『最高の戦略教科書 孫子』の著者で中国古典研究家の守屋淳さんが、『孫子』を愛読書にあげる各界のリーダーにその活用法を聞く対談「ビジネス書として読む『孫子』」。第10回は、社長就任後、売上高を約500億円増加して、就任時の1.75倍以上に成長させた三谷産業の三谷忠照社長。三谷さんが採用したのは中国古典の専門家であるAI(人工知能)社外取締役の候補者「北斗泰山(ほくとたいざん)」。その真意とは?

三谷忠照さん(写真右)と守屋淳さん
三谷忠照さん(写真右)と守屋淳さん
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就任時から売上高は約500億円増加

守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) まず、三谷産業がどのような事業を手掛けているのか、教えてください。

三谷忠照・三谷産業社長(以下、三谷) もともとは石炭の卸売業から始まりました。元売りさんから石炭を買い付けて、工場や銭湯、あるいはラーメン屋さんやおそば屋さんのようなお店にトラックで運ぶ、ラストワンマイルの供給者だったんです。

 しかし、第2次世界大戦中、石炭が統制物資となり、県境をまたげなくなりました。富山県にいた大口のお客様から「売り物がなくなったんだろう。うちの化学品を売ってみないか」と声をかけていただき、化学品の卸売業を始めることになりました。それがきっかけとなり、1950年代には多角化を進めていくことになります。

 その後、90年代にはメーカー機能も獲得し、ベトナムにも進出しました。現在は6つの事業セグメントがあり、私が社長に就任してからは、それぞれの技術領域を重ね合わせたりつなげたりすることで、新しいイノベーションを起こすことを社是の一つに掲げています。

三谷忠照(みたに・ただてる)
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三谷忠照(みたに・ただてる)
三谷産業 代表取締役社長
1984年、石川県生まれ。2009年、慶應義塾大学経済学部を卒業。同年、アメリカのベンチャーキャピタル、DEFTA Partnersにアナリストとして入社。10年、同社アントレプレナーインレジデンス(社内起業家)として、シリコンバレーで2社の起業経験を有する。17年、三谷産業代表取締役社長に就任。愛読書は『貞観政要(じょうがんせいよう)』と『韓非子(かんぴし)』。

 そのため、「総合商社」と言われることが増えましたが、私たちは自らを「複合商社」と称し、イノベーションを創出できる会社を目指しています。

 2017年に社長に就任してから、業績はきれいに右肩上がりを続け、売上高は約500億円増加して、就任時の1.75倍以上になりました。正直に言って、創業90年を超えるような会社では、こうした伸び方は「普通じゃない」と思います。通常であれば、横ばいで安定するのが一般的ですから。

守屋 何が右肩上がりの一番の原動力になったのでしょうか。

三谷 私としては「KPI(重要業績評価指標)の設計と運用」に尽きると言い切っていますが、客観的な要因としては、「事業分野の重ね合わせ」がうまく機能したことが大きいですね。これには「足し算」と「掛け算」の2つの側面があります。

 「足し算」は、セグメントを超えた顧客紹介です。例えば、化学品のお客様に情報システムの営業が同行する。お互いが持つ100社ずつの顧客リストを共有すれば、単純計算で200社へのアプローチが可能になります。

 そして「掛け算」は、技術の融合によるイノベーションです。例えば、「IT×空調」で生まれた事例があります。金沢にある清水建設さんの新しい社屋は、広大な吹き抜けが特徴の開放的な空間ですが、一方で空調効率に課題があり、清水建設さんにて人にフォーカスした空調制御を検討していました。そこでIT部門と空調部門が協力し、社員のスマートフォンとビーコン(位置情報発信機)を連動させて、人がいる場所だけを狙って効率的に冷暖房を効かせる「空気の塊エリアのデザイン」を実現したんです。こうした取り組みが評価され、空気調和・衛生工学会で学会賞技術賞をいただくことができました。

 こうした「掛け算」によって、仕事の仕方がプロトタイプ(試作)ベースへと根本から変わり、事業が加速しました。こうした成長にM&A(合併・買収)はほとんど寄与しておらず、自社リソースの融合で成し遂げたものです。

守屋 M&Aなしというのは、本当にすごいと思います。三谷社長ご自身は、どのような経歴をたどってきたのでしょうか。

三谷 富山で生まれ、金沢で育ちました。高校は慶應義塾湘南藤沢高等部へ進学し、親元を離れました。大学も慶應義塾大学の経済学部に進みましたが、2回留年してしまったんです。当時、研究活動に夢中になっていました。例えば、KDDIさんから資金をいただいてGPS携帯の新しい使い方を考案したり、共同通信社さんから資金をいただいて新しい電子新聞のデバイスを開発したりと、未来のプロダクトやサービスを作る活動が楽しくて仕方がなかったんです。

