新刊『一流の研究者たちが教える 快眠の科学』(伊藤和弘著、日経BP)の発刊を記念して、同書の監修を務めた秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座教授、三島和夫氏のインタビューをお届けします。その前編。
日本人の睡眠時間はなぜ短いのか
まず三島先生が日本人の睡眠を見ていて、現時点で気になることについて教えてください。
三島和夫氏(以下、敬称略):昭和から平成にかけて日本人の睡眠はずっと短くなり続けて、すでに限界まで来ています。「国民健康・栄養調査」を見ると、普段の睡眠時間が6時間未満と答えている、いわゆる短時間睡眠の方がずっと増えてきたのですが、それが40%前後で完全に頭打ちになっています(2023年の調査では男性38.4%、女性43.6%)。生理学的には、もうこれ以上、睡眠時間を短くできないところまで来ているというわけです。
実際、睡眠が6時間未満で8割以上、5時間未満になると9割以上の人が、倦怠感や睡眠に対する不満を訴えています。特に働く世代の睡眠時間のあり方については、生活習慣病やがんの対策と同等かそれ以上に、社会として取り組んでいかなければいけない問題になっていると思います。

よく知られている話ですが、2021年にOECD(経済協力開発機構)が行った調査によると、加盟33カ国で睡眠時間が最も短かったのは日本だったそうですね。平均より約1時間も短かったと。
三島:そうですね。「日本人はよく働くからだろう」と考える人もいるかもしれませんが、労働生産性との関係を見ると、日本はかなりダメなことが分かります。アメリカのランド研究所の試算では、日本の睡眠不足による経済損失は年間約15兆円に達するそうです。金額は米国のほうが大きいのですが、GDP(国内総生産)比で見ると日本は2.9%で世界のワーストワンでした(*1)。米国、英国、フランスなどの欧米の先進国は、OECD加盟国の平均以上寝ているんですよ。だから、「忙しいから」という言い訳は通りません。
今の働き方改革の中で、企業はインターバルタイム(休息時間)というのを設けるようにといわれています。これは「勤務間インターバル制度」と呼ばれていて、推奨は11時間とされています。
ところが、たとえインターバルタイムが今より3時間延びたところで、実際のところ社員は、その3時間すべてを睡眠には充てないのです。日本人の睡眠不足は限界まで来ていると話しましたが、実際に週末の「寝だめ」時間も多いし、電車の中で寝ている人も多い。それにもかかわらず、勤務間インターバル制度で休息時間が増えても、なかなか寝ようとしないのです。睡眠が足りていない自覚はあっても、時間があれば睡眠以外のこと(勉強や趣味など)に時間を使ってしまうわけですね。
仕事が忙しいから寝る時間がない、ということはないのですか。
三島:今から7~8年前のことですが、東京都の健康推進事業の評価委員をやっていたとき、「睡眠時間が短くなる理由」について都民にアンケートを取ったことがあるんです。すると「業務繁忙」で寝る時間がないと答えた人はほとんどいませんでした。「なんとなく」「自分磨き」「スマホをだらだら見ていて」といった回答が多かったんです。それで就寝時刻が遅くなって、睡眠時間が短くなってしまうと。
「なんとかやれている」という感覚が問題
そうなんですね。睡眠時間を削ってもあまり気にしていないように思えます。
三島:5年おきに行われるNHKの「国民生活時間調査」によると、1960年には8時間13分寝ていたのが、2020年には7時間12分と1時間短くなっています。いつから短くなったかというと、1970年以降なんですよ。調査が始まったときから就寝時刻は直線的に遅くなっているのですが、当初は起床時刻も一緒に遅くなっていったので、トータルの睡眠時間は変わらなかった。でも、会社や学校に行かなければいけませんから、起床時刻を遅くするのは限界があるでしょう。それで1970年以降、起床時刻はほとんど変わらず、就寝時刻だけが遅くなっていった結果、睡眠時間が短くなっていったわけです。
就寝時刻が遅くなった理由は何が考えられますか。
三島:一時期、「テレビのせいでは」と言われたこともあったんですよ。でも東日本大震災の後など、深夜の放送を控えた時期も特に睡眠時間は増えませんでした。
