『最高の戦略教科書 孫子』の著者で中国古典研究家の守屋淳さんが、『孫子』を愛読書にあげる各界のリーダーにその活用法を聞く対談「ビジネス書として読む『孫子』」。第9回は、これまで公的年金・投資信託など2000億円超のファンド運用を担当してきた楽天証券経済研究所チーフ・ストラテジストの窪田真之さん。株式投資には孫子の兵法の考えが非常に役立つという。その意味とは?

窪田真之さん(写真右)と守屋淳さん
窪田真之さん(写真右)と守屋淳さん
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右脳と左脳がうまく働いている

守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) まず、窪田さんのこれまでの経歴について教えてください。

窪田真之・楽天証券経済研究所チーフ・ストラテジスト(以下、窪田) 大学は慶應義塾大学で、当時は将来、歴史推理小説家になりたいと思っていました。小学5年生の頃から推理小説を書いていて、書いたものは全部取ってあるんです。でも、時代の波もあって銀行(住友銀行)に入りました。調査部で勉強ができればと思っていたら、銀行に投資顧問業務が開放されて。そこから日本株のファンドマネージャー兼アナリストを25年やりました。その後、楽天証券経済研究所のチーフ・ストラテジストになって12年になります。

守屋 最初から株の世界を目指していたわけではなく、成り行きで関わった感じだったんですね。

窪田 本当に成り行きですね。大学時代は「歴史の先生にでもなって、教えながら小説を書きたい」なんて言っていたら、親に「そんなんじゃ食っていけねえぞ」と言われて(笑)。それで銀行に入って、お金を通じていろいろな勉強ができればなと。当時は1980年代ですから、配属先について従業員の希望なんて聞いてもらえない時代です。ある日突然辞令が出て、投資顧問会社でファンドマネージャーをやれ、と言われました。

 投資顧問ではアナリスト兼務で、最初は半導体業界を担当しました。私は書くことが好きだったので、年間100社くらい取材してはリポートを書きまくって運用していました。ただ、最初に運用していたのが年金と法人のお金だったので、当初は私が書くリポートが表に出ることはありませんでした。私の書くものが広く読まれるようになったのは1999年になって投資信託の運用を担当してからです。投資信託を運用しながら、「黒潮週報」というタイトルで書きまくったリポートが幅広く読まれるようになり、そこから雑誌や新聞に寄稿することが増えました。

田真之(くぼた・まさゆき)
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窪田真之(くぼた・まさゆき)
楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト
日本株アナリスト兼ファンドマネージャー歴25年。年間100社を超える企業調査を実施し、公的年金・投資信託など2000億円超のファンド運用を担当してきた。2014年より現職。企業会計基準委員会の専門委員、内閣府「女性が輝く先進企業表彰」選考委員などを歴任。著書に『株トレ』(ダイヤモンド社)、『NISAで利回り5%を稼ぐ 高配当投資術』(日本経済新聞出版)など。

守屋 ずっと歴史が好きだったというお話ですが、趣味としても歴史の本は読まれていたのですか。

窪田 はい、趣味で歴史の本をいっぱい読んでいました。最近の歴史研究は「歴史をモデルとしたドラマ」という方向になっていて、非常に面白いですよね。この歳になって今さら歴史推理小説なんて書けるわけないと思いながら会計や株の本を書いていますが、機会があれば書きたいなといつも思っています。「この小説、僕だったらこう書くのに」なんて思いながら(笑)。歴史オタクの株好きという変なやつなんです。

 その後、日本経済新聞出版から『右脳でわかる!株式投資力トレーニング』という本を出したら、これが非常によく売れました。その頃から「右脳・左脳」という心理学にも興味を持ち始めました。勝っているファンドマネージャーを見ると、右脳と左脳がうまく働いていることに気づいたんです。そこで、自分自身を見つめ直すと、どう考えても「左脳型」人間なんですよ。

守屋 左脳型というのは、具体的にどういうことなのですか。

窪田 左脳型とは言語や論理に強いということです。でも、右脳は必ずしも強くないと思います。画像を見るだけで直感や第六感がすごく働くとは思えません。証拠はいっぱいあります。そこで自分の弱点を補うために始めたのが、株価チャートを徹底的に見まくることでした。昔は毎週土曜日に最新の「週刊チャート・ブック」(投資レーダー)が出ていたので、私は毎週購入して、土日に東証全銘柄のチャートを見て、「○」「×」「△」を付けていました。「買いシグナル」「売りシグナル」「どっちか分からない」を仕分けするんです。ほとんどすべて△になりますが、いくつか○や×が見つかります。それを最後に一覧にすると、今、株式市場でどんなことが起こっているか、左脳型人間にもはっきり分かるんです。

 「○」と言っているのは、だいたい7割くらいの確率で上がるものです。それを踏まえた上で、アナリストとして月曜から金曜まで企業取材をしていました。すると、「みんな半導体がいいと言っているけど、チャートを見ると崩れてきているじゃないか」みたいなことに気づくわけです。