 そのせいで就職活動のタイミングを逃してしまったのですが、幸いにもアメリカのベンチャーキャピタルに拾ってもらいました。サンフランシスコに拠点を置き、ジュニアアナリストという肩書で、シリコンバレーの企業が日本へ進出する際のお手伝いなどをしていました。

 そのかたわら、電子新聞などのサービス開発も自分で行っていたのですが、周りの起業家たちを見ていて、うらやましく思うようになりました。そこで、自分でもやってみようと、アメリカで2社ほど会社を立ち上げました。出版業界では少し注目されたのですが、結果的にはどちらも失敗に終わり、日本へ戻ってくることになりました。

 本当は凱旋帰国をしたかったのですが、そうはならなかったので、少し虚勢を張っていた部分もあります。しかし、三谷産業の社員たちが温かく迎えてくれたことで、「逃げて帰ってくるべきではなかった」と反省し、この人たちのために頑張ろうと決意しました。

KPI設計との親和性が非常に高い『韓非子』

守屋 三谷社長は、学生時代から中国古典を読まれていたそうですが、どのようなきっかけで読み始めたのでしょうか。

「三谷社長は、どのようなきっかけで中国古典を読み始めたのでしょうか」と聞く守屋さん
「三谷社長は、どのようなきっかけで中国古典を読み始めたのでしょうか」と聞く守屋さん
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三谷 実は、もともとまったく興味がなかったんです。ただ、ある日父から「たまには遊びに来い」と会長室に呼ばれまして。大学生で遊んでいるように見えたのかもしれませんが、「この本はいいぞ」と紙袋いっぱいの本を渡されたんです。その中には、父が好きなドラッカーの本もありましたが、それ以上に中国古典がたくさん入っていました。父なりに、私に帝王学を学ばせようという思いがあったのだと思います。最初はわけも分からず読み始めましたが、次第にその雰囲気に引かれていきました。

 中国語の原文に、読み下し文と解説が付いている、あの構成がすごく好きなんです。そうして何冊も読んでいくうちに、自然と血肉になっていったのだと思います。

守屋 中国古典の中で、特に好きなものはありますか。

三谷 圧倒的に『韓非子』ですね。社員に怒られる覚悟で言いますが。

守屋 「部下を信じるな」という、あの話ですね(笑)。

三谷 ええ。出てくるエピソードもすべてがいとおしく、読んでいて本当に楽しいんです。

守屋 実は、中小企業の社長さんの中には、公言はしていないのですが『韓非子』を愛読されている方がたくさんいらっしゃいます。以前、私が『韓非子』の本(『 組織と権力の教科書 韓非子 』[日経ビジネス人文庫])を出した後に、突然「ぜひ会いたい」と連絡をくださったコンサルタントの方がいらっしゃいました。その方も、「中小企業に必要なのは『韓非子』なんだ」と力説されていましたね。

 人間の建前ではなく、本音のドロドロした部分をきちんと描いているところが、魅力なのでしょうか。

三谷 そうですね。会社の経営にたとえると、目標管理やKPI設計との親和性が非常に高いんです。『孫子』は戦略のバイブルとして多くの経営者に読まれていますが、『韓非子』、というか法家の考え方は、目標管理制度などと非常に似ています。我が社の目標管理制度やKPI設計も、『韓非子』から学んだことがかなり生かされていると思います。

なぜAIを社外取締役候補にしたのか

守屋 さて、そんな三谷社長は、AIの社外取締役候補として「北斗泰山」さんを誕生させましたね。

三谷 AIの社外取締役なんて冗談のように聞こえるかもしれませんが、本気です。「バーチャルヒューマン」というコンセプトに出合ったことがきっかけで、ベンチャー企業と協力して開発しました。このシステムには複数のAIが動いています。言語部分は「ChatGPT」、表情や動きなどのモーション部分は別のAI、さらに骨格をつかさどるAIといった具合に組み合わさっています。

三谷産業のAI社外取締役候補「北斗泰山」
三谷産業のAI社外取締役候補「北斗泰山」
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 これをどこで活用すべきか考えた際、西洋にある「デジタルヒューマンが生きる場所」についてのセオリーを参考にしました。それによると、デジタルヒューマンは「感情的なダイナミズムがある場所」や、「利用者が思いもよらない答えを求めているとき」に有効だとされています。例えば、クレーム対応などがその一例です。

 この理論を取締役会に当てはめてみました。当社の取締役会は非常にダイナミックに動きます。常勤取締役は想定問答を完璧に準備して臨みますが、専門家である社外取締役からはまったく想定外の角度から助言が飛んできます。この「やり取りの構図」が、デジタルヒューマンの活用条件に合致すると感じたのです。

