「株価チャートを見るのは、山の上から軍勢が戦っているのを見ているようなもの」と語る、楽天証券経済研究所チーフ・ストラテジストの窪田真之さん。座右の銘は「風林火山」、中でも「風」「火」ではなく、「林」「山」により重要な意味があるという。窪田さんの『孫子』に学ぶ投資の極意とは? 『孫子』を愛読書にあげる各界のリーダーにその活用法を聞く「ビジネス書として読む『孫子』」第9回後編。

窪田真之さん(写真右)と守屋淳さん
窪田真之さん(写真右)と守屋淳さん
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本音で判断できる人が最終的には勝つ

守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 窪田さんが最初に『孫子』を読まれたのはいつ頃ですか。

窪田真之・楽天証券経済研究所チーフ・ストラテジスト(以下、窪田) 今から20年くらい前でしょうか。歴史が大好きだったので、歴史書をかたっぱしから読んでいたんですけど、その中によく『孫子』の言葉が出てくるので気になり始めました。そのうち、しっかり勉強しようと思って、『孫子』そのものを勉強するようになりました。

守屋 最初に読まれたときの印象はどうでしたか。

窪田 当時ファンドマネージャーをやっていたんですけど、『孫子』って株式投資にすごく使えるな、と驚きました。世の中、建前と本音がありますが、ファンドマネージャーって建前で動く人はすぐに負けていなくなります。本質を見極めて本音で動ける人しか、投資では勝てないんです。それが『孫子』にしっかり書かれているな、と思いました。

 1つ、例をあげましょう。名経営者と言われている人がいて、素晴らしいと世間でほめられまくっているとします。ところが、その会社の株価を見ると、なだれを打つように崩れてきている。「なんかおかしいんじゃないか」と思って調べると、変な話がいっぱいある。でも、その経営者が歴史に残る名経営者だと言われていたりすると、ほとんどの人はそこで思考停止してしまう。思考停止している人、忖度(そんたく)してしまう人は、ファンドマネージャーはできません。ファンドマネージャーは社内でも変な人種ですよ(笑)。

窪田真之(くぼた・まさゆき)
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窪田真之(くぼた・まさゆき)
楽天証券経済研究所 チーフ・ストラテジスト
日本株アナリスト兼ファンドマネージャー歴25年。年間100社を超える企業調査を実施し、公的年金・投資信託など2000億円超のファンド運用を担当してきた。2014年より現職。企業会計基準委員会の専門委員、内閣府「女性が輝く先進企業表彰」選考委員などを歴任。著書に『株トレ』(ダイヤモンド社)、『NISAで利回り5%を稼ぐ 高配当投資術』(日本経済新聞出版)など。

守屋 どういうふうに変なんですか。

窪田 会議をするときも、自分たちが戦いに勝つための会議をしている。すごい立派な経営者の会社を、「これカスだよ、売っちゃったほうがいいよ」なんて本音で議論する。それができなくなっている人が多いんです。本音で、世間の空気に流されずに、いろいろ判断できる人が最終的には勝っていきます。

 また、自分が間違えたと思ったときに、即座に自己否定して判断を変えられるのも、稼ぐファンドマネージャーには必須です。そのときは、「俺ってカスだなぁ。大失敗、売るしかない」となります。織田信長が朝倉を攻めて、もうちょっとで滅ぼすというときに浅井が裏切った。あのときに、信長が全部投げ捨てて逃げ帰る判断がすぐできたのは立派ですね。まさに孫子の兵法ですね。

「何を売るか」じゃなくて「何を残すか」

守屋 『孫子』は、本音ベースで重要なことを述べているということなんですね。確かに、「こうあるべきだ」という理念的な話の多い『論語』とは違いますね。

窪田 『孫子』は、論理だけでなく、人間心理までしっかり観察していると思います。ファンドマネージャーで言うと、稼いでる人って、いつもゲラゲラ笑って楽しそうにやってます。不真面目なのではなく、ストレスなく能力を発揮できているのです。本当に稼いでる人は、株が下がっていても「よっしゃ暴落!」とか言って元気です。自分が運用しているファンドの基準価格は下がるんですけど、この下げをうまくかわしたら、次の上げでまた稼げると心の中で計算しているわけです。一方、下げ相場で元気がなくなるファンドマネージャーはダメです。こんなとき、「お客様の命の次に大事なお金を預かっている」とかいう責任感の強い人は、大底で売って、次の上げを取り損ないます。

