働く女性に支持され続けている『日経ウーマン』で、27年も続く連載「妹たちへ」。キャリアに迷い、人生これでいいのかと悩む女性たちから圧倒的な支持を得てきました。その名物連載が、15年ぶりに単行本『一歩が踏み出せなかった私へ』として登場。雑誌掲載当時の語りを1冊にまとめた、20人の“姉”からのエール集です。今回はヘアメイクアップアーティストの藤原美智子さん編の第1回。22歳で独立、仕事の中で成長します。バブル時代になると好きなメイクと求められるメイクのギャップから、この仕事は自分に向いていないのではと悩み始めます。(本連載は、書籍『一歩が踏み出せなかった私へ』に収録されている日経ウーマンの記事から一部を抜粋してお届けします)

藤原美智子
ビューティ・ライフスタイルデザイナー
藤原美智子 ふじわらみちこ/秋田県生まれ。ヘアメイクアップアーティストとして、美しさを自然に引き出すメイクで美容界を牽引。2017年に美や衣食住に関するプロダクトを扱う「MICHIKO.LIFE」を立ち上げ、ライフスタイルの提案を行う。その後、2022年に42年間のヘアメイクアップアーティストとしての活動に幕を下ろし、1992年に自身が設立したヘアメイクオフィス「ラ・ドンナ」の活動も終了。現在も執筆や講演、SNS等を通じて、美やライフスタイルの提案を続けている。Instagram@michiko.life  写真/神戸健太郎

 海のそばに住む。自分で食べる野菜を自分で作る。日の出とともに起き、日の入りとともに休む──。

 今、理想に近い生活を、週末だけでも送れていることを幸せに感じています。私の生活は40代から随分変わりましたが、変わっていないこともある。それは、「女性が内面から輝くメイクをしたい」という思い。40年間、その一心でヘアメイクの仕事を続けてきました。

口癖は「なんで女の子だとダメなの?」

 私が女性の美に関心を持ったのは少女時代。秋田の実家は、父が薬局を、その隣で母が美容室を営んでいました。父の店でいつも気になっていたのが、資生堂のポスター。印象的なまなざしの真行寺君枝さん、元祖クールビューティーの山口小夜子さん……。シーズンごとに変わる女性は、神秘的だったり、かっこよかったりと皆さん魅力的で、私は平面のポスターを時には下から、横から、飽くことなく眺めていました。さまざまな女性像を見ていたことが、「女性の魅力はひとつではない」と知った原体験です。

 性格は正義感の塊のようで、口癖は「なんで女の子だとダメなの?」。勉強でも遊びでも、2歳上の兄は許されるのに、私は「女の子だからダメ」と言われることが許せなくて。ちゃんと理由がないと納得できないタイプでした。

 好奇心も旺盛で、日本舞踊に始まり、ピアノに書道、茶道にお花……と習い事もいろいろ。でも、長続きしたものは少なかった。中学校に入るとき、「バレエを習いたい」と言うと、母に「すぐやめるからダメ」と却下されて。仕方なく、バレーボール部に入部。3年生ではキャプテンを務めました。

 郷ひろみさんに熱狂していた高校生のとき、私に美容室を継がせたい母の勧めで、美容師資格を取るための通信教育を受けました。そして、将来の夢も特別なかった私は高校卒業後、母に言われるままに、東京の美容専門学校へ進学

敷かれたレールの上を歩くのはつまらない

 「このまま、美容室を継ぐのかな」。卒業間際になって初めて、自分の人生について考えました。母の美容室は子供の頃から見ている。すでに知っている世界で、敷かれたレールの上を歩くのはつまらない──。そんなとき、女性週刊誌で読んだのが、ヘアメイクアップアーティスト・松永タカコさんの記事でした。

 「ヘアメイク」という職業を初めて知った私は、仕事内容も分からないのに「これだ!」と感じ、記事の最後に「アシスタント募集」の一文を見つけるや否や、すぐに電話。普段は腰が重いのに、そのときは行動が早かった!

