ビジネスパーソンや企業にとって「イノベーション」は大事だといわれますが、そもそもイノベーションの本来の意味を知っている人はどのくらいいるのでしょうか。日本人はイノベーションの本質を知らずに、高い技術力や魅力的な商品を持ちながらも、競争力を失っているのではないでしょうか。「今こそ、イノベーションの父、シュンペーターの本来の思想を知るべきだ」と『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者シュンペーター』の著者である名和高司さんは言います。本連載では、 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 の一部を抜粋し、紹介します。
イノベーションには5種類ある
経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーションを「これまで組み合わせたことのない要素を組み合わせることによって、新たな価値を創造すること」としています。これは「新結合」と呼ばれます。「ゼロからの創造」ではなく、「組み合わせ」を新しくすることが、大きなイノベーションを生むとしました。
そして、「新結合」には次の5つがあると言いました。
① 新しい財(商品)の提供
② 新しい生産方式の導入
③ 新しい販路の開拓
④ 原料の新しい供給源の獲得
⑤ 新しい組織の実現
ひとつ目の「新しい商品を作る」は分かりやすいですね。しかし、残り4つの生産、販売、調達や組織の形態も大切です。
実はこの記述は、シュンペーターの主著である『経済発展の理論』の初版にはありませんでした。1926年の改訂版で初めて付け加えられたのです。この「5つの新結合」は、その後よく知られるようになりました。
例えば、①の新しい財(商品)の提供です。馬車から馬を外してエンジンと新結合させることによって自動車が生まれました。それを車両に新結合させることによって鉄道が生まれました。シュンペーターは、「馬車をいくら繋(つな)いでも鉄道にはならない」という名言を残しています。
また⑤の新しい組織にも、いろいろな新結合が考えられます。シュンペーターの死後、マクドナルドやセブン―イレブンなどがスケールする切り札となったフランチャイズ方式。これは、イエズス会のような古くから存在する宗教団体型の組織モデルを、飲食店や小売店に新結合させたものといえるでしょう。
技術革新も、新しい販路と合わせて考えないと意味がない
この5つの「新結合」からは、大きくふたつのメッセージが読み取れます。ひとつ目は、イノベーションは「技術」に限定されるものではない、ということです。技術開発は新結合のためのひとつの手段に過ぎません。イノベーションは、よく「技術革新」と呼ばれますが、これは明らかに誤訳です。
シュンペーター直系の弟子ともいうべきピーター・ドラッカーは、その著書『イノベーションと企業家精神』の中で、次のように述べています。
《イノベーションとは、技術というよりも経済や社会に関わる用語である》
そのドラッカーが好んで取り上げるのが、サイラス・マコーミックのケースです。サイラス・マコーミックは、1831年に機械式刈り取り機を発明した人で、「現代農業の父」と呼ばれています。彼が発明した刈り取り機は、それまでの生産量を5倍高めるものでした。ここまでは、典型的な技術革新です。
しかし、その刈り取り機は値段が桁違いに高く、多くの農家は手が出せません。これを手に入れれば、大量に収穫が挙げられ、その収入で代金が返済できるにもかかわらずです。
そこでマコーミックは農家に対して、刈り取り機の代金を分割払いで返済してもらうという割賦方式を提案しました。これにより、市場は一挙に大きく立ち上がっていきました。割賦販売は、当時も土地や家屋、家具などの支払方式として使われていました。マコーミックはそれを農機販売に新結合させたのです。
この例をシュンペーターの類型でいうと何でしょうか?
技術開発はもちろんきっかけではありますが、それよりもすごいのは、新しい販売方法で販路を拡大したことです。「販路」こそが真のイノベーションのドライバーだといえます。
「技術」ではなく、「事業」を見よ
2つ目のメッセージは、イノベーションとは「事業」創造を意味するということです。そこでカギを握るのは「技術」開発ではなく、「事業」開発です。イノベーションを技術革新と捉えてしまっている多くの日本人が陥りがちな誤解です。何か商品を作ればいいわけではなく、「事業」ということが大切です。
「技術で勝って、事業で負ける日本企業」という内容の自虐的な本が、ここ数年出回っています。確かにDVDや電気自動車など、枚挙にいとまがありません。これは、イノベーションの本質は、技術開発(0→1)ではなく、マネタイズ(1→10)とスケール化(10→100)にあるというシュンペーターの教えを、正しく理解してないからです。
技術を事業につなぐところまでやって初めてイノベーションになるということに、日本企業はようやく気づきはじめたばかりです。これまで看過されていただけに、これからが楽しみなところです。
柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。
名和高司、日経BP、2090円(税込み)