アイデアからヒットは作り出せません。0から生み出すアイデアはゴミでしかなく、最も大切なのは今あるものを使って何かを作ることだ、と「イノベーションの生みの親」である経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターは言います。世界を変える商品は、「すでにあるもの同士」の組み合わせの中でしか生まれません。スティーブ・ジョブズのiPhoneはまさにそうでした。経済学者の名和高司氏の新刊 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 から、その理由を読み解いていきましょう。
ジョブズの真骨頂は、ゼロからの創造をしなかったこと
現代で、イノベーションの達人といえばだれを思い浮かべますか? 亡くなって10年経ってしまいましたが、スティーブ・ジョブズの名前が真っ先に挙がるのではないでしょうか? ジョブズは、まさに創造的破壊をし続けた人でした。
アップルを立ち上げ、マッキントッシュを世に送った創業者時代。一旦追放されたアップル社に10年後に舞い戻ってから、iPod、iPhone、iPad と立て続けに新市場を開拓し続けた真のアントレプレナー時代。その軌跡をたどると、大きく3点でシュンペーター理論を忠実に実践したことが分かります。

まず1つ目は、制約を機会ととらえたこと。ジョブズは、「(自分で勝手に思い込んだ)制約にとらわれるな」と説きます。そして、その人工的な制約を自ら破ることこそが、イノベーションのカギだと語ります。ここから「箱から出ろ(Get out of box)!」という有名な言葉が生まれたのです。言い換えると、箱、すなわち制約そのものが、イノベーションの最大の機会になるのです。
2つ目は、過去や現在にとらわれず、未来の可能性を見続けたこと。ジョブズは、「パックがあるところではなく、パックがこれから向かうところに行け」というセリフを好んで使っていました。パックとはアイスホッケーで使う円盤状の玉です。この言葉は、往年の名プレーヤーであるウェイン・グレツキーのモットーでした。これは、味方も敵も群がる局面には突っ込まずに、広く開いているスペースに滑り出せば、そちらに玉がパスされてくるので自由にプレーできるようになるという彼の戦法を表しています。
「過去にとらわれず、君と僕とでいっしょに未来を創ろう」という常套句をジョブズから語りかけられたら、あなたもきっとその気になってしまうことでしょう。
そして3つ目は、ジョブズは「ゼロからの創造」をしたわけではないということです。創業期のPC(パーソナルコンピューター)は、当時、ゼロックスのパロアルト研究所で発明されていた技術を巧みに実装したものでした。また後期のiシリーズは、すでに世の中に同様の商品が出尽くしていました。
それらの完成度を高め、他のサービスやコンテンツと新結合することによって新しいカテゴリーに仕立てたのです。実はジョブズは「後出しじゃんけん」の名手なのです。
ジョブズの真骨頂は、ゼロからの創造ではなく、社会実装し、それを世界の新基準としてスケールさせたところにあります。
ジョブズの例を見てわかるように、社会実装とはこれらを新しい標準(デファクト)として広く普及させることです。ここはとても大切な部分なので、次の章の「新結合」で詳しく取り上げます。ジョブズが行ったことは、まさにシュンペーターのイノベーションの定義そのものといえるでしょう。
日本の創造的破壊を成し遂げた柳井正
では、現代日本でのイノベーションの名手として、誰を思い浮かべますか? ソフトバンクの孫正義さんでしょうか? 楽天グループの三木谷浩史さんでしょうか? 私は、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長を筆頭に挙げます。同社の社外取締役として10年近くご一緒しているので、ちょっと身びいきなところがあるかもしれません。しかし、だからこそ、その手腕がまさにシュンペーター流であることが、よくわかるのです。
ここでは3つの共通点を挙げましょう。
第1に、既存の常識を破壊することから出発すること。柳井さんが掲げるパーパスは、「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」です。ちょっと誇大妄想に聞こえますか?
しかし柳井さんは、いたって本気です。20世紀の服は、流行を着ることで自分をよりよく見せようとするものでした。ファストファッションは、その典型ですね。しかし21世紀は、「自分らしく服を着こなす」ことこそがクールだという価値観に変えていきたいと柳井さんは本気で思っています。そのような思いを込めたイノベーションが「LifeWear」なのです。
第2に、柳井さんは「新結合」の名手です。東レとのオープンイノベーションによって、ヒートテックに代表される数々の新商品が生まれていきました。
また最近では、ファーストリテイリングは自らを「情報製造小売業」と呼んでいます。ZARAなどのSPAは、製造小売業という新産業を生み出しました。柳井さんは、SPAにデジタルを掛け算することで、情報産業と融合した新業態を目指しているのです。
第3に、常に自らの創造的破壊を心がけています。「Change or Die(変われ、さもなくば、死ね)」という同社のモットーには、柳井さんらしい強烈な思いがこもっています。
柳井正や松下幸之助などの分かりやすい例を引きながら、シュンペーターの「イノベーションとは何か」をお伝えします。まさに、「経済学は、シュンペーターから始めよ!」です。
名和高司、日経BP、2090円(税込み)