「私はベンチャー気質で、進歩こそ善だと思っています。でも、人の意識がついていっていないのに利便性ばかり向上させると、結局人が不幸になるというのは、歴史にも示されています」。「ビジネス書として読む『孫子』」第1回後編では、日本の漫画コンテンツを世界で展開する株式会社ファンダム会長の保手濱彰人(ほてはまあきひと)氏が、愛読書の『インテグラル理論』を紹介。人・組織・社会・世界の全体像を、より正確につかむフレームワークを漫画作品に当てはめたときに見えてくる時代と人の意識とは?
生き抜くため自分を俯瞰して見る必要があった
守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 保手濱さんの著書『 武器としての漫画思考 』(PHP研究所)の中で、『孫子』の魅力として、「メタ認知している」ということが書かれていました。私はそれを読んだとき、逆に「あ、なるほど」と思ったんです。今、こうしてお話をうかがっていても、自分を客観視されるのがとてもお上手だと思ったのですが、何か自分を客観視するきっかけというのはあったんでしょうか?
保手濱彰人・ファンダム会長(以下、保手濱) 私、3月23日という早生まれで、しかも不器用なタイプだから、学年の中でバカにされるんですよね。4月生まれの人は、それだけで足速いし。小学生の頃って足速いとか、強いってだけでモテるじゃないですか。でも私はバレンタインに1個もチョコをもらえない。それがイヤで悔しくて。
若者の言葉で「リア充」といわれるような容姿の人たちや、器用で要領よく、充実している人たちは、別に客観視せずともうまくやっていける。必要性がないからそれで良いのだろうけど、私は自分が大変だったからこそ、「なんでこうなんだろう」って自分を客観視しないといけない。それが大きかったのかなと思います。生き抜くための生存戦略として、メタ視点で自分を俯瞰(ふかん)してみる必要があったという感じですね。
株式会社ファンダム 代表取締役会長
守屋 大変な経験のなかからメタ認知を駆使されるようになった保手濱さんが、戦争という状況をメタ認知している『孫子』にハマるのは、ある種の必然のように、お聞きしていて感じました。保手濱さんがもう1冊、愛読書を挙げるとしたら、何になりますか?
保手濱 1冊挙げるとすると、私はケン・ウィルバーの『 インテグラル理論 多様で複雑な世界を読み解く新次元の成長モデル 』(加藤洋平監訳/門林奨訳/日本能率協会マネジメントセンター)という本が刺さりました。20年前に初めて出会ったとき、並々ならぬ衝撃を受けました。
守屋 「インテグラル理論」について、たぶんご存じない方が多いと思うので、簡単に説明していただけますか。
保手濱 人にはそれぞれ価値観とか思想信念がありますが、それは、人によって千差万別に見えながら、実は全体として同じ傾向を持っています。インテグラル理論では、「人々や集団の意識は、時代の変遷とともに螺旋のように成熟していく」ということを「色」を使ってベージュ、パープル、レッド、ブルー、オレンジ、グリーン、イエローなどという風に表現します。
まず生まれたばかりで、意識が発達していないのが「ベージュ」。赤ちゃんの状態です。次に、もう少し人の意識が進化していくと、何かを信仰し、儀式を行ったりする。未開の地の原住民のような状態が「パープル」という段階です。その次の意識が、弱肉強食のなかで、個々の強さや上下というものを重視するようになります。漫画『北斗の拳』の時代の、強い者が正義みたいな感じです。これを「レッド」と言います。
でも、強いものが正義みたいになると統制が取れなくなるので、次の段階に人が進化していくと、ちゃんとルールを決めていこうとなります。まさに秦の始皇帝がやったことだと思います。決められたルールに従って、人はそこから外れたら罰せられるし、守っていれば守られる。今の日本はまさにこの「ブルー」段階、官僚的な、前例主義という感じです。
そこからさらに進化すると、いやルールもいいけど、そもそも自分たちは生まれてきたからには、幸せになるために生きているし、夢を実現するために生きているんだから、自分たちのビジョンを掲げて、その軸に沿って生きていこうという「オレンジ」という段階になります。自由主義や、企業家精神みたいなものですね。
