なかなか寝つけない、夜中に目が覚める、朝から体がだるい、日中の眠気がひどい――。睡眠に関する悩みを持つ人は多いが、睡眠の科学研究が進めば、こうした悩みも解決する日が来るかもしれない。今回考えるのは、多くの人が疑問に持つ「夢」について。人はなぜ夢をみるのか。20人の専門家が科学的根拠を基に睡眠のメカニズムを解説する最新刊『一流の研究者たちが教える 快眠の科学』(三島和夫監修、伊藤和弘著)から一部を抜粋してお届けします。

人はなぜ、夢を見るのか

 というのは不思議だ。夢の中では現実では考えられないような事態が起こり、あり得ない行動を取る。ときには空を飛び、異様な怪物に出会うこともある。そんな「夢を見る」ことにはどのようなメリットがあるのだろうか。近年、夢の研究に挑んでいる北海道大学大学院理学研究院生物科学部門行動神経生物学分野講師の常松友美氏に、夢のメカニズムについて話を聞いた。

 「どうして夢を見るのか、昔から多くの人が考えてきました。古いところでは1900年に心理学者のジークムント・フロイトが『夢判断』という本を書き、夢というのはその人の抑圧された欲望だと言っています。だけど、実際のところは今でも分からない。神経科学の分野ではマウスを使って神経メカニズムを研究することが多いのですが、人と違ってマウスは夢を見ていたかどうか答えてくれないでしょう。それがなかなか、夢についての研究が進まない理由です」(常松氏)

PGO波によって睡眠中にものが「見える」

 夢を見る神経メカニズムは完全に解明されているわけではないが、いくつかの有力な仮説がある。中でもよく知られているのは、半世紀近く前の1977年にアラン・ホブソンとロバート・マッカーリーが提唱した「活性化合成仮説」と呼ばれるものだ。「活性化合成仮説は、現在でもとても有力な仮説です」と常松氏は言う。

 「夢というのは、その人の記憶情報を元に作られていますよね。レム睡眠中、脳の内部に何らかの刺激が起こり、それが大脳皮質や海馬を活性化する。それで眠っていた記憶や感情がランダムに合成されて夢になる。ランダムだから、夢は奇想天外なものになるんだという説明です」(常松氏)

 では、最初に大脳皮質や海馬を活性化する刺激とは何か。それは「PGO波」と呼ばれる脳波だと考えられている。PGO波は脳の「橋(きょう)」という部分で発生し、「外側膝状体(がいそくしつじょうたい)」から、視覚野のある「後頭葉」へと伝わっていく。「橋(Pons)」「外側膝状体(lateral Geniculate nucleus)」「後頭葉(Occipital cortex)」、それぞれの頭文字を取ってPGO波と呼ばれており、レム睡眠中は1秒に1回程度のペースで出てくるという。

 「このPGO波の経路が、視覚情報の経路とよく似ているんです」(常松氏)

 目から入った視覚情報は、目の網膜から脳に入り、外側膝状体を通って後頭葉の視覚野に届き、そこで脳内に映像を浮かび上がらせる。橋で発生したPGO波も脳内の記憶や感情を呼び起こしながら後頭葉の視覚野に達するため、目を閉じていても「夢という映像」を見るのではないか、というわけだ。

 PGO波は最初に猫から発見され、人間や犬からも見つかった。数年前、常松氏によって眠っているマウスからも発見されている(*1)。

 「もちろんそれだけで断言はできませんが、哺乳類はみんな夢を見ている可能性が高いと私は考えています。ちなみに生まれつき目が見えない方は、触覚や聴覚など、視覚以外の五感で夢を見るそうです。そのことからも、夢には何かしら重大な意味があるのだろうと思います」(常松氏)

(写真:Ladanifer/stock.adobe.com)
(写真:Ladanifer/stock.adobe.com)

扁桃体には「恐怖の記憶」がためこまれている

 PGO波のほか、夢にはドーパミンという神経伝達物質も関係していると考えられている。

 「ノルアドレナリンやセロトニンなどの神経伝達物質が睡眠に重要なことは分かっていましたが、ドーパミンが睡眠にどのように関連するのかがよく分かっていませんでした。ところが最近、京都大学大学院薬学研究科准教授の長谷川恵美氏らの研究から、脳の扁桃体でドーパミンの濃度が一過的に上がるとレム睡眠が始まることが発見されたのです(*2)」(常松氏)

 扁桃体には、これまでに体験した「恐怖の記憶」がためこまれているという。ちなみにテストステロン(主要な男性ホルモン)にはこれを封じ込める作用があるので、テストステロンの分泌が少なくなると不安感が強くなり、うつ病にもなりやすくなる(*3)。テストステロンの分泌が低下して男性の更年期障害が起きると、抑うつ状態になる場合があるのはそのためだ。

 扁桃体でのドーパミン濃度上昇が「恐怖の記憶」にどう作用するのかは分からないが、それによってレム睡眠が始まるということは、やはり夢とも深い関係があるのだろう。なお、ドーパミンとよく似た作用をするアゴニスト(作動薬)や、ドーパミンの働きを抑えるアンタゴニスト(拮抗薬)を使うと、悪夢を見ることが増えるとも言われている。

「悪夢にも意味がある」という説も

 一見メリットなどなさそうな「悪夢」も意味があると説明する「脅威シミュレーション仮説」というものもある。恐ろしい事態を夢の中でシミュレーションしておくことで、現実で起こったときの準備をしておくという解釈だ。ただし、怖い夢には現実離れした奇想天外なものも多く、「それならもっと現実的な夢じゃなければ意味がないという否定的意見もあります」と常松氏は補足する。

 このように夢の意味やメカニズムについては多くの仮説があるが、しっかり裏付けが取れたものはほとんどない。睡眠の中でも、夢は謎だらけの部分なのだ。

*1 Elife. 2020 Jan 14;9:e52244.
*2 Science. 2022 Mar 4;375(6584):994-1000.
*3 Endocr J. 2012 Dec;59(12):1099-105.

日経Gooday(グッデイ) 2025年6月26日付の記事を転載/情報は掲載時点のものです]

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