それなりの老後資産を持っているのに年金の範囲内で暮らすという人は多いもの。しかし、資産の枯渇を恐れるあまり「できるだけ使わない」姿勢をとり、亡くなるときにたくさんの資産を残すのも考えものだと野尻哲史さんは言います。野尻さんの新刊『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法 60代からの“まさか”に備え、資産寿命を伸ばす知恵』(日本経済新聞出版)から抜粋します。
作り上げた資産を使うためのマインドセット
私は、資産活用の要諦のひとつとして「使いながら運用する」ことを考えるべきだと伝えていますが、「使いながら運用すると言われても、何にお金を使えばいいんだろう」と聞かれることもよくあります。
確かに自分のことを振り返っても、40年近く会社勤めをした結果なのか、お金の使い方に華がない気がします。外資系に長く勤めていたのに派手な使い方を知らないのは残念なことだとも思います。
最近、私と同じ年代で知り合いの方が立て続けに、「今年は夫婦で3カ月ほど世界一周のクルーズの旅に行きます」と連絡をくださいました。またFacebookのお友達(この媒体の特徴で比較的年齢層が高い)でも海外でゆっくりされている人が多くいらっしゃいます。「こんなに円安で」ととかく言われるなかで、海外旅行を楽しんでいらっしゃるのは、ちょっとうらやましいと思っています。
そんななか、以前読んだ『 お金の減らし方 』(森博嗣著/SB新書)という本を読み返す機会がありました。
すっかり内容を忘れていたのもあって、「必要なものは我慢して、欲しいものは買う」と書いてあったのに、「えっ?」と思いました。しかしよく考えてみると「あっ、これかもしれない」。そう、われわれ世代はもっと欲しいもの、やりたいもの、ワクワクするもの、ちょっと良いかもと思うものにお金を使っていく「度胸」とか、「無謀さ」が必要かもしれません。お金を使い切る勇気です。
「できるだけ使わない」では寂しすぎる
退職後の生活のために資産を作り上げようと現役時代に頑張ってきて、それなりに資産ができているにもかかわらず、「公的年金や勤労等によって得られるフローの範囲内で生活すべきだ」という考え方が多いのも確かです。
その結果、亡くなるときにたくさんの資産を残してしまうようになり、毎年推計で50兆円もの相続が発生してしまいます。
そこからどうやって一歩前に進めるのかというのが、実は資産活用、使いながら運用するという考え方の根っこにあると考えています。
現役時代から節約して資産運用を継続し、退職してからも資産が枯渇するのが心配で「できるだけ使わない」ようにするのでは寂しすぎます。「“使いながら”運用する」アイデアを上手に活用することで、残高をコントロールしながら、引き出した資金は「使い切ってもいいお金」と意識できれば消費に対するマインドが変わるはずです。
高齢者もその課題に気づいているのではないでしょうか。消費を怖がって資産を残してしまうことに警鐘を鳴らす『 DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール 』(ビル・パーキンス著/児島修訳/ダイヤモンド社)が売れていますし、2023年8月に上梓(じょうし)した弊著『 60代からの資産「使い切り」法 今ある資産の寿命を伸ばす賢い「取り崩し」の技術 』(日本経済新聞出版)も増刷を重ねました。少しずつではありますが、着実に資産を使うという考え方が広がりつつあるように感じます。
「使い切ってもいいお金」の計算のしかた
3000万円を期待収益率3%で運用するポートフォリオを組んで、そこから毎年4%の定率引き出しを行うと想定して、1万回のモンテカルロ・シミュレーション(ランダムに数値を発生させるシミュレーション)を行った結果からわかることがあります。
下記の図を参照してください。
私の新刊『 100歳まで残す 資産「使い切り」実践法 』(日本経済新聞出版)で紹介している定率引き出しを行うことで、75%の到達確率ながら80歳時点の資産が2100万円残ることを示しています。もし「使いながら運用する」15年間を想定すると、3000万円の資産は15年間に1542万円を使っていながら、80歳の段階で2100万円の資産が残る可能性が高い(75%の到達確率)と言えるわけです。
運用をしないで80歳の時点で2100万円を残したければ、65~80歳で900万円しか使えません。
より多くの資産を使えるということが、「使いながら運用する」ことの意味だと思います。しかも80歳時点で資産が想定通りに残る可能性が高いとなれば、計算した引出額は「その年に使い切ってもいいお金」と考えることができます。
新刊『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法』で言い続けている「率」を意識した資産の引き出しという考え方は、「使う」という視点からみると、気楽に使っていいお金を計算する方法でもあるのです。
資産残高の思わぬ毀損(きそん)を気にしたり、余命に対して十分な資産を残せないと心配したりして、「できるだけ使わないようにする」というのと比べると、消費への前向き度合いが大きく違うと思います。資産活用、資産の取り崩しは資産を有効に使うことが目的です。
ちなみに本書でも触れていますが、年に一度資産運用口座から「率」を使って引き出した資金は、生活費口座に振り込んで、そのお金をその年に使い切ると考えます。
市場環境が厳しくて引出額がそれほど多くない年はその資金を生活費の足しにするだけにとどめておくとか、逆に市場環境が良くて引出額が多くなったときにはぜいたくして旅行などにまとめて使うといった柔軟な対応も可能になります。
大切なことは、「資産運用口座から生活費口座に資金を振り込むこと」です。そうすることで、運用資金ではなく使い切っていいお金と自分に認識させるのです。行動経済学で指摘されるメンタル・アカウンティング(心の会計)の効果です。
野尻哲史著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)


