自身の思考の源泉は、古典に学ぶ「普遍の真理」と語るコインチェックの創業者・大塚雄介さん。『孫子』の中で好きな言葉は「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」と「各個撃破」。金融業界の大資本との競争を避け、ビットコインというブルーオーシャンを開拓、成功をつかんだ思考法とは? 『孫子』を愛読書にあげる各界のリーダーにその活用法を聞く「ビジネス書として読む『孫子』」第7回後編。
古典に学ぶ「普遍の真理」
守屋淳・中国古典研究家(以下、守屋) 大塚さんが、『孫子』などの古典や、ビジネスの本を読むようになったのには、何かきっかけがあるのですか。
大塚雄介・コインチェック最高事業開発責任者(以下、大塚) そうですね。「巨人の肩に乗る」という西洋の古くからのたとえの通り、過去の人たちの知恵の上に次のものが存在します。ビジネスでも、そのロジックでいくと過去の経営者たちが読んでいる古典で、いいというものは読んだほうがいいという発想になります。だから『孫子』とか『論語』とか、あとは皆さん読まれているドラッカーなどを読み始めました。
読んだ当時は、前編 「コインチェック・大塚雄介 大資本に勝つための孫子『弱者の戦略』とは?」 で触れた「弱者の戦略」みたいな話が自分の中で何となくの仮説としてはあったものの、まだ経験も知見もないので、雲をつかむような霧の中にいた感じでした。だから『孫子』を読んだ時に、「あ、そうそう、これだよ、知りたかったのは」みたいになったことはよく覚えていますね。
私は本を読むことを、自分の仮説を検証するための作業に使っていたりします。インプットに使うこともあるんですが、基本的には自分の中に考えがあって、「その考えって本当なのか」というのを、同じような事象のものを読んだりして検証します。ビジネスで勝ち抜くっていうのは戦争で勝ち抜くのと一緒なので、『孫子』を読んで、なるほど、やはり間違ってなかったんだなというのはありましたね。
コインチェック株式会社 執行役員CBDO(最高事業開発責任者)
これも結果として、『孫子』だなとすごく思ったのが、企業を経営していく中で、最悪の事態は避けたいという気持ちがあります。『孫子』の言う「亡国は以ってまた存すべからず、死者は以ってまた生くべからず(国は亡んでしまえばそれでおしまいであり、人は死んでしまえば二度と生き返らないのだ)」です。だから『孫子』は、常に国が滅びないためのリスクヘッジをしながら、僕らで言う成長、彼が言う勝つということをやるんですよね。
そこがすごく自分と合っていて、創業者となると、会社をまず倒産させちゃいけない。自分たちも悲劇だし、そこにいる従業員も悲劇なので、どちらかというと倒産しない、負けない戦い方を基本的にはしていく。それをやった上で勝つ戦略をやる。
では、負けないためにはどうすればいいかとなると、過去に負けてきた人、過去にうまくいった人を学べば、その失敗確率を減らせます。だいたいの場合失敗するのは、無知で失敗してしまう。それは努力が足りないからで、ただ本を読んで学べばいい。私の行動は、失敗をしたくないし、やるからには絶対成功させるという自分のマインドから来ているんだと思います。
友達を近くに置け、敵はもっと近くに置け
守屋 負けないという意味では、『孫子』に「勝つべからざるは己に在るも、勝つべきは敵にあり(不敗の態勢をつくれるかどうかは自軍の態勢いかんによるが、勝機を見いだせるかどうかは敵の態勢いかんにかかっている)」「善く戦う者は不敗の地に立ち、而(しか)して敵の敗を失わざるなり(戦上手は、自軍を絶対不敗の態勢に置き、しかも敵の隙は逃さず捉えるのだ)」といった言葉があって、まずは負けない態勢を作っておいて、敵や環境が隙を見せたら勝ちを目指そうという教えがあります。まさしく経営に通じる話ですよね。
そんな『孫子』の言葉の中で、大塚さんがお好きな言葉というのは何かありますか。
大塚 三つありまして、一つは「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」ですね。これは今でもいろいろな人に言えるのですが、もっと自分のことを知ったほうがいいんです。会社であれば財務の状況、持っている戦力をまず理解し、自分であれば得意なこと、苦手なことを理解して、苦手なことは別の人に託したほうがいいという意思決定ができる。たぶんそれを論理的に組み立てると、そんなに間違った意思決定はしない。
でも、思っている以上に皆さんは自分の内面を見てない。あとは相手がいることなので、相手の置かれている状況、相手の持っている戦力というのを、結果を出すためには知ったほうがいい。
そのために何をやっているのかというと、僕は周りの競合とかが全員知り合いなんですよ。「友達を近くに置け、敵はもっと近くに置け」という映画『ゴッドファーザー PARTⅡ』のセリフではないんですが、最大のライバルとも良いコミュニケーションができる関係性が大事だと思っています。相手が自分の気持ちを吐露できるぐらい仲がいい。
なぜそんなことをやっているのかというと、相手を知るためです。相手の財務諸表といった表に見えているところや、相手が意思決定をするときにどういう気持ちで、何が今不安なのか、何に喜ぶのかを把握しているので、「じゃあこういう手を打ったら、相手はこういう手を打ってくるだろうな」ということが予測できるのです。
情報戦と一緒ですね。「相手が分かったら、僕らはあえてこういうフリをして、こっちで攻める」みたいなことをやれる。僕と和田晃一良(コインチェックの共同創業者)というのは、そういうタイプなのです。これ言っちゃダメかもしれないですけど(笑)。
