年金と資産の取り崩しで生活を送る場合、保有資産が減るのは避けられないことですが、どうしても「怖い」と思ってしまうのも人の常。そこで75歳で〇万円、80歳で△万円というように「年齢ごとに目標資産額を設定しておくことで不安を減らすことができる」と野尻哲史さんは言います。野尻さんの新刊『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法 60代からの“まさか”に備え、資産寿命を伸ばす知恵』(日本経済新聞出版)より抜粋します。
資産が減ると満足度も下がるのか?
70代までの生活を重視したいという人に改めて、「70代に使った分、80歳以降の生活のための資産は減っていても問題ありませんね」と聞けば、「いや、それは困るな」と感じるのではないでしょうか。
人は資産が減るのが嫌なものです。特に退職した後、働いて得られる収入が減ったり、なくなってしまったりと、収入を使って資産を増やす可能性がなくなりますから、現役時代以上に避けたいという気持ちになってしまうものです。
「60代6000人の声」アンケートの結果から、家計の保有資産額と資産水準に対する満足度を分析してみると、そのことが明らかになります。
このグラフをみると、資産が減っていく(グラフの右に向かう)と、資産水準に対する満足度が低下していくことがはっきりとわかります。資産水準の満足度は1点が「満足できない」で、5点が「満足できる」として回答していますので、3点が「どちらでもない」という中庸の水準です。
ちょうどグラフでは資産が2000万円を下回ると、3点を下回り、「どちらかといえば満足できない水準」となっています。2019年に話題になった「老後2000万円問題」が、今の60代の資産水準の満足度に影響を与えているのかもしれません。逆に、そもそも2000万円という資産規模が今の60代には満足度という視点で意味を持っていて、だからこそ「老後2000万円問題」が大きな議論になったのかもしれません。
それはともかく退職後資産を使うことに躊躇(ちゅうちょ)してしまう心持ちがよくわかります。多くの人が、資産を引き出して使うことにどこかマイナスのイメージを持ってしまうわけです。
資産3000万円。60代と70代で同じ満足度か
しかし、別な視点もあります。
例えば、資産3000万円を保有する60代と、同じ資産を持つ70代、80代、90代を想像してみてください。同じような生活パターンであれば、余命を考えると、同じ資産なら年齢の高い方が満足度、または安心感は高いはずです。
アンケート調査は60代だけですが、あえて60代になったばかりの60~62歳ともうすぐ70代になる67~69歳で資産額とその資産水準の満足度のグラフを作ってみたところ、やっぱり、67~69歳のグループの方が、同じ資産額でも資産に対する満足度が高いことがうかがえます。
資産に対する満足度は、資産額だけではなく年齢(または余命)の関数でもあると考えれば、単に資産が減らないということではなく、計画段階で年齢ごとに資産が減っていく計画、そして、100歳までも資産が残る計画を立てれば、満足度を維持するロジックになるはずです。
それをイメージ図で描いてみるとすれば、下記の図表のようになると思います。
その特徴は、(1)資産水準と満足度のカーブは年代ごとにあり、年代が高くなるほどその満足度の曲線は上にシフトしている、(2)毎年使って資産額が減っていっても満足度の曲線が上にシフトしているので満足度の位置はそれほど低下しない、というわけです。
「参照点」をどこに置くかでものの見方が変わる
少し視点を変えてみます。
われわれ資産活用世代にとっての問題は、理論よりも感情に左右されることが多くなるという点ですが、これを行動経済学の知見で整理してみます。行動経済学のなかで有名な考え方のひとつに「プロスペクト理論」があります。人は利得よりも損失の方を過剰に評価する傾向にあり、同じ損失額と利得額を比べると心理的な影響は損失の方が大きくなるというものです。
その利得と損失の判断を分ける基準点を「参照点」と呼んでいます。その参照点をどこに置くかというだけで、損失か利得かが違ったり、損失の大きさを異なって感じたりします。
2024年8月は株式市場で大きな下落があり、“令和のブラックマンデー”などといわれています。8月5日の急落は過去最大の下げ幅といわれ、直前7月11日の高値からみると、8月5日までの下げ幅は25.5%になりました。
しかし、それを年初からの下落率でみると5.5%、前年比でみると2.3%の下落で済んでいます。もし参照点を2024年7月に置いていればそれはもうパニックですが、1年前の水準に置いていればそれほど驚くことではありません。
2025年4月もいわゆるトランプ・ショックで4月7日の日経平均終値は3万1136.58円まで下落しましたが、いつと比べるかが大切なのです。
年齢ごとに目標資産額を設定
資産の取り崩しに話を戻します。ここにも重要な参照点の問題があります。
退職後に、生活のために資産を取り崩して使っていくと、保有資産は減少します。これは避けられないことですが、感情的にはなかなか受け入れにくいものです。
ただ、ここで「資産の減少」とは、いつの水準と比べて減少しているのかという参照点の問題だと考えることができます。
65歳から資産の取り崩し局面に入ったとして、65歳の資産額を参照点にすると常に資産は減少することになるでしょう。
しかし、年齢ごとに目標とする資産額を設定しておいて、それを資産額の増減を考える際の参照点にすることで資産が減ることへの不安を減らすことができます。
例えば、65歳の資産額を4000万円として、それが70歳で3800万円、75歳で3600万円、80歳で3400万円になると設定します。現実の資産額は毎年使っていくことで徐々に減少しますが、その際に比較するのはこれら年齢別に設定した残高です。これを参照点にして、それよりも多いか少ないかで考えるというスタイルです。
その参照点を表したのが先ほどの図の▼です。年代別に資産額をあらかじめ想定しておけば、その水準まで資産を使っても安心感や満足度はそれほど低下しないはずです。
参照点の考え方は、行動バイアスが強まりがちな資産活用世代においては大事な視点になると考えます。
野尻哲史著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)





