21世紀を生きる現代の「世界一周者」たちはどのような旅をしているのか。日経ビジネス人文庫『8の都市からよむ「世界一周」の世界史』著者である日本経済新聞の鈴木淳記者が、世界一周にハマった旅行者たちにインタビューする。1回目は大手予備校・代々木ゼミナールで世界史の講師をしながら、歴史の現場を巡るツアーを催行する佐藤幸夫さんに話を聞いた。

生徒に世界を見てほしくてツアーを始める

 佐藤さんが世界一周を始めたのは1999年に大学生向けの世界史ツアーを始めたことがきっかけだった。特に世界一周を意識して始めたわけではなく、ある意味で偶然の産物だった。

 「予備校の世界史で教えたものを教え子たちに実際に見てほしくてツアーを始めました。学生のサークルみたいなものをつくって、1期(1学年)120人くらい登録がありました。それを20期まで続けました」

 「年に2~3回ほどツアーをしていましたが、例えば、冬にスペインとペルーと2回ツアーをすると、日本に戻るのが面倒なので、私はそのままスペインからペルーに飛ぶことにしました」

代々木ゼミナールで世界史講師を務めながら、世界史の現場を巡るツアーを主催する佐藤幸夫さん。エジプト在住
代々木ゼミナールで世界史講師を務めながら、世界史の現場を巡るツアーを主催する佐藤幸夫さん。エジプト在住
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 佐藤さんはこうして毎年のように世界一周をすることとなり、その数は18回となった。最初は実用的な移動目的だった世界一周だが、それ自体が世界史講師としての幅を広げることにもつながった。

 「教科書に載っているものを自分の目で見て、授業で話したかった。そうすると、やっぱり教え子たちいわく臨場感があると。ひとつの建物にたどり着くにも、すんなり行けるとも限らないし、命に関わることもあります。そういうことが授業のスパイスになりました。やっているうちに世界一周が楽しくなり、ツアーの合間とか前後に、ほかのところも自分で行くようになりました」

 最初は自分ですべての経路をひとつひとつ手配していたが、最近は世界一周航空券をもっぱら使う。同じ航空連合に所属する航空会社の便をつないで世界一周するもので、「飛行機マニアになってしまい『この航空会社の新しい機体に乗ってみよう』などとわざわざ遠回りすることもあります」と笑う。

世界史に関わりの深いイスラム圏に身を置く

 佐藤さんは2021年にエジプトに移住し、年に数回日本に帰る2拠点生活を送る。

 「海外移住することはもともと決めていて、そこから世界史ツアーを催行することを考えていました。スペインを検討しましたが、物価などが高かった。友達の多いトルコも子供の教育環境などを考慮してやめました。そんなときに出てきたのがエジプトでした」

 2020年以降猛威を振るった新型コロナウイルス禍による人々の行動変化も、移住には追い風になった。代ゼミの授業は収録のみとし、年に3回ほど帰国する。「昔は勉強するのに映像なんて見ていたらダメといわれたけれど、今の子供たちは映像で見るし、それに慣れているんです。そういう勉強が得意なんです」

 世界一周を通じて知り合った友人がたくさんいることもエジプト移住の決め手となった。ツアーの企画者の目線も世界一周で養われた。

 「(日本人の)お客さんの目線で見ると、ヨーロッパなら自分で行けるけれど、中東だと難しいというのがあるかと思います。ぐるぐる世界一周して良かったのは、世界で住みやすそうな場所が分かるようになったことと、日本人が自分で観光できない場所がなんとなく分かったことです」

 世界史に関わりの深いイスラム圏に身を置き、自らも理解を深めようとする。世界一周をしたからこそ、そこから見える日本社会の課題にも目がいく。

 「日本人はイスラム教に対する偏見が強すぎるように感じています。教科書もイスラム教について十分教えていないし、仕方ないとはいえ、メディアも悪い(テロ)事件などばかり取り上げる問題もあります」

 イスラム圏以外では中南米が特に好きだという。

 「インカの文明がたくさん残っているところが好きです。中米の文明もドキドキします。グアテマラからパンアメリカンハイウエーをコスタリカまで下ったこともあります。バスでは荷物をちゃんと見ておかないと誰かが持っていっちゃうかもしれないとか、いろいろドキドキしました。でも楽しかったです」

18回の世界一周では南米も回った(ボリビアにて)
18回の世界一周では南米も回った(ボリビアにて)
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 「年を取れば取るほど動きがやっぱり鈍くなって。昔は都市間をわざと飛行機じゃなくて、陸路で移動したこともありましたが、最近は町に飛んで、その周りをぐるっと回っています。だから、今は楽していますね」

気になる若者の二極化と「世界史離れ」

 SNS(交流サイト)を見れば、若者を中心に世界一周の報告であふれている。一方で海外旅行に興味がなくパスポートを持たない若者も多い。世界を18回も回った佐藤さんはこの風潮をどう見ているのだろうか。

 「世界を回ったこと自体がもうそんなに珍しいことではなくなったし、語学ができたとしてもそれがものすごく大きな強みになるわけでもない時代です。だから、スキル的には世界一周で学べるものはたいしたことがないのかもしれません」

 「でも、そうした具体的なスキルよりも、世界各地を比較してみることのできる体験が大切なのではないでしょうか。そして、多くの人がいうのは出会いですね。例えば、次の仕事をするきっかけになるような人と出会ったとか」

 佐藤さんによれば、生徒の「世界史離れ」も進んでいるという。大学入試センターによると、2024年の大学入学共通テストで「世界史B」を受験した人数は「日本史B」を受けた人のおよそ半分だった。2025年入試からは日本史と世界史を含む近現代史を中心とした「歴史総合」が導入された。

 「世界史はずっと必修科目だったんですけど、必修にしたことで先生が足りず、日本史の先生が教えることもありました。それで授業がつまらなくなり、世界史離れが起こりました。用語は日本史よりも簡単ですが、幅広い。教科書も時代がバラバラに出てくる」

 「歴史総合も近現代だけを教える。まあ日本史はいいですけど、世界史はイスラム教とかキリスト教ができるところをカットしてその後しか教えないのはだめだと思います。絶対王制も市民革命もやらないでいきなり19世紀を教えても近代社会の意味がまったく理解できないまま終わってしまう恐れがあります」

 佐藤さんは「世界史選択が減れば、世界を見たいと思う子供も減る」ことを危惧する。内向きな日本にしないようにするためには、世界にもっと目を向けたうえで日本の良いところを知る素地をつくる教育が欠かせないと訴える。

写真/佐藤幸夫さん提供

日経ビジネス人文庫『 8の都市からよむ「世界一周」の世界史
19世紀の世界一周パックツアーの旅程とは? 渋沢栄一が5回も「洋行」した理由は? 21世紀の世界一周のトレンドは? 国際報道に携わる日経記者が、横浜、香港、ロンドン、ジュネーブまで、キーとなる各都市を自ら旅しながら、「世界一周」500年の歴史をたどります。

鈴木淳著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)