 半導体株は、だいたい半導体ブームの一番良いときに崩れ始め、変だなあと思っていると、その1年後にはきっちり半導体不況がやってきます。ところが、半導体不況になると今度は株が上がり始めて、また変だなあと思っていると1年後に再び半導体ブームがやってきます。半導体の専門家にも分からないことを、株価チャートが先取りしているのです。なんでそうなるんだと。

 いつもいいタイミングで半導体株を売っているファンドマネージャーになんで売ったのか聞くと、「いや、飽きちゃったから」とか「なんとなく」なんて言う。それって、多くの人が右脳で感じている、あるいは肌で感じているということ。その群衆の右脳がチャートに現れているんです。それを左脳型人間がしっかり分析すればいい。

景気を予測して投資しようとしてはダメ

守屋 他の方は、窪田さんのように取材をしているわけではないんですね。

窪田 通常、アナリストとファンドマネージャーは分業されています。でも私が入った住銀バンカース投資顧問(現・三井住友DSアセットマネジメント)は兼務するスタイルでした。私が企業のリポートを書いていると、だんだん長い企業の「物語」のようになってきます。ファンドマネージャーとして長々とリポートを書くやつは珍しかったのですが、私にとってはそれがすごくやりたいことだったんです。

守屋 株の売買には綿密な情報収集が必要だと思っていましたが、意外とそうでもない面があるのでしょうか。

窪田 はい、アナリストとして優秀だと、運用がうまくなるわけではありません。よく株は「美人投票」だと言われます。どんな人を美人と思うか、人によって判断基準はばらばらです。株式投資も一緒です。その時々で、選ばれる基準が変わります。アナリストが良いと思う株が上がるわけではなく、多くの人が美人だと思う株が上がるんです。時代や国によって美人の基準は変わります。平安時代なら太っている女性が魅力的とみなされていました。株式投資も、その時々で選ばれる基準がくるくる変わります。

 だから、ファンダメンタルズ(基礎的条件)や理論価格から見て「安いから買い」と思っても、さらに下がることもある。その逆もある。短期的には需給で動きますが、そこにテーマも関わってきます。

 戦闘では、同じ人数で戦っても、こちらには大義名分があり、あちらにはない。そうなると大義名分があるほうが勝つ可能性が高い。今の株式市場で言えば、それがテーマです。「AI(人工知能)が世界を変える」と言えば、AI関連株のバリュエーションが理論的に高すぎても、大義名分があるほうが勝つ。

守屋 『孫子』の「五事」(戦争の5つの基本条件)の最初に「道(理念や大義)」とありますが、まさしくそれですね。

「『孫子』の『五事』の最初に『道(理念や大義)』とありますが、まさしくそれですね」と語る守屋さん
「『孫子』の『五事』の最初に『道(理念や大義)』とありますが、まさしくそれですね」と語る守屋さん
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窪田 「兵の形は水に象(かたど)る(戦闘態勢は水の流れのようでなくてはならない)」という言葉が『孫子』にありますが、景気を予測して、それを当てて投資しようとしてはダメなんです。景気が悪くなれば株は下がるし、良くなれば上がる。長期的にはいろいろありますが、悪くなるなら2~3割下がるし、良くなるなら4割上がる。だから景気については考えなきゃいけない。でも、景気予測を当て続ける人なんて一人もいないんです。ではどうすればよいか。水のように流れについていくことが大切です。

 私はアクティブファンド(銘柄をファンドマネージャーが選別するファンド)を運用していましたが、今はどんどんインデックスファンド(特定の指数に連動するファンド)になっています。アクティブは手数料が高いのに、半分以上がインデックスに負けているから。私は最後までアクティブでしたが、負けたら存在価値がない。自分のポートフォリオが、インデックスに対して今日何ベーシス(1べーシスは0.01%)負けているか、勝っているかが毎日計算されて出てくる。勝ち続けていれば今の考えが正しい。でもあるとき、ドカンと100ベーシス負ける。「なんだろう」と。2~3日負け続けると、原因を調べる。「あ、この銘柄が暴落している」と。

 そうなったら、まず「応急処置」をします。負けている銘柄をとりあえず減らし、勝ち始めているものを少し増やす。負けをずっと放っておいてはダメなんです。負けないように合わせる。それが景気敏感株を売ってディフェンシブ株を買うことだったりする。負けないように合わせることで、結果的に景気が悪くなる1年以上前から半導体関連を外していたり、ポートフォリオの調整が終わっていたりするんです。

守屋 それがまさに「水に象る」ですね。状況に応じて態勢を柔軟に変えていく、という。

窪田 昔、ファンドマネージャーをやっていたときに、ストラテジストやエコノミストが「いよいよバブルが崩壊します」とか「何月頃から景気が回復します」みたいに言うのを、私は「よく言うよ」と思いながら聞いていました(笑)。私のリポートでは「景気は分からないけれど、メインシナリオはこうだ」という書き方しかしません。状況に応じていかに細かく微調整を繰り返していくかが大切です。

