作家の洞察力は、普通の人とどう違うだろうか。韓国で30年の現場経験を持つドラマプロデューサー兼脚本家、そして脚本術の先生であるパク・ソンスは、「他人を見る目はもちろん、時代を見る力も違う」という。新刊『韓国式 ストーリーのつくりかた』から抜粋して紹介する。

自分の経験や感情を文章で書こう

 ナチスによる占領直前のブダペストで生まれたユダヤ人医師ガボール・マテは「文章を書いていないと、寂寥(せきりょう)感に包まれ、息が詰まったようだった」と告白している。私の場合、日記を書かないと一日をきちんと生きた感じがしない。

 医師であるガボール・マテも、ドラマプロデューサーであるパク・ソンスもそうであるのに、作家であるあなたはさらにそうではないだろうか? 文章を書くことへの切実さから、みぞおちの下のあたりが詰まるような感じがしないだろうか?

 文章にしない経験や感情は、作家にとっては本当の経験や感情ではない。作家は見て、感じて、書いて、筆記が禁止された場所でもどうにかして書こうとする。作家は書くために生きている。

他人への深い憐憫(れんびん)がある

 憐憫は同情心ではない。憐憫は、人の気持ちを自分の心で思いやることだ。憐憫は、人々や世界に開かれている魂だ。

 人々に深い憐憫の心を持つ作家は、物欲や名誉などに心を奪われた利己的な作家よりも、結果的にはより深い響きを与え、よりよい作品を書くと信じている。人に対してシニカルな作家の文章からは、共感のカタルシスがほとんど見られない。

平均や統計に自分を押し込めない

 作家は、他の人とは違う考えかたをする人だ。同じ事物、同じ事件を見ても、他の人とは異なる認識をして表現する人だ。人と違うという理由でひとりぼっちになろうとも、その他大勢の画一的な主張に飲み込まれない。既存の常識、価値観をつねに疑う。そんな独特なアングルが作家をつくる。

他人の人生と考えに、深い関心がある

 メディアの中の、他人の人生のストーリーに多くの関心を持とう。有名人であれ無名な人であれ、ひとりの人間が紆余(うよ)曲折や試練の中でどのように夢をかなえ、またはどれだけ数奇な人生を終えたのか、つらい状況をどのように耐え抜き、その人の性格はどのようなものであったのかが気になって仕方がない。

 そうやって知った人物をさらに知ろうと追跡する。まるで幼いころ離れ離れになった親友や血縁者を見つけ出したかのように探求する。作家には、ついさっきまで見ず知らずの人物だった人を、長い時間共に過ごしてきた人に変貌させ、自分の目の前に連れてくる能力がある。

 それだけではない。通り過ぎゆく人々のことも人知れずスケッチしている。彼らのファッション、ヘアスタイル、話しかた、マナーを、何の偏見も持たずに作家の目線で見て聞いて観察する。

今の時代への深い理解と洞察がある

 今この時代には、どのような価値観や欲望、トレンドがあって、何のために葛藤を抱えているのか? 人々は何を楽しみ、苦しんでいるのか? 作家は、時代を深く理解し、直感し、洞察する人だ。

 作家に向いている人には、どのような洞察力があるかをまとめてみた。新刊『韓国式 ストーリーのつくりかた』には、脚本家になるための、実践的なさまざまなノウハウがある。気になった人は書籍をぜひ読んでほしい。

作家になる人は、世界をどう見ている?(写真:kml/stock.adobe.com)
作家になる人は、世界をどう見ている?(写真:kml/stock.adobe.com)
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