守屋 なるほど。その「想定外の視点」をAIに担わせようと考えたのですね。

三谷 そうです。実は、当初は本当に株主総会で信任を得て就任させようと考えたのですが、法律上、役員は「自然人(人間)」でなければならないという規定があり、現在は「候補者」という形に落ち着いています。

守屋 さらに面白いのが、そのAIに『孫子』をはじめとする中国古典の専門家という設定を与えた点です。なぜ中国の古典だったのでしょうか。

三谷 「北斗先生」を見ていただくと分かる通り、彼は「人と機械の境界線」をあいまいにしている存在です。そこに新しい価値があると信じています。同じように、経営の世界においても、「西洋の経営理論」と「東アジアの古典の知恵」の境界線をあいまいにしたかったのです。最新の西洋技術であるAIが、東洋の古代の知恵を語る。そのギャップに面白さを感じました。

 また、『孫子』は非常に古いものですが、ビル・ゲイツ氏なども愛読しているように、現代経営に生かせる要素が極めて大きい。西洋の理論と東洋の思想、その両方をインプットしたAIが、取締役会という場でどのような化学反応を起こすのかを試してみたいと考え、このような設定にしました。

欧米の論理と東アジアの知恵の両立

守屋 三谷社長にとって、欧米的なものと東アジア的なものの違いは、根本的にどこにあるとお感じですか。

三谷 私が感じる大きな違いは、まず「理解のプロセス」にあります。西洋は物事を「分けて分かる(分析する)」ようにします。分類し、細かく切り刻むことで理解しようとする。対して東アジアは、分けることもありますが、最終的にはそれらをギュッと「統合」させていくプロセスを重視するように感じます。

 もう1つは「再現性」への捉え方です。西洋、特にヨーロッパの考え方は、現実に対しても科学的な「再現性」を強く求めます。一方、東アジアは「エピソード(事象)」や「記憶」を重視します。必ずしも再現性があることを前提としていないんですね。

 「この人はこういう場面でこう考えた」という多様なパターンを学び、次に違う状況に置かれたときに、それを「感覚としてふわっと応用する」のが東アジア的。対して、細かく分析して科学的に再現可能にしようとするのがヨーロッパ的、という感覚が私の中にあります。

守屋 それは、アメリカで働かれていた際の実感でもあるのでしょうか。

三谷 そうですね。特に現代の資本主義、アメリカの株主資本主義や金融資本主義の世界では、投資家から極めて強い「再現性」や「蓋然性のある計画」を求められます。でも、日本や東アジアには、「明日は明日の風が吹く」といった、変化を前提とした柔軟な考え方がもともとあったはずです。

 日本という国の面白いところは、ヨーロッパ的な論理と東アジア的な知恵が混じり合い、両立できている点だと思います。だからこそ、人類の英知である東アジアの古典の知識も、現代の経営にしっかり生かしていきたいと考えています。

 もちろん、ヨーロッパ的な「最適解」と、東アジア的な「こうあるべき」という答えが食い違う可能性は常にあります。しかし、その違いの中にこそ本当の答えがあったり、あるいは見方を変えれば両方とも正解だったりする。経営においては、その両方の要素を実現させていく必要があります。

 あまりにドライな「経営合理性」だけを追求しすぎると、当然、人の心が荒んでしまいます。当社には日本人やベトナム人の社員が多いのですが、彼らには東アジア的な心の持ちようが備わっています。だからこそ、理論だけに偏らず、人間の身体感覚に沿った意思決定をしていかなければならない。「経営理論かぶれ」にならないよう、自戒を込めてそう思っています。

守屋 素晴らしいですね。優れた経営者は常にその対極を見据え、その時々に適したバランスを見定めているように感じています。三谷社長はまさにそれを実践しようとされているのですね。

三谷 そう考えること自体が、東アジア的なのかもしれません。「性善説」と「性悪説」の両方が存在し、両立している。どちらかが正しくてどちらかが間違っているという二元論ではなく、すべてを包括・包含して捉えるという考え方です。

 ヨーロッパ的な経営理論は、どうしても「正解は1つ」になりがちです。しかし、今の時代に求められるクリエーティビティーやデザインする力は、たった1つの正解を求めるものではありません。

 組織をクリエーティブに保つためには、西洋の突き詰めた合理主義も必要ですが、同時に、東アジアの古典にあるような「異なるプロセスで結論を出す考え方」も同じように大切にしていきたいと考えています。

(後編に続く)

写真/尾関祐治

孫子本ブームの火付け役となった“赤本”

読者が自らのビジネスや生き方に実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。

守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)