 当時、松永先生はメイクスクールを始める前で、人手が足りないからとすぐ採用に。私は先生のスクールを手伝いながら、アシスタントとして、雑誌や広告の撮影に同行するようになりました。

「『へアメイク』という職業を初めて知った私は、仕事内容も分からないのに『これだ!』と感じました」
「『へアメイク』という職業を初めて知った私は、仕事内容も分からないのに『これだ!』と感じました」
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 松永先生には、ヘアメイクの技術以上に美意識について教えられました。お客様に飲み物を出すときの、氷とジュースの量の美しいバランス、椅子の並べ方、花の生け方……。何気ないことでも、より美しい見え方を追求する姿に、センスとは、意識して自分で育てるものであることに気づかされました。

 あるとき、先生の代わりに私がひとりで雑誌の撮影に行くことに。フォトグラファーもスタイリストもそうそうたる面々のなか、21歳になるかならないかの私はプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、外国人モデルのヘアメイクに没頭。完成までに相当な時間がかかったと思います。スタッフの心配そうな視線をひしひしと感じていましたが、誰も「まだかかるの?」とは言わなかった。

 それどころか、「メイク、いいじゃない」と拍手が起こって。思い切って挑戦した仕事で認められたことで、少しずつ自信が生まれていきました。その後、指名で仕事をいただくようになり、『non-no』や『anan』などの女性誌に、「ヘアメイク/藤原美智子」と名前が載るようになりました。

 松永先生に3年師事した後、22歳の私はマネジメント事務所に所属。フリー契約のヘアメイクとして独り立ちすることとなりました。

「メイクは骨格にするもの」ですべてが腑に落ちた

 当時は、野村真一さんや、渡辺サブロオさんがサロンをオープンし、ヘアメイクアップアーティストとして活躍されていました。私が仕事を始めた頃は、確定申告でお世話になる税理士さんに、「どういう仕事ですか?」と必ず聞かれていたヘアメイクという職業も一般的に認知され始め、ありがたいことに、すぐお仕事をいただくことができました。

 (写真:alfa27/stock.adobe.com)
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 「メイクは、骨格にするもの」。ある方に教わって、すべてが腑に落ちた瞬間を今も覚えています。美しさを引き出すメイクは肌の上にするものではなく、骨格を把握してするもの。そう考えると、眉の描き方、アイシャドウやチークの入れ方、全部が理解できました。ヘアメイクは現場勝負。撮影では、初めて会うモデルをきれいに見せることだけに集中し、求められるイメージになるようヘアメイクをする。その地道な繰り返しのなかで身に付いたテクニックの分、仕事のオファーも増えていきました。

個性がないと「メイクさん」と呼ばれる

 27歳頃になると雑誌の表紙の仕事もするようになり、技術も身に付いた実感がありました。そこで生じたのが「自分の個性」についての悩み。個性がないと、現場ではただの「メイクさん」と呼ばれる。「この仕事には藤原さんが必要だから」と頼んでもらうためにも、プロのヘアメイクとしての個性をアピールしなくては。でも、自分の個性って何……?

 バブルの好景気だった当時は、目元や口元に強く華やかな色を乗せるメイクがトレンドでしたが、私には突飛(とっぴ)なだけのメイクに見えて好きではなかった。憧れるのは、品が良くて、透明感のある女性。でも、それは仕事や作品で表現するにはインパクトが弱い。求められることと好きなこととのギャップに悩むうち、「私はこの仕事に向いていないのかもしれない」と考えるようになりました。

自分らしい、好きなメイクを強みにする

 「陶芸家になろう」。そう思い立ち、陶芸教室に通い、いつか開きたい理想のお店をスケッチブックに描きました。撮影の一端を担うヘアメイクと違い、陶芸家なら1から10まで自由にものづくりができると考えたのです。ところが、当時住んでいた原宿に、私が思い描いていたようなお店ができてしまった! 途端に、陶芸家になることへの情熱が失せてしまいました。

 やっぱり、私がやりたいのは、女性の内面の美しさを引き出すメイク。私の好きなメイクは地味かもしれない。でも、好きなものは変わらないし、好きなことこそが強みになる!

 そう納得すると、個性について悩まなくなりました。そして、好きなものは好き、と堂々と言えるようになると、「藤原さんらしい透明感のあるメイクをして」というオファーが来るようになったのです。

「私の好きなメイクは地味かもしれない。でも好きなものは変わらないし、好きなことこそが強みになる!」
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 少しずつ自分らしい表現ができるようになってくると、不思議と疲れなくなりました。疲れは肉体以上に、我慢や無理をしたり……という精神的なところから来るものなのだと思います。

 テレビCMなど大きな仕事も増え、私の人生は、傍目(はため)には順風満帆に見えていたと思います。でも30歳を過ぎた頃から、どこかスッキリしない思いを抱えるようになっていきました。

取材・文/松田亜子 イラスト/すぎやましょうこ

日経WOMAN2018年6月号の記事を再構成]
働く女性に支持され続けている『日経ウーマン』で、27年も続く連載「妹たちへ」。キャリアに迷い、人生これでいいのかと悩む女性たちから圧倒的な支持を得てきました。その名物連載が15年ぶりに単行本として登場。雑誌掲載当時の語りを1冊にまとめた、20人の“姉”からのエール集です。

日経WOMAN編集部編/日経BP/1980円(税込み)