部下に言い続けてきたのは、「君らが悩んでることは、絶対に誰かが同じように前に悩んでる。成功した人のまねをしろ。失敗した人のまねをするな。それを疑似体験できるのが読書」と語る、SMBC日興証券元会長の清水喜彦さん。バブル崩壊以降の激動期、いわゆる「乱世」において銀行の要職を務め、数々の危機対応にあたってきた清水さんの考えるリーダーシップの根底とは。『孫子』を愛読書にあげる各界のリーダーにその活用法を聞く「ビジネス書として読む『孫子』」第8回後編。
修羅場の銀行経営――3つの危機対応
守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 清水さんはバブル崩壊以降の激動期、いわゆる「乱世」において住友銀行(現・三井住友銀行)の要職を務められました。特に印象に残っている危機対応について教えていただけますか。
清水喜彦・SMBC日興証券元会長(以下、清水) 私の銀行員人生で最大のターニングポイントは3つあります。「スワップ問題の処理」「リーマン・ショックへの対応」、そして「オリンパス事件の処理」です。
1つ目のスワップ問題の処理というのは、かつて銀行が左前になって苦しかった時に、当局から支援をもらって、それを返さなければいけなかったため、新しい手数料収入獲得に注力した時のことです。その1つがスワップと呼ばれる将来のリスクをヘッジするための手法でした。お客さんもそれでもうかった時があったので、銀行も顧客も過熱してしまい「博打(ばくち)」のような取引が横行してしまったのです。
私は当時から顧客に「半分以上のヘッジをしたらそれは博打です。半分まではヘッジ。悪いけどそれ以上やるのは博打なので、大損を覚悟してください」と言い続けてきましたが、業界全体では行き過ぎて社会問題になりました。
当時、私は統括部長になったばかりでしたが、当時副頭取だった中野健二郎さんから「私が責任を持って裁くから助けてくれ」と言われ、処理の陣頭指揮を執りました。
私が考えるトラブル処理の鉄則はこうです。
「まず、トラブルを最小限で食い止める」
「次に、止まってしまった流れを動かすためのバイパスを作る」
「同じことが起こらないように対策を考える」
「誰の責任か、犯人探しをするのは、最後でいい」
多くの組織は、トラブルが起きると先に「誰の責任だ」と犯人探しを始めますが、これは愚の骨頂です。まずは止血し、血を巡らす(業務を回す)。責任追及はその後です。このスワップ処理で、その原則を徹底しました。
2つ目はリーマン・ショックです。リーマン・ショックというのは、たとえると「盆ござ(丁半博打でつぼを振る場所に敷くござ)の周りに、金を持った連中はいるけど、つぼを振っている奴が信用できなくなったから、金を張らなくなってみなで抱え込んだだけ」なんです。本源的な経済の流れとは違う話なんです。
それでどうしたかというと、私は当時、常務で統括部長になっていたので、頭取に直訴しました。「権限を私にくれ」と。頭取は国際部門・企画部門の育ち、2人の副頭取は人事部経験が主体の管理部門育ち、前線を一番長くやってきたのは私。私が顧客の状況を一番知っていると思うから、「いまお金を貸す順番は、私に決めさせてほしい」と。
それで、マーケット担当の常務に、「今日はいくら調達できる?」と聞き、一方で部下たちからは、今日いくら返済があって、いくら繰り越しがあって、いくら新規で貸金が欲しいかの表を提出してもらいました。私は机の上に積まれた資料に、紫の色鉛筆で「やれ」「ダメ」と、指示を記していくのが朝の日課でした。
他のメガバンクでは、それを誰も決められなかったり、1週間に1度の頭取決裁だったりしました。その結果、メガバンクで3番手だったSMBC(三井住友銀行)が2番手になることができたのです。
3つ目はオリンパスの粉飾決算です。20年以上も粉飾し続けて巨額の含み損に膨らんだ損失隠し(飛ばし)が明るみに出た事件です。オリンパスの社長、副社長、CFO(最高財務責任者)が三井住友銀行に説明に来て、「実は粉飾してました」と白状したのです。頭取が「清水、お前から何か聞くことはないのか」と言うので、「社長、腹据えて答えてくれ」と言ってした質問が以下の3点です。
1つ目。「もうこれ以上嘘がないか」
2つ目。「あなたまさか、自分のポケットに入れてないか」
3つ目。「反社会的勢力に流してないか」
