新刊『一流の研究者たちが教える 快眠の科学』(伊藤和弘著、日経BP)の発刊を記念して、同書の監修を務めた秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座教授、三島和夫氏のインタビューをお届けします。その後編。
自分の睡眠に関心を持つ人が増えてきた
最近では、メジャーリーガーの大谷翔平選手など、睡眠を大事にする人が少しずつ増えてきたように思えます。
三島和夫氏(以下、敬称略):そうですね。あとは「スリープテック」の話題や睡眠関係のグッズが大流行していますよね。みんな、睡眠には困っているように思えますが、そのスリープテックに何を求めているかというと、睡眠時間を増やそうという方向ではない気がします。睡眠時間は今のままでよく、どうにかぐっすり寝られる方法はないか。短くても効率よく眠る方法はないかと考えています。しかし、そんな方法はなかなかありません。また、ショートスリーパーになりたいという人もいます。そんな方法があるんだったら、みんなとっくにやっていますよね。

以前、三島先生が国立精神・神経医療研究センターにいた頃、日本人の睡眠時間について調査されていましたよね。すると個人差というのは想像以上に大きくて、中には本当にショートスリーパーと呼べる人もいると聞きました。ほとんどのショートスリーパーは自分でそう思っているだけとも言われますが、本当のショートスリーパーというのは何%くらいいるのでしょうか。
三島:それはときどき聞かれますが、正確なデータというのはないんですよ。2023年の「国民健康・栄養調査」によると、5時間未満しか寝ていないという人が9%くらいいました(男性8.5%、女性10.3%)。でも、最初 ※前編を参照 にお話ししたように、その9割以上の人は調子が悪い。つまり、トゥルー(真の)ショートスリーパーではなかったということです。5時間未満の睡眠時間で、日中も不調なくすごしている人というのは、100人当たり0.7人くらいです。
ということは、0.7%ですか。
三島:そうなりますね。ただ、この0.7人は自己申告の5時間未満で、かつ自覚的には不調がない、睡眠は足りていると答えている方たちなんです。普段の睡眠時間はかなり短いとは思いますが、実際には寝だめや居眠りをしていたり、自分で気づかない病気を持っていたりする場合もあるので、本当のショートスリーパーはもっと少ないと思っています。
私はかれこれ30年以上も睡眠研究をやってきて、本当のショートスリーパーと呼べる人は3人しか会ったことがありません。その人たちは客観的に脳波を調べても本当に1日3時間くらいしか寝ていなくて、耐糖能や血圧に問題がなく、元気に生活していました。中にはそういう特殊な人もいますが、数は本当に少ないです。
「6時間寝ればいい」ではなく、「最低6時間」
同じ年代でも必要な睡眠時間は個人差がとても大きいということですが、厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、働く世代は「最低で6時間以上」寝るようにと書かれていますね。
三島:あれは厚生労働省の研究班が2年くらいかけて作ったのですが、睡眠時間の目安を出すのは非常に難しかったんです。繰り返しになりますが、必要な睡眠時間はとにかく個人差が大きくて、同じ年代でも3時間以上の差があります。とはいえ、働く世代についてはボトムラインを決めなければいけないということで「最低6時間以上」としました。
これは「6時間寝ればいい」とミスリードされるのではないかという意見もありましたが、そうではなくて、40代から50代前半くらいまでは6時間で足りない人も多く、あくまで最低限のボトムラインという意味合いです。加齢に伴って睡眠時間は短くなっていきますし、個人差も大きいわけですが、現役世代で6時間未満の睡眠で健康に過ごせる人はほとんどいません。
睡眠時間が短いと認知症のリスクが高くなる
最近の研究報告で、三島先生が個人的に興味を持ったものはありますか。
三島:いくつかありますが、「認知症と睡眠との関係」は面白いですね。米国ロチェスター大学のマイケン・ネーデルガード教授という神経科学者によって、睡眠中の「グリンパティックシステム」が発見され、睡眠時間が短いとアルツハイマー病のリスクが高くなる理由が分かりました(*1)。
アルツハイマー病は脳にアミロイドβ(ベータ)というたんぱく質がたまって発症しますが、睡眠中にそのアミロイドβなどの老廃物が除去されるという話ですね。
三島:はい。睡眠中に脳を取り囲んでいる脳脊髄液が神経細胞の隙間に染み込んできて、ホースの水で洗い流すようにアミロイドβを除去するんです。彼女が今年発表した最新の研究(*2)によると、睡眠中に脳幹からノルエピネフリンという神経伝達物質が放出され、これが脳の動脈の収縮と拡張を制御している。そのポンプ作用によって、脳脊髄液が脳の奥深くまで染み渡っていくことが確認されました。
さらに、ゾルピデム(商品名マイスリー)という睡眠薬でグリンパティックシステムの働きが弱くなる可能性も指摘しています。よく使われる睡眠薬ですが、それによって動脈の運動が少なくなってしまうそうです。
つまりアミロイドβの除去がスムーズに行かなくなって、認知症のリスクが高くなるということでしょうか。
