東京大学名誉教授で、iPS細胞研究を支える基盤技術の開発を通じてその誕生にも貢献した血液学者・北村俊雄氏の著書『 東大名誉教授が教える 死なない生き方 科学でひもとくアンチエイジングと健康寿命 』(日本経済新聞出版)が刊行された。著者の北村俊雄氏に、執筆の経緯や、不老不死を目指す世界のトレンドや本当に正しい食事、睡眠、サプリメントの取り方などについて、全3回にわたって語っていただきます。

私は10年ほど前から、「クローン性造血」という、白血病に関係する遺伝子変異を持つ血液細胞を中心に研究しています。この血液細胞が存在すると、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患のほか、固形がん(臓器や組織に発生するがん)、自己免疫性疾患、糖尿病、骨粗しょう症など、高齢者に多い生活習慣病にかかるリスクが高まり、平均寿命が短くなる傾向があることが分かってきました。
超高齢社会の日本で、クローン性造血がなぜ高齢者に多い様々な疾患の原因になるのかは大きな課題であり、私自身の研究対象も、白血病から老化研究へと広がっていきました。最近では、これまで参加したことのなかった老年病学会や骨免疫学会、循環器学会などでも講演する機会が増えています。
神戸市では毎年、高齢者に向けた講演をしていますが、80歳以上と思われる方々が非常に熱心に耳を傾けてくださいます。聴衆は50人から100人ほどで、皆さんがメモを取り、活発に質問されるのが印象的です。
神戸新聞でエッセイを連載した時にも健康長寿をテーマにした回は反響が特に大きく、健康長寿に対するニーズの高さを実感しました。こうした経験が『 東大名誉教授が教える 死なない生き方 科学でひもとくアンチエイジングと健康寿命 』の執筆につながっています。
人生150年時代がやって来る?
日本をはじめ、欧米諸国などの先進国では高齢化が進んでおり、それに伴って老化を研究する医療・科学分野の研究者も増えています。不老不死の生命体を探す研究は以前から行われてきましたが、近年はその研究がより本格化しています。
老化するとその一部から若返って生き続ける多細胞生物のベニクラゲや、がんの罹患率が極めて低いチンパンジー、高齢になっても死亡率が上昇しない(つまり老化しない)カメ、ゾウ、ワニ、トカゲ、ハダカデバネズミなどが、研究されています。
一方、ヒトでも100歳以上生きるセンチュリアンのDNAを解析し、「長寿遺伝子」を見つけ出そうとする研究が盛んに行われています。体をていねいに扱えば、150歳程度まで生きられるのではないかと考える研究者もいます。
私自身も、150歳まで健康に生きられる時代が到来する可能性はあると考えています。今年で古希を迎えますが、少なくともあと10年、できれば20年、いや30年は研究人生を続けたいという思いがあるからです。
一方で、1997年にフランス人女性ジャンヌ・カルマンが122歳と164日で亡くなって以降、30年近く世界最長寿記録が更新されていないことから、人間の寿命はそのあたりが上限ではないかという考え方もあります。どちらが正しいのかは、現時点では判断できません。
富裕層が注目するアンチエイジング
欧米、特に米国の富裕層の間では、アンチエイジングに巨額の資産を投じる動きも広がっています。成功した人ほど、できるだけ長く健康に生き続けたいと願う傾向が強いようです。
米国の起業家であるブライアン・ジョンソン氏は、会社売却で得た1000億円超の資産と自分の時間のすべてを、老化を抑制する取り組みに注いでいます。30人の医師を雇い、摂取カロリーを1日1970kcalに制限し、30種類以上のサプリメントを服用し、早朝から運動するという生活を送っています。
その結果、老化のスピードが10歳の男児よりも遅くなったと報告していますが、科学的には対照実験がないため、厳密な検証はできていません。禁欲的すぎてストレスにならないかという懸念もありますが、人生をかけて熱中できる対象がある点では、ある種の幸福とも言えるでしょう。
ジョンソン氏ほどではないにせよ、現代社会では多くの人がアンチエイジングにいそしんでいます。ただ、ちまたにはいろんな危うい話も流れていますし、下手に飛びつくとかえって命を縮めかねません。
カロリー制限が老化の進行を抑える可能性があるという考え方は広く知られています。肥満と診断されるくらい体重が増えると、動脈硬化や糖尿病などの生活習慣病の発症リスクは高くなります。老化についてはマウスやサルの実験では、カロリー制限によって寿命が延びることが示されていますが、マウスでは反対の結果も報告されています。人間にそのまま当てはめられるかどうかは慎重に検討する必要があります。
人間においても、極端な糖質制限や炭水化物制限が推奨されることがありますが、過度な制限はかえって健康を害する可能性があります。
近年、「やせ薬」として注目されることのあるメトホルミンは、2型糖尿病(成人発症型の糖尿病)の治療薬として長年使われてきた薬です。アメリカで行われた大規模調査では、体重減少効果に加え、メトホルミンを飲んでいる糖尿病患者は、飲んでいない人より死亡率が低いという結果が報告されていますが、日本では減量目的での使用は承認されていません。また、出所が不明な製品には不純物混入の可能性もあるため注意が必要です。
2023年に発売された糖尿病治療薬のマンジャロ(一般名:チルゼパチド)も、体重減少効果で注目されていますが、日本では糖尿病治療薬としてのみ承認されています。新しい薬であるため、長期投与による影響については今後の検証が必要です。健康な人がダイエット目的で使用することはお勧めできません。マンジャロと同様の作用を有する飲み薬が海外で肥満薬として認可されましたが、あくまで肥満に対する薬であり、ダイエット目的で長期服用することの副作用はまだ分かりません。
2回目 政治的に自由な国の国民は若々しい 老化を防止するカラオケの歌い方(7月3日公開予定)
3回目 「定年してから」では遅い 老化の分岐点となる40代、50代の過ごし方(7月7日公開予定)
取材・文/茅島奈緒深 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子
