AIの進化は著しく、これまでの「便利な道具」という段階を越えて、人とともに働く「AIエージェント」へと進化しつつあります。業務の文脈を理解し、仕事の一部を自律的に担う存在への変化は、企業の仕事の進め方、組織のあり方そのものを問い直すこととなります。日本マイクロソフトの岡嵜禎氏と、アクセンチュアの保科学世氏が、生成AIの現在地とその先を語ります。『Microsoft 365 Copilot活用大全』(日経BP)から抜粋・再編集して、AI活用の未来を考えます。
アシスタントからエージェントへ 次の段階に入った生成AI
2025年11月に開催されたMicrosoft Ignite 2025では、Copilotの進化とともに「AIエージェント」が大きなテーマとして打ち出されました。まずは、その発表をどう受け止めたのかについて聞かせてください。
保科 Ignite 2025の内容は非常に象徴的でした。これまで「Copilot」という言葉で語られてきた世界から、明確に「AIエージェント」という概念に踏み込んだものだったからです。Copilotに何かを指示して実行してもらうAIから、自律的にユーザーを支援するAIへと進化している。その転換点が示されたと感じました。AIエージェントについて、マイクロソフトではどのように位置づけているのでしょうか。
岡嵜 今後の生成AIは、これまでのCopilotとしての使い方だけでなく、人の仕事の一部を自律的に実行してくれるAIエージェントの活用が進んでいくと見ています。AIエージェントを活用してビジネスプロセスを新しく生み出したり、組織のオペレーションを大きく変えたりしていくことで、トランスフォーメーションの実現につなげてもらいたいのです。日本マイクロソフトでは、AIエージェントと協業する組織モデルとして「フロンティア組織」を掲げています。生成AIを活用したフロンティア組織やフロンティア企業が、組織や企業のトランスフォーメーションを加速していく姿です。個人の業務変革にとどまらず、組織や企業の業務変革を担う存在として、Copilotからエージェントへと活用の変化が求められています。

日本マイクロソフト株式会社 執行役員 常務 クラウド & AI ソリューション事業本部長
NTTデータ、日本オラクルなどでシステム開発、ITアーキテクトを歴任。2015年アマゾン データ サービス ジャパン(現アマゾン ウェブ サービス ジャパン)入社。2019年同社執行役員 技術統括本部長に就任。2022年日本マイクロソフト入社。執行役員 常務 クラウド&ソリューション事業本部長に就任。2023年7月より現職。
保科 企業がAIエージェントを活用して人とAIが協働していくことが不可欠になったとき、すべての企業がそうした仕組みを一から整備するのはとても大変です。マイクロソフトがプラットフォームとしてAIエージェント活用の仕組みを提供することで、AIエージェントと協働する世界を具現化することは非常に重要だと考えています。
生成AIはこの2~3年で急速に普及しました。いま、企業における生成AI活用は、どんな段階に入ったと見ていますか。
岡嵜 生成AIの活用にはいくつかのステップがあると考えています。最初は、AIを人間のアシスタントとして使うCopilotの段階です。次に、AIエージェントを活用していく段階に進みます。ここにも2つのステップがあります。1つは、AIエージェントがチームの一員として人間の管理下で働く存在になるステップです。そして最終的には、人間とAIエージェントがパートナーとして動くステップがあります。
ここでは人間がオーダーを出し、AIエージェントが自律的に業務を組み立てて実行していきます。一方でマイクロソフトでは、生成AIの活用のどの段階でも「人間が中心」であることを重視しています。人とAIエージェントが融合する世界になっても、何をしたいのか、どのような価値を求めるのかを決めるのは人間であり、AIはあくまでサポート役です。
保科 アクセンチュアでも、人を中心にしたヒューマンセントリックなAI活用を提唱しています。アクセンチュア自身も、生成AIが従業員のパートナーになって働くAIエージェントの開発と導入を進めていますが、岡嵜さんのお話のように、マイクロソフトがAIエージェント活用の思想にヒューマンセントリックな考え方を最初から織り込んでいることには、とても納得感があります。