 ファンドマネージャーで失敗する人に、とっても残念なタイプがいます。アナリストとしては超優秀なのに、実際に株の売買をすると全然ダメというタイプです。「ファンダメンタルズ(基礎的条件)はよく知ってるのに負けてばかりいる人」、そういう人には、『孫子』を学んでから株を売買することを教えたいと思います。たぶん劇的にパフォーマンスが改善するはずですよ。

 例えば、前回 「楽天証券経済研究所チーフ・ストラテジスト・窪田真之 『孫子』に学ぶ株式投資術」 でご紹介した「兵の形は水に象(かたど)る(戦闘態勢は水の流れのようでなくてはならない)」で言えば、「何を売るか」じゃなくて、「何を残すか」が重要です。相場の流れに合わなくなっている銘柄を売って、相場の流れに合っている銘柄を残せばいいのですよ。ところが、個人投資家や腕の良くないファンドマネージャーはその逆をやる人が多い。

 上がったものを売って下がったものを残すっていうのは、「いいものを売って悪いものを残す」ことでしょう。それやっちゃうとダメ。日経平均株価が上がっているのに、自分の持ってる株だけは全然上がらないっていう人にありがちです。そういう人は、決して銘柄選択が悪いわけではないんです。だいたい、いいものも買ってるし、ダメなものも買っちゃってる。そして、いいものは上がったら売っちゃってるし、ダメなものは下がったらずっと持ってるから、気がついたら持っているのはダメなものばかりになる。

守屋 前回おっしゃった「負けを確定させたくない」という心理が働いてしまうんですね。

窪田 そうです。売らない限りは負けてないぞ、みたいな。でも、それは現実を見てない。

守屋 現実を見るのって辛いですよね。

窪田 現実を見るのが辛いなと思ったら、もう辛い株を売ればいいんですよ。辛い株を持っているから辛いんで。それで、インデックスファンド(特定の指数に連動するファンド)にして、ノーマルポジションにして、どこかに遊びに行けばいい。それでも辛いっていうのなら、もうインデックスファンドの積み立て投資だけにして、『孫子』の言う「不敗の地」に行けばいいんです。

山の上から戦いを見ているようなもの

守屋 『孫子』の言葉で、お好きなものはありますか。

窪田 『孫子』の言葉では、「彼を知り己を知れば百戦して殆(あや)うからず(敵を知り、己を知るならば、絶対に敗れる気づかいはない)」も重要ですが一番好きなものと言われたら「風林火山」をあげます。

守屋 武田信玄が旗印にした「その疾(はや)きこと風の如く、その徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し。知りがたきこと陰の如く、動くこと雷霆(らいてい)の如し(疾風のように行動するかと思えば、林のように静まりかえる。燃えさかる火のように襲撃するかと思えば、山のごとく微動だにしない。暗闇に身をひそめたかと思えば、万雷のようにとどろきわたる)」という言葉ですね。

窪田 「風林火山」の何が重要かって、「林」と「山」なんです。風や火の勢いで突撃するのはチャンスと見ればできる人が多い。でも、チャンスかもしれないけれど、ここではまだ動いちゃいけないというときに、林のように静かにし、山のように動かない。これができないんです。

 株価チャートを見るのは、山の上から軍勢が戦っているのを見ているようなもの。どちらが勝つか分かれば、勝つほうに味方する。でも、戦いが完全に終わってから参戦しても遅い。際どいところでどっちかに味方する。味方したほうが負けたら、自分がやられちゃいますから。

 体格が同じ100人と100人がぶつかる。でも、戦場が「坂」になっていれば、高いほうにいる側が勝つだろうと思われる。そこで坂の上にいるほうが勝つことに賭ける。チャートを読むとはそういうことです。

 でも、ファンダメンタルズも見なきゃいけない。こっちの国は経営がうまくいって領民が潤っているけれど、こっちは領主を恨んでいるなら、経営がうまくいっているほうが勝ちやすい。あと、大義名分も大切。誰もが共感する積年の恨みを晴らす、という大義名分があれば勝ちやすくなる。そういうことを全部考えて、「彼を知り己を知れば」、勝つ確率を高められます。

