスが向上した、という報告があります。脳はダマされやすい側面があるので、ドキドキする心拍を『うおー、興奮している』と受け止められれば、よっしゃ、と思えるのではないでしょうか」(篠原氏)
4.「緊張くん」を観察して弱点を探す
ネガティブな思いを擬人化する方法もある。プレゼンに失敗するのは自分の中に複数いるキャラの一つの「緊張くん」が邪魔するからで、緊張くんが苦手とするもの(緊張するための条件)を探すのだ。
「とにかくよく眠っておくと、緊張くんは元気がなくなるかもしれません。身近な人に褒めてもらう、終わった夜にとっておきのウイスキーを飲む、などのご褒美があると緊張くんは弱くなり、反対に、元気に話せる『元気くん』が育つかもしれません」(篠原氏)
「苦手」「嫌い」も、ひっくり返すことができる
不安という感情はもちろんだが、特定の人を苦手と思うこともしんどいものだ。苦手な相手がそばにいると、それだけでギクシャクしてしまう。ただ、好き・嫌いに関しては、コントロールするのは難しいのではないだろうか――。篠原氏は、実はある程度、コントロールが可能だと説明する。
「『この人は好き・嫌い』というときには脳の扁桃体(へんとうたい)が活性化しています。扁桃体は、快・不快、恐怖や不安といった生命の危機と直結するような感情に関わり、恐怖の中枢ともいわれ、扁桃体が機能しなくなると恐怖を感じなくなる、ということも分かっています。
扁桃体が活性化すると、自律神経を調節する視床下部に働きかけ、交感神経を活性化します。血圧が高くなり、心拍数が上がり、末梢血管を収縮させ、全身の血液を脳と大きな筋肉に送り込みます。まさに生命を脅かす敵に遭遇したときの状態が起こるわけです。
誰かを嫌いと思うときに活性化する扁桃体の影響は記憶にも及びます。
記憶の保管庫である海馬と扁桃体は、隣同士で密接にネットワークを作っており、海馬、視床、帯状回(たいじょうかい)を通るパペッツ回路は、ネガティブ経験をしたときにはぐるぐる回り続けるため、『あの人は嫌い』といった感情的な記憶は強く刻まれ、増幅していくのです」(篠原氏)
なるほど、「あの人はあのときあんなことを言ったから嫌い。そう、嫌いなのはあのときあんなことを言ったから」というふうに記憶によって苦手意識が増強される、というのは実感として理解できる人が多いだろう。
その一方で、「脳を快の状態にすると、嫌いと思っていたものでも簡単に好きになることが起こりうる」と篠原氏はいう。
「嫌な人と一緒にいたけど観た映画が面白かった、あるいは、嫌な相手だけれど、行ったレストランが大当たりでおいしかったら、まあまあ好きになるかもしれません。打ち合わせをするときにすごくおいしいケーキを食べながらやってみるのはどうでしょう。
ただし、『苦手な人を好き』にひっくり返すのは難しいので、プラスの経験をこまめに積むよう工夫すること。嫌だ嫌だ、と思いながら接さないことも大切です」(篠原氏)
苦手な気持ちは、自分の思い込みで勝手に増幅させてしまっていることがありそうだ。気分がアガることと組みあわせて、苦手意識を払拭する努力をするのもいいし、うまくいかなければあきらめて、相手のことを記憶から消し去るというのもありだろう。
次回は、SNSから受け取る負の感情への向き合い方についてお届けする。
[日経Gooday(グッデイ) 2026年5月29日付の記事を転載・一部改訂/情報は掲載時点のものです]
篠原菊紀 著/日経BP/1870円(税込み)