アクセンチュア株式会社 執行役員 データ&AIグループ日本統括 AIセンター長
アクセンチュアにてAI、アナリティクス部門の日本統括、およびデジタル変革の知見や技術を集結した拠点「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」の共同統括を務める。『生成AI時代の「超」仕事術大全』をはじめ、AI、データサイエンスに関する著書、監修書多数。理学博士(2025年12月取材時)。
業務の文脈を理解する専属アシスタントとしてのAI
Ignite 2025では、Microsoft 365のCopilotやAIエージェントが、仕事の流れや背景を理解できるようにする新しい仕組みとして「Work IQ」が発表されました。ユーザーの働き方を学習して最適化するということですが、少し説明していただけますか。
岡嵜 保科さんは、ご自身の業務にアシスタントの方はいらっしゃいますか。
保科 秘書やリサーチャーなどがアシスタントとして働いてくれています。
岡嵜 保科さんのアシスタントの皆さんは、保科さんのことを理解して、意図に寄り添うサービスを提供してくれていますよね。でも、新人のアシスタントの方だと、そこまで理解した仕事をするには時間を要する。AIでも同じように、意図に寄り添う必要があります。そこでWork IQでは、仕事の流れや背景といった文脈を理解してサービスを提供する仕組みを用意しました。
AIが業務の文脈を理解するために、Work IQは「データ」「メモリー」「推論」の3つのコンポーネントで構成されています。一般的に業務ではさまざまな「データ」を作成しています。Microsoft 365のファイルなどでデータが蓄積されているのです。そのため、「昨日の資料は」と問われたときに、業務で蓄積したデータから抽出が可能です。2つ目の「メモリー」では、ユーザーがCopilotとどんな対話をしたか、Officeでどんな操作をしたかといった情報から、個人や組織の働き方を理解します。その上で、3つ目の「推論」では、データとメモリーを組み合わせて洞察を得たり、次の行動を予測したりします。Work IQでは、この3つを組み合わせることで「次に保科さんはこんなことが欲しいのでは」といったことを導き出せるのです。
保科 私の業務の日々の成果物の多くは、PowerPoint やWord、Excelで作成しています。メールもマイクロソフトのプラットフォーム上でやり取りしています。そうしたデータと、どのようにその資料を作ったのかというメモリーが組み合わさって予測までしていくわけですね。AIエージェントが企業の日々の仕事を本当に支えていくようになるとき、非常に強力なアシスタントになると感じました。
岡嵜 特別な業務だけでなく、日々の活動にAIが入り、自然に便利になっていく世界を実現していきたいと考えています。
Word/Excel/PowerPointが「エージェント化」するインパクト
実務レベルでは、何が一番大きく変わり始めていますか。
保科 WordやExcel、PowerPointといったOfficeソフトにも専用のエージェントによる「エージェント モード」が搭載されてきました。これは大きな変化ですね。これまでのCopilotとどのような点が違い、実務で効果を実感できるのでしょうか。
岡嵜 エージェント モードでは、それぞれのアプリケーションにエージェントが組み込まれ、人の作業をより賢く支援します。例えば、メールやTeamsで届いた依頼内容を読み取り、決まった請求書や見積書のフォーマットに沿って自律的に内容を埋めていくといったことが可能になります。アプリケーションの中にエージェントが入ることで、ドキュメント上でそのまま共同作業ができる点も大きな違いです。別の画面でCopilotを開いて作らせたものをコピー&ペーストする必要がないのです。また推論が賢くなり、複数の作業をまとめて任せられるようになりました。
保科 日本企業では日々の業務の中で、多種多様なフォーマットのWord やExcelのファイルが非常に多く使われています。届いたメールをAIが見て、添付ファイルの内容を反映し、返信案まで作るようになれば、日々の仕事の姿は大きく変わるでしょう。