日本の漫画のヒーローやヒロインもこの流れで説明できます。まず、『エースをねらえ!』のような、体育会系で、練習しないやつは徹底的に罰せられる、今だったらすぐにパワハラになるレッド型の時代がありました。そこから、『島耕作』シリーズみたいな、ルールを守るサラリーマン、そして、『ドラゴンボール』とか『ウルトラマン』シリーズみたいな既定の秩序を乱す敵を倒すというブルー型のヒーローが出てきました。
1990年代になると『ONE PIECE』とか『NARUTO-ナルト-』が出てきて、「海賊王におれはなる」とか、「火影(ほかげ)をおれは目指す」といったオレンジ型のヒーローが生まれてきました。そして2010年代になると、「オレンジ」の次の「グリーン」が出てきます。「グリーン」というのはまさに、相互理解や融和、協調の世界です。今、「共創」という言葉もかなり使われていますが、その感覚です。
『鬼滅の刃』の主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)がまさにその型のリーダーで、「自分はこうなる」とかではなくて、家族を守るために鬼と戦うけど、鬼には鬼の立場があるということで、相手の立場を尊重して理解して融和しよう、そっちも救おうとします。こういう「グリーン」の価値観や意識に人が向いていくとすごく社会が良くなっていくので、人の意識をアップデートしていきたいというのが私の目的でもあります。次に、ティール組織みたいな「イエロー」がありますが、ちょっとここから難しくなるので説明は省略します。
このインテグラル理論は、対象を俯瞰的にとらえて関係性などを見ていくのに、とても役に立つフレームワークです。とても大ざっぱな説明なんですけど。
守屋 これは、螺旋を描きながら進歩していくみたいなイメージなんですか?
保手濱 はい、そうなんです。それで、戦争が起こったり、いったんリセットされたりすると、また一番下からスタートになります。なので、戦後の日本は、また「レッド」からスタートし、そのときは、『あしたのジョー』とか『北斗の拳』とかが受けていました。でも、時代が進むと、『あしたのジョー』みたいな体育会系は受けなくなり、『鬼滅の刃』の炭治郎みたいなグリーン型の人が受け入れられるようになります。状況や時代、個人によって上がったり下がったりの変動がありますが、いろいろな経験をして視野が広がっていき、トレンドとしては徐々に上がっていくという形になります。
利便性ばかりに目を向けると人は不幸になる
私が、ケン・ウィルバーの『インテグラル理論』が素晴らしいなと思ったのは、人の意識という象限と、技術と利便性みたいな象限とが、きちんと分かれていることです。
現代は、産業革命から技術とか利便性ばかりが進化して、人の意識がついていけず、SNS(交流サイト)とかインターネットとか、罵詈雑言(ばりぞうごん)、悪口だらけになっています。この本では、利便性や技術という象限が先に進み過ぎていて、そこに対応する人の意識がついていけず、それによる歪(ゆが)みが出てしまっている状態までフレームワークで説明できているので、素晴らしいなと思っています。
私はベンチャー気質で、進歩こそ善だと思っています。でも、人の意識がついていっていないのに、利便性ばかり向上させると結局人が不幸になるというのは、歴史にも示されています。
なので私は、人の意識と技術や利便性をセットで向上させようと考えています。これからもビジネスを必死に頑張っていきますが、私は人の意識を向上させるという象限のほうがとても大事だと思っているので、『武器としての漫画思考』という本も出しました。
守屋 人の意識と技術や利便性の問題って、中国古典で言うと老荘思想が好んで取り上げるテーマなんです。文明の進歩によって、人間は素朴な心を失ってダメになっていくんだという老荘思想の教えって、インターネットとかAI(人工知能)の発展の功罪を見ると、まさしくそうだなという感じがします。『孫子』の教えもそうですが、人間の本質的な部分って本当に変わらないですね。今日はありがとうございました。
写真/尾関祐治
読者が自らのビジネスや生き方で実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。
守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)





