自分が嫌だと思ったら、やめる。やりたいと思ったら、始める。暮らしや仕事に関して、デンマークではそんな考え方が当たり前。シンプルに心の向くままに暮らしたり、働いたりするには何が重要なのか。日本と何が違うのか。 『「本当の強み」の見つけ方 「人生が変わった」という声続出の「自己価値発見トレーニング」』 の著者である福井崇人氏と、社会と個人の幸せが両立する仕組みづくりを提唱するデンマーク人のピーター・D・ピーダーセン氏が語り合います。前編は、「日本人の時代遅れな働き方について」。
「会社を辞める=ドロップアウト」になる国
福井崇人氏(以下、福井):日本では野党の選挙公約に消費税撤廃や減税がよく掲げられ、国民は消費税に高い関心を持っています。私自身はそれほど意識していなかったのですが、ピーターの実家を初めて訪ねたとき、デンマークの消費税にびっくりしました。
ピーター・D・ピーダーセン氏(以下、ピーダーセン):デンマークは消費税が25%ですからね。2005年当時、日本の消費税は5%でしたし、それは驚きますよね。
NPO法人NELIS代表理事、大学院大学至善館教授、丸井グループ社外取締役、明治ホールディングス社外取締役。1967年デンマーク生まれ。日本在住三十余年。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。大学卒業後、日本にて中小企業向けのコンサルティング、国際シンポジウムの企画・運営、雑誌の編集に従事。ピーター・ドラッカー、アルビン・トフラー、マーガレット・サッチャー、ヘンリー・キッシンジャーなど、海外の著名人の来日イベントを企画・運営する。2000~01年、東京MXテレビ初の外国人ニュースキャスターとして、夜のニュース番組を担当。また、00年、環境・CSRコンサルティングを手掛けるイースクエアを三菱電機アメリカ元会長の木内孝氏とともに設立。数百にわたるプロジェクトやコンサルティング案件に携わり、志ある経営者との協業とネットワークづくりに取り組む。主な著書に、『しなやかで強い組織のつくりかた』(生産性出版)、『SDGsビジネス戦略』(日刊工業新聞社、共編著)、『レジリエント・カンパニー』(東洋経済新報社)などがある。(写真=尾関祐治、以下同)
福井:驚いたので、詳しく調べたら、高い消費税の裏に手厚い福祉があることを知り、日本とデンマークの社会構造に大きな差を感じました。
ピーターは日本とデンマークの社会の違いをどのように見ていますか?
ピーダーセン:私は高校生で留学した38年前から日本に深い興味、関心がありました。実際に日本に住み始めてから30年以上が経(た)ちますが、その間に企業経営へのアドバイスや社会的責任(CSR)に関するプロジェクトを行ってきました。
様々な視点から日本を見続けてきた私としては、日本とデンマークは社会モデルが全く違うなと思います。福祉の話もそうですが、デンマークでは社会や経済は個人の暮らしや幸福実現のためにあると考えられており、その方針が国の仕組みに色濃く反映されています。高い消費税も国民の教育や医療、老後のために使われることで、受け入れられています。
一方で、日本は順序が逆です。経済と社会の中に個人がいるという順番です。つまり、個人のための社会・経済ではなく、社会・経済を動かすための個人という考え方です。
福井:デンマークの社会は個人の暮らしの質を底上げする仕組みなのに対し、日本は自分で自分を支えないといけない。その結果、自分の老後のためにお金を貯(た)める人や生命保険に入る人も多い。
ピーダーセン:実は僕も、最近保険に加入しました。
日本とデンマークで、どちらの社会がいいとは言えませんが、僕は、日本にも「入り口と出口」が増えたら、もっと住みやすくなるんじゃないかと思っています。
福井: 入り口と出口と言いますと?
ピーダーセン:辞める出口と再スタートする入り口ということです。
具体例として、デンマークの教育においては大学の授業料が生涯無料です。国民は大学に何回でも出たり入ったりするのが普通です。実際に、僕の姉も姪(めい)もそれぞれ看護師とキャビンアテンダント(CA)として仕事を始めた後、大学に戻り、勉強し直しました。現在は文化人類学の教授と人事コンサルタントになっています。
姉が大学に入り直したのは40歳のときでしたが、全く珍しいことではありませんし、デンマークの大学には様々な年齢の人がいます。つまり、何歳になってもそれまでの仕事を辞めてもいいというキャリアの出口、そして新しい興味、関心に基づいて学び始めたり、新しい業界に転職したりする入り口があります。
福井:その寛容性、自由度はとてもうらやましいですね。日本だと何かを一度やめると戻るのは難しいですし、やめること自体をタブー視する雰囲気があります。
ピーダーセン:やりたいと思ったら始める、嫌だと思ったらやめる。デンマークの当たり前が、日本ではそうではないことが、私にはとても窮屈そうだなと感じます。
福井:私の本『「本当の強み」の見つけ方』のテーマは個人の存在価値である「パーパス」、つまり「心の底からやりたくて、自分だからできる目標」に従い、生きることです。しかし、日本では社会における入り口や出口のなさから、自由に進路を決められずに、パーパスを持てない人が多い。そうした人たちに「やりたい」という思いを持ってもらいたいという気持ちが今回の書籍につながりました。
「就職」という言葉が示す意識の違い
ピーダーセン:日本とデンマークの差になっている「入り口と出口」という問題の背景には自己肯定感の差があります。実際、日本人の仕事選びは、自己肯定感の低さを加速させてしまう仕組みになっていますよね。
福井:というと?
ピーダーセン:私が大好きな日本文化の1つに漢字があります。漢字をモチーフにアート作品をつくるくらい漢字が好きなのですが、初めて「就職」という漢字を学んだときは衝撃でした。
就職は「職(仕事)に就く」と書く。字は違いますが、音は「付く」と一緒だったので、企業や組織など大きいものに引っ付いてしまう日本人の姿を表していると思ったんです。
福井:確かに日本人は組織に引っ付いて、染まる人が多い印象があります。
ピーダーセン:だから僕は前から「就職」ではなく、「創職」がいいと発信してきたんです。
福井:仕事を創るということですか?
ピーダーセン:そうです。日本人にありがちな働き方として、石の上にも三年の精神で「とりあえず名前のある会社に入って、組織のために働く」というのがあります。そうではなく、自分が何をやりたいかで、入る会社を決め、取り組む仕事を自分で創造する。つまり、創職は福井さんがおっしゃるパーパスと、本当に同じことを意味しているんです。
パーパスを持ち、自分で決めた目標に従って生きなければ、嫌でも組織や上司に付き従うしかなくなります。そうではなく、どこで働くにしても、パーパスという自分軸で物事を決めるようにすれば、幸せに働くことができます。
福井:私もパーパスや「やりたい」という気持ちを人生の軸にすることが大切だと思い、本を書きました。でも、私が大学や企業で講義をすると、金銭面などの将来への「不安」が「やりたい」というパーパス起点の原動力より勝ってしまう人が多くいます。それは一人ひとりがパーパスを持ちながら安心して生活できる環境が整っていない社会を映し出しています。
ピーダーセン:確かに、デンマークでは日本で不安視されている教育、医療や老後、雇用に手厚い公的支援があります。そのため、将来に