守屋 「彼を知る」も難しいですが、「己を知る」というのは本当に難しいですね。

「『彼を知る』も難しいですが、『己を知る』というのは本当に難しいですね」と語る守屋さん
「『彼を知る』も難しいですが、『己を知る』というのは本当に難しいですね」と語る守屋さん
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常に「売っている人」のことを考える

窪田 己を知るのは大事ですね。25年もファンドマネージャーをやっていると、自分が「間違えそうだな」というパターンが分かるんです。『孫子』には、「将に五危あり。必死は殺さるべきなり。必生は虜(とりこ)にさるべきなり。忿速(ふんそく)は侮らるべきなり。廉潔は辱(はずか)しめらるべきなり。愛民は煩(わずら)わさるべきなり(将帥には、陥りやすい5つの危険がある。いたずらに必死になれば、討死にとげるのがおちだ。助かろうとあがけば、捕虜になるのがおちだ。短気で怒りっぽければ、敵の術中にはまってしまう。清廉潔白では、敵の挑発にのってしまう。民衆への思いやりを持ちすぎると、神経が参ってしまう)」という「五危」の教えがあります。自分が、この5つのどれかにはまってきたなと思ったら、「不敗の地」に行って動かないようにします。

 機関投資家は管理者がいてルールがありますが、個人投資家には管理者がいない。自分が管理者で自分が戦わなきゃいけない。野球で言えば、ピッチャーが「まだいける」と言っても監督が交代させるようなもの。自分を客観的に見る「もう一人の自分」を山の上に置いておく。

 自分が買おうとするとき、私は常に「売っている人」のことを考えます。誰が、どういう理由で売っているんだろう。売っている人は何を考えているんだろう。でも私はこういう理由で買いだと思っているから買う。その買っている自分を、冷徹に見ている自分がいる。「あ、自分は今、冷静だな」「ワクワクしているな」と。

守屋 「もう1人の自分が自分を見ている」という感覚。これは、いろんな分野で活躍されている方に共通している感覚なんです。大企業の幹部研修でも、この感覚があるか聞くと20~30人に1人くらいしか手が挙がらない。本当にすごい判断ができる人とそうでない人の差は、そこにあるのかもしれません。

 最後に、『孫子』以外で座右の書があれば教えてください。

窪田 1冊というのは難しいですが、歴史の本ばかり読んでいまして、一番好きで何度も読み返すのは『 坂の上の雲 』(司馬遼太郎著/文春文庫。リンクは新装版)ですね。日露戦争の、前線におけるきちんとした見通しを持って203高地を占領するとか。あ、これは諸説あって「嘘だ」とか「事実と違う」と言う人もいますが、あくまで小説として。

 秋山好古と秋山真之の兄弟は合理的で、『孫子』を学んでいて、特に秋山真之の海戦のやり方というのは本当に「彼を知り己を知る」ですね。敵の長所を知って、短所を知った上で、「こちらの短所はこれだから、見せない。長所はこれだから、こちらで攻める」というような、徹底的な分析と対応をして、被害を少なくして、最大の効果を上げています。

 先ほど「将に五危あり。必死は殺さるべきなり。必生は虜にさるべきなり」と言いましたが、この前提となる「勇」とか「智」ってどれも立派な人が持っている資質じゃないですか。でも、逆に将としてはそれが危険だということが、『坂の上の雲』でうまくいかなかった将軍の話を読むとよく分かります。

 あとは『 国盗り物語 』(司馬遼太郎著/新潮文庫)とか、戦国時代は面白いですよね。

守屋 司馬遼太郎さんの文章は天才的ですよね。エンターテインメントとしては最高です。

窪田 司馬さんの描く歴史像は、最近では史実と違うことも多いと分かってきていますが、物語の作り方はすごいです。桶狭間で今川義元が宴会をしているうちに攻められた、なんていうのも史実ではないらしいですが。私は銀行員時代に名古屋にいたことがあって、桶狭間病院というのを見て、「どこに谷があったんですか?」と地元の人に聞いたら、「再開発で削ってなくなったんじゃないですか」なんて言われて(笑)。地元の人も分かっていない。でも現地に行ってみると、織田信長がここを通って行ったんだろうな、というようなことが想像できて、それを確認しにいくのが楽しいですね。

守屋 本日はありがとうございました。

写真/尾関祐治

孫子本ブームの火付け役となった“赤本”

読者が自らのビジネスや生き方に実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。

守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)