岡嵜 日本のお客様からは、「自社内のフォーマットで資料を作ってほしい」という要望がとても多くあります。官公庁の書類や業界標準の様式は、新規に作ればいいという話ではありません。価格表から情報を抜き出して見積書を作る、セキュリティチェックシートに自社の状況を埋めていくなど、人が時間を費やしてきた作業を、エージェント モードで省力化できるようになります。
保科 多くの企業が日常的に使っているOfficeとAIエージェントが連携することで、利用効果は非常に大きくなると感じます。
「安心して任せられるか」という最大の論点 セキュリティとプライバシー
AI活用について、企業ではセキュリティやプライバシーへの懸念も根強くあります。
岡嵜 Work IQが自分のことを理解しているとなると、少し抵抗を感じる人もいるでしょう。その点はきちんと配慮した設計になっています。人間もAIも、与えられたアクセス権限に基づいてのみデータを参照します。例えば、社長の給料は社員エージェントからは見られませんし(笑)、保科さんだけにアクセス権限があるデータに、他の人やAIエージェントはアクセスできません。また、企業の知識が学習されて他社に持っていかれることがないようにも設計されています。メモリーについても、会話履歴を取得しない設定が可能で、セキュリティやプライバシーには万全の配慮をしています。
保科 一方で、シャドーAIのように、企業が管理していないAIの利用が広まり、情報が思わぬところから流出するリスクもあります。
岡嵜 若い世代では生成AIの利用が当たり前になっています。生成AIの活用に厳しい制限を設けても、個人で汎用サービスに企業情報を渡してしまうケースも出てくるでしょう。だからこそ、企業として正しく使える生成AIの仕組みを整えることが重要です。どれだけ生成AIが使われているかを把握し、重要な情報を外部に渡していないかを制御する。その両面が求められます。
大企業だけでなく中小企業もAIエージェント活用で成長を
日本企業、特に中小企業にとってAIエージェントはどのような価値を提供するでしょう。
保科 日本は企業の99%以上が中小企業で、労働人口でも7割以上を占めます。広くAIエージェントを日本企業に浸透させてフロンティアトランスフォーメーションを実現するには、中小企業での活用がカギを握ると思います。
岡嵜 日本の多くの企業は中小企業で、人材不足にも苦しんでいます。だからこそ、AIエージェントに価値を感じてもらい、生産性を高め、次の成長につなげてほしいです。そのため300人以下の企業向けには導入価格を抑えたサービスも提供しています。Copilotは誰にでも使いやすく設計していますし、自己学習用コンテンツも充実させています。この本も含めて、中小企業の方々に最初の一歩を踏み出してもらえたらと思います。
保科 中小企業ほど、AIというデジタル労働力を活用して人手不足を補う必要があります。特に小規模な企業では、1個人が多様な業務を担い、WordやExcelと向き合っている時間も長いからです。事務作業はCopilotやエージェントに任せ、人間が本来持っている力を競争力の維持・強化に使ってもらいたいと思います。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
岡嵜 マイクロソフトでは、人間のやりたいことをサポートする存在としてAIエージェントを位置づけています。生成AIが誕生して約4年が経ちましたが、進化は続いています。次の進化を待つより、できるだけ早く使い始め、学ぶことが大事です。
保科 人間が学びつつ、AIも教育する。AIも人も、育てていくことが企業の最大の成長力になります。長時間労働で生産性が低いという課題から、従業員が本来やるべき創造的で価値のある仕事にシフトするためにも、任せられることはCopilotやエージェントに任せる。マイクロソフトのプラットフォームで学習して育ったAIが企業の資産になる時代が、すでに始まっていると感じています。

取材・文/岩元直久 写真/小野さやか 構成/進藤寛(日経BOOKSユニット)
本書は、Microsoft 365を業務で使い倒すための実践大全です。会議、資料作成、メール処理、データ分析、業務自動化――日々多岐にわたる業務で利用するMicrosoft 365を、Copilotとともに「最強のビジネス基盤」へと進化させます。
アクセンチュア Copilot利活用推進チーム(著)/日経BP/2750円(税込み)