 短期的には株価も為替も「フェアバリュー(正しい値)」にいることは珍しい。だいたいプラスマイナス20%くらいズレているのが普通です。だから「これが理論的に正しい」と言って、割高だから売ろうとしても、どんどん上がってしまうことがあるし、割安だから買おうとしても、どんどん下がることもある。そこはちゃんとマーケットを見なきゃいけない。

守屋 友人のファンドマネージャーが「立派な仮説を立てられる人はダメだ」と言っていました。仮説に殉じて負けてしまうから、と。

窪田 その通りです。「自己否定」できない人はダメですね。たくさん間違えて、しょっちゅう自己否定をしながら、一番大事なところでは間違えないようにする。それが、勝つファンドマネージャーです。だから「何勝何敗」というのは意味がない。間違ったものはすぐに売らなきゃいけないから「損切り」はたくさんやったほうがいい。小さな損切りを10回して、1銘柄でドカンと当ててそれで勝つ、という勝ち方がすごくいい。

守屋 普通は株を買うと愛着が出てしまいますが、どうやって愛着や執着を捨てればいいのでしょうか。

窪田 「この株が好き」とか「嫌い」という人はだいたいうまくいかない。すでに偏見が入っていますから。『孫子』の言葉で言えば、「兵を用うるの法、十なれば、則ちこれを囲み、五なれば、則ちこれを攻め、倍すれば、則ちこれを分かち、敵すれば、則ちよくこれと戦い、少なければ、則ちよくこれを逃れ、若(し)かざれば、則ちこれを避く(戦争の仕方は、次の原則に基づく。10倍の兵力なら、包囲する。5倍の兵力なら、攻撃する。2倍の兵力なら、分断する。互角の兵力なら、勇戦する。劣勢の兵力なら、退却する)」というのがあります。これ、小学生でも分かりそうじゃないですか。向こうから10人やってきたら逃げるし、自分たちが10人いればどんどん攻める。でも、戦場や株の売買という局面において、これができない人があまりにも多い。

「『この株が好き』とか『嫌い』という人はだいたいうまくいかない。すでに偏見が入っていますから」と語る窪田さん
「『この株が好き』とか『嫌い』という人はだいたいうまくいかない。すでに偏見が入っていますから」と語る窪田さん
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守屋 それはなぜですか。

窪田 個人投資家は利益確定なら売るけれど、含み損になったら売らない人がすごく多いんです。売らなければ損が確定しないと思っちゃう。いつか戻るだろうと。でもそれは現実を見ていない。

守屋 『孫子』の教えが、実際の戦場では、いかに心理的にやりにくいことであるのかがよく分かる話ですね。当たり前に見えても、いざ自分が戦場に行くと全然当たり前ではなくなってしまうんですね。

何が合理的かを考えるのが大事

窪田 多くの人が合理的ではない。何が合理的かを考えるのが大事です。私がしっちゃかめっちゃかになったときは、ベンチマーク通り(負けないポジション)に入ります。機関投資家の場合はベンチマークがあるから、分からなくなったらベンチマーク通りにしちゃえばいい。「勝たないけれど負けない」という状態にする。でも、個人投資家でこれを決めている人はまずいないでしょう。

守屋 『孫子』には「善く戦う者は、不敗の地に立ち、しかして敵の敗を失わざるなり(戦上手は、自軍を絶対不敗の態勢に置き、しかも敵の隙は逃さず捉えるのだ)」という言葉がありますが、何が不敗かを決めておき、そこでいったん態勢を立て直すという感じなんですね。

窪田 デフレの時代はキャッシュが中立でしたが、今はインフレの時代。中立=キャッシュではないんです。「株を持っていなきゃいけないけれど、もうダメだと売ったらそこから暴騰した」なんてことにならないように、ニュートラルポジションを持っておく。ぐちゃぐちゃになっても不敗が守れるようなラインを自分で決めておく。

 インフレの時代は株と長期国債を一緒に持つ、というようなことも考えられます。株がいいときは、金利が上がって国債は下がる。逆に株が下がるときは国債は上がる。日本の公的年金(年金積立金管理運用独立行政法人[GPIF])も、日本株25%、外国株25%、日本債券25%、外国債券25%という基本ポートフォリオで、インデックスファンドで運用して何百兆円も稼いでいます。

守屋 私の師匠の一人で内閣情報調査室長をやっていた方がいるのですが、危機管理においては「入ってくる情報の6割が間違っていることもある」と。だからまずは「赤点(40点)以下の判断をしないこと」が求められる。しかし、その後に新たな情報が入ってきたら、二の矢、三の矢を放てるかどうかが重要だと。今のお話とすごく通じるなと感じました。

窪田 国全体が関わっていると大変ですよね。「敵が多かったら逃げればいい」という簡単な問題ではないですから。でも、株でそれをやると絶対に負けます。経営もそうですね。

(後編に続く)

写真/尾関祐治

孫子本ブームの火付け役となった“赤本”

読者が自らのビジネスや生き方に実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。

守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)