すると、社長が顔を真っ赤にして言ったんですよ。「清水、もうこれ以上嘘はない!」「自分のポケットには入れてない、入れていたら私はここへ来ない」「反社会勢力へ流すのだけは私が止めている」と。ここで私が判断しなければならなかったのは、オリンパスという会社を潰すか、生かすかです。
私は個人的に工場の現場まで足を運び、彼らの内視鏡技術を見せてもらいました。内視鏡の先端にあるカメラ、それを操作するワイヤの技術。これは会津の工場で、地元の女性たちの神業的な手先によって支えられていました。「これは世界に誇れる日本の技術だ。絶対に潰してはならない」と確信しました。
結果として、経営陣には退陣してもらいましたが、会社自体は存続させ、後にソニーとの提携などを経て見事に再生しました。あの時、我々が引いていたら、今のオリンパスはなかったかもしれません。
リーダーシップの本質、「常勝軍団」を作るには
守屋 清水さんのリーダーシップの根底には、常に「現場」と「人」があるように感じます。
清水 私は部下に対し、上司としての役割は3つしかないと言ってきました。
- 1.お前が決めろ
- 2.お前が責任を取れ
- 3.お前が部下を育てろ
数字(業績)なんてものは、これをやっていれば後からついてくるものです。
部下が一番嫌う上司は、自分に興味を持ってくれない上司です。怒られようが、厳しくされようが、「自分のことを見てくれている」「成長させようとしてくれている」と感じれば、部下はついてきます。
私の母は、私が「仕事で上司に怒られた」と言った時、「お前は見どころがあるから怒られたんだ。普通の奴は相手にされない」と言いました(笑)。当時は「なんて親だ」と思いましたが、真理かもしれません。
また、組織論で言えば「1:6:3」の法則があります。1割の優秀な人材、6割の普通の人材、3割のどうしようもない人材。組織を強くするには、この構成を「3:6:1」に変える努力をすることです。下の1割をゼロにする努力は無駄ですが、上を3割にすることはできます。
10人の組織でいえば、上が3人いれば、1人が異動で抜けても、2人残るので競い合う。そうすると、次の6人から1人上がってきます。これができれば「常勝軍団」が作れます。
読書の重要な機能は「疑似体験」
守屋 『孫子』以外で、清水さんの座右の書を教えてください。
清水 『 松下幸之助 経営語録 』(松下幸之助著/PHP文庫)ですね。松下さんって、言葉がものすごく平易なんですよ。きっと松下さんの性格なんでしょうけど、大上段に振りかざしていない。だから入門書としてもいいし、僕らのレベルで読んでもいい。哲学者が読んでもいいし、何か得るものがあるんじゃないかと思います。
部下や、息子、娘にも「読書をするんだったら本を3冊並行して読め」と言ってきました。理由としては、上に行けば行くほど即時決断しなければいけないわけですが、この訓練ってなかなかできないんです。最初は3冊も同時に読んでいると、話がごっちゃになってしまう。でも、そのうち違いが整理できるようになる。それが決断力を磨くことになると思っています。
読書自体、私は3つの機能があると子供たちにも教えてきました。
1つ目は知識の吸収。
2つ目は疑似体験。
3つ目はストレス発散。
漫画も読みますよ、大好きです。
守屋 ちなみに、お好きな漫画は何でしょう?
清水 歴史物が多いんです。『 ヴィンランド・サガ 』(幸村誠著/講談社)とか、宮下英樹さんがいま執筆されている『 神聖ローマ帝国 三十年戦争 』(ワン・パブリッシング)、あれはよく調べてますね。
一方で、エドガー・ライス・バローズやE・E・スミスなどのSFも読みましたし、アイザック・アシモフや半村良さんも大好きでした。田中芳樹さんの『 銀河英雄伝説 』(リンクは創元SF文庫の第1巻)だって本棚に本も漫画もビデオも全部並んでます。
こういうのはストレス発散ですが、知識の吸収という意味では、やはり疑似体験ですね。私は部下にこう言ってきました。「君らが悩んでることは、絶対に誰かが同じように前に悩んでる。成功した人もいれば失敗した人もいる。成功した人のまねをしろ。失敗した人のまねをするな。それを疑似体験で、読書でやれば傷つかずにすむ」。だから歴史書や『孫子』を、財界人や軍人たちが必読書にしてるんだと思うんですよ。
守屋 ありがとうございました。
写真/鈴木愛子
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守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)