私は米国で生活していたときも睡眠を研究していましたが、現地では多くの人がベッドタイムを決めていて、一定の時刻になるとベッドに入っていました。一方、日本人にはあまりそういう概念はありませんよね。なんとなく眠くなったらベッドに入るとか、やりたいことを一通りやってから寝るとか、「残った時間だけ寝る」みたいな形になっていて、寝る時間が1日の中できちんと組み込まれていないのです。
「惰眠をむさぼる」とか「四当五落」といった言葉もありますし、日本では伝統的に睡眠を軽視する風潮がある気はしますね。やるべきことがたくさんあって、「寝る時間がもったいない」と思っている人が多いのかもしれません。
三島:だとしたら、大間違いです。そもそも働き方改革関連法に関する厚生労働省の検討委員会で、1年間の時間外勤務に上限を設けたり、インターバルタイムの確保を推奨したりしたとき、一番の根拠になったのは、睡眠時間が1日5時間を切るようになると、突然死とか、心筋梗塞や脳卒中での死亡リスクが何倍にも跳ね上がるという疫学データがあったためです。それで最低でも6時間とか7時間の睡眠時間を確保させるために余暇の時間を増やしたわけです。ですが、肝心の睡眠時間が増えず、ほかのことに時間を使っていました。
問題は今の状態で「なんとかやれている」という感覚なんです。睡眠時間が短くても気がつかない。寝不足が一定以上になると赤い涙が出てくるとか、そういうことが起こると分かりやすいのですが。血圧や血糖値は見える化できるので、高くなるとまずいと思って、塩分制限や運動をしますが、睡眠不足はそういうバロメーターがないので、みなさん気づかなくて。
確かに睡眠不足で体調が優れなくても、我慢して過ごしていますね。
三島:睡眠不足で何が困るかといえば、眠気ですよね。電車の中で居眠りしたり、週末にちょっと寝だめをしたりすると、眠気は一時的に取れます。そうすると、「なんとかやれている」と思ってしまう。でも週末の寝だめや昼寝で眠気が取れても、睡眠負債の健康リスクは全く解消されません。むしろ、「なんとかやれている」人のほうが、短い睡眠で5年、10年と過ごして、健康リスクが大きくなってしまいます。特にメディア関係の人には多いですよね。某テレビ局のディレクターの平均寿命は60代だと聞いて驚いたことがあります。
睡眠のメカニズムはどこまで解明されてきたのか
今世紀に入って睡眠医学は非常に進歩していると聞きますが、睡眠のメカニズムは現在どういうところまで解明されてきたのでしょうか。
三島:神経メカニズムはだいぶよく分かってきました。睡眠系と覚醒系の神経が昼夜で交代して、お互いを抑え込む関係にある。また、起きていると眠気がどんどんたまっていく。ただ、その「たまっていく眠気」が何なのかがよく分かっていないんです。
オレキシンの発見者である筑波大学の柳沢正史先生は、眠気を「ししおどし」に水がたまる例えでよく説明されていますが、睡眠物質については分かっていないことがたくさんあります。一例を挙げれば、日本人研究者のグループが見つけた眠気を促すプロスタグランジンD2という物質があります。プロスタグランジンD2は脳内でアデノシンという睡眠物質を増加させます。このアデノシンは覚醒物質であるヒスタミンの産生を抑え込むことで眠気をもたらします。
このようにさまざまな睡眠物質と覚醒物質が体中で作られ、お互いに作用し合って眠気の強さを調節しているのだと思います。睡眠物質、覚醒物質の全体像はまだ未解明です。
それでも私が研修医だった頃には想像もつかなかったくらい、睡眠医学が進んでいることは確かです。例えばメラトニンのようなホルモンがなぜ睡眠リズムを調整できるのか。睡眠薬が脳の中でどのように働くのか。オレキシン受容体拮抗薬みたいな新しい睡眠薬ができたのも覚醒系の神経の研究が進んだからです。
カフェインが眠気を抑えるメカニズムも睡眠の研究で分かりました。先に述べたアデノシンの催眠作用をカフェインがブロックすることで眠気が抑えられるのです。糖尿病や高血圧のような生活習慣病から、うつ病、認知症のような精神疾患まで、多くの病気の睡眠との関わりも解明されてきています。臨床医としては、いろいろなことを患者さんに説明しやすくなりましたね。
(後編に続く)
[日経Gooday(グッデイ) 2025年6月20日付の記事を転載/情報は掲載時点のものです]
三島和夫(監修)、伊藤和弘(著)、日経BP、1760円(税込み)