守屋 自分を知るのが重要という話をされましたが、自分を知るのはとても難しいと思います。大塚さんは何かしら工夫されていることとかあるんでしょうか。
大塚 二つありまして、私は自分が感じたことを、全部吐き出して文章にして書いています。なぜなら、概念とかふわふわしているものは忘れてしまうので。20年分ぐらい、ものすごい量のメモが残っていて、そのメモは「自分」というものの写し先なので、それを定期的に見る習慣があります。
なぜそれをやるかというと、それが自分の安心材料になるからです。自信というのは、二つのことから生まれると思っていて、一つは結果が出てみんなに称賛されて自信がつくというよくあるパターン。もう一つは、結果が出なくても、毎日やっているという蓄積から来る自信。僕は自信がないので、自信を得たいためにそういう訓練をしているんですね。
これによって自分を客観視できますし、最近はAI(人工知能)にこれを読み込ませて、AIとの対話によって、コーチングをしてもらっています。昔はパーソナルの経営者コーチングをお願いして、自分の中にある適切なワードを見つけていくことで、「あ、僕はこういう人間なのかも」ということをやっていた時期もありました。
ブルーオーシャンの存在に気づく
守屋 すごく努力をされているんですね。『孫子』で好きな他の二つの言葉はどのようなものになりますか。
大塚 二つめは「我は専にして一となり、敵は分かれて十となれば、これ十を以ってその一を攻むるなり(こちらがかりに一つに集中し、敵が十に分散したとする。それなら、十の力で一の力を相手にすることになる)」という、いわゆる「各個撃破」ですね。
僕らみたいな小資本に対しての鉄板の教えですが、ただこれがすごく難しいのは、1つやるということは他の9を捨てる勇気がなくてはいけない。スティーブ・ジョブズも「1個のYESには99個のNOがある」と言っていて、『孫子』と共通している面があります。だからそれを信じて、恐怖心を殺して「この1個にかけるんだ」ということを実践したときに、非常に勇気をもらえたことがありますね。
あとは、自分としてハッとさせられたのは、「百戦百勝は善の善なるものに非(あら)ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり(百回戦って百回勝ったとしてもそれは最善の策とは言えない。戦わないで敵を屈服させることこそが最善の策なのだ)」。やはり僕らのように競争に生きていると、戦う前提でいてしまうんですよね。
でも確かに、戦う前に決着がついたら、損傷も負わないし、最善の勝ちですよね。兵站(へいたん)もお金も失わないし。
守屋 「戦わずして人の兵を屈す」って、実際にやるのはとても難しいですよね。この点は、何か実践されてきたことってあるのでしょうか。
大塚 これは時間軸がからんでくるのですが、暗号資産事業を始めた2014年当時、ビットコインは「怪しい」「詐欺だ」と言われていて、大企業はレピュテーションリスクを恐れて参入できなかったんです。でも、僕らのようなスタートアップにとっては、そんなの関係がない。ここは戦いがないブルーオーシャンだなと気づいたんです。
メディアと大企業の人たちは、「ビットコインなんて怪しいよ」とひたすら言っていて、誰も市場に参入してきませんでしたが、やっている僕らにしてみると、ユーザーはどんどん増えるし、やっているからこそ分かるデータをものすごく持っていたんですね。ここのギャップに気づいて、かつ、ビットコインの生みの親であるサトシ・ナカモトの論文をちゃんと読むと別に怪しくない。詰まるところ、みんながなんとなく「怪しい」と言っているだけだと思って、大資本と戦わなくても勝てるな、と思って参入したんです。
守屋 前編のミケランジェロの彫刻の話とも通じるかと思いますが、悪評に覆われて見えなくなっていたものが、大塚さんたちには見えていたわけですね。それで、「戦わずして人の兵を屈す」や「ブルーオーシャン」を実現できた、と。
最後になりますが、大塚さんの座右の書を教えてください。
大塚 サイモン・シンの『 フェルマーの最終定理 』(青木薫訳/新潮文庫)です。羽生善治さんは、「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続してやるのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている」と言っています。それと一緒で、誰からも信用されない中で、自分が信じたことをやり続けるのはものすごく難しいと思うんですけど、それを数学の世界でやることができたという物語です。
僕は、できれば生きているうちに歴史に名を残すような偉業をなしとげたいと思っていまして、それには現代の価値観では共感してもらえないこと、「クレイジーだね」と言われることをやらなければならない。そのために、自分がどう生きるのかということを問う書としてとてもいいなと思っています。
守屋 ありがとうございました。
写真/尾関祐治
読者が自らのビジネスや生き方に実践していくために、『孫子』がそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか、前提条件がまったく違う現代でも本当に役立つのかという観点から、分かりやすく解説。ビジネスだけでなく、スポーツや人生のさまざまなシーンで活用できる「負けないための戦略」を数多く紹介しています。
守屋淳著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)