三島:まだ動物実験の段階で、人で証明されたわけではありません。ただ、以前からゾルピデムをはじめとしてベンゾジアゼピン受容体作動薬と呼ばれる種類の睡眠薬を服用していると認知症のリスクが少し高くなるという研究報告があります。本当に認知症のリスクが高まるかどうかは、まだ白黒がはっきりついていませんが、もし本当に認知症の発症リスクが高まるとすれば、そのメカニズムはグリンパティックシステムの働きが弱まることに関係あるのかもしれません。
認知症のリスクが高まるといっても、ベンゾジアゼピン受容体作動薬を平均6~7年服用している70代の方が100人中4.8人認知症になるのに対して、服用していない70代の方では100人中3.2人しか認知症にならないというのが代表的なデータです(*3)。危険度1.5倍とか言われるのは、そういう意味です。
6~7年服用して100人あたり1.5人増えることを「怖い」と思う高齢者の方もいますが、長年飲んでいて問題なく生活できている人の場合には、睡眠薬がプラスになっている可能性も高い。不眠自体も認知症のリスクになりますからね。だから、そういうデータをきちんとお見せして、あとはご本人の価値観で決めていただく。認知症になると聞かされて、慌てて薬をやめて離脱症状を起こすなどのトラブルが絶えません。ですので、正しい情報の啓発は大切だと思っています。
中途覚醒や早朝覚醒に悩んでいる人は…
高齢者の不眠といえば、中途覚醒や早朝覚醒に悩む人が多いようです。
三島:寝方に問題がありますね。かなり早い時間帯から寝ようとしたり、寝方が不規則だったりするのがいけません。眠れずに悶々と布団の中で過ごす時間を減らすことが大切です。一番効率よく眠れる時間帯に、実質眠る時間よりもプラスアルファぐらい、きちっとコンパクトに寝床に入ると、かなり睡眠状態が良くなります。
どのような方法で改善すればいいでしょうか。
三島:認知行動療法、特に睡眠制限法が効果的です。最近出た欧州の不眠症のガイドラインでは、第一選択は認知行動療法になっています。認知行動療法というのは専門医のところに行かないと受けられないという問題がありましたが、最近は日本でも認知行動療法のアプリが、不眠症治療用の医療機器として承認されました。ただし、まだ診療報酬が付かない、つまり病院で処方できない段階ですが、遠からず医療現場で使用できるようになるかもしれません。
*2 Cell. 2025 Feb 6;188(3):606-622.e17.
*3 BMJ. 2012 Sep 27:345:e6231.
睡眠不足を自覚できない子供も多い
「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では睡眠に関する推薦事項が「成人版」「こども版」「高齢者版」と年代別になっています。子供の睡眠についてはいかがでしょうか。
三島:子供のデータもかなり蓄積されていて、就学前に睡眠不足や睡眠問題を抱えている子は、成長期にメンタルヘルス問題が生じやすいことが分かっています。それは睡眠不足が持続することで脳に悪影響が生じている側面もあるし、もともとその子に精神面の脆弱性があって、その初期兆候として睡眠問題が出ていることもあります。
実際、睡眠時間が短い子供は記憶に関わる脳の海馬が小さいことも分かっています。今は小児科の先生も子供の睡眠にはセンシティブになっていて、母子手帳にも睡眠を記録するコーナーが作られました。
それから、寝不足の時に眠いと自覚できる子供が少ないことも知っておいてほしいと思います。まあまあ寝ているように見えても足りない子も多いのです。それで落ち着きがなく、ADHD(注意欠如多動症)のように見えたり、学業成績の低下傾向が見えたりと、そういう形でしか睡眠不足の症状が表れないことがあります。だから親が注意して、気づいてあげることが重要です。
現在の自分の睡眠は本当にサステナブルなのか
最後に、睡眠に関心がある読者に向けて、三島先生からのメッセージをお願いします。
三島:もちろん睡眠は大切ですが、一方で本人の睡眠に対する価値観もあると思います。糖尿病の方だって、病気があるからおいしいものを一切食べずに節制した生活を続けるという考え方もあれば、薬を少し多めに飲んで食生活を楽しむという考え方もあるでしょう。睡眠だって、人によっては睡眠より大切なものがあるかもしれないし、人生には睡眠を犠牲にしてがんばらなければいけない時期もあるでしょう。
しかし、そのような不適切な睡眠習慣によって、多くの健康リスクを抱えてしまうことは知っておくべきです。もしかしたら慢性的な睡眠不足によって日中のパフォーマンスが落ちているかもしれないし、ささいなことに腹が立つなどメンタル面で影響を受けている可能性もあります。
現在の自分の睡眠や生活のスタイルが本当にサステナブルなのか。リスクとベネフィットを一度見直してみることが大切だと思います。ご本人の価値観で、睡眠を犠牲にしてがんばらなければいけないときはがんばればいい。そのときは、例えば昼寝の仕方などのノウハウを身につけて乗り越える。でも、それを乗り越えたときに、「やれたから」となって、そんながんばりをずっと続けるのではなく、余裕ができたらきちんと睡眠を取ってリカバーすることが必要です。
やはり1年に1回くらい自分の睡眠を見直しましょう。豊かな生活をすごす戦略の1つとして、睡眠というものを位置づけてもらいたいと思います。
[日経Gooday(グッデイ) 2025年6月24日付の記事を転載/情報は掲載時点のものです]
三島和夫(監修)、伊藤和弘(著)、日経BP、1760円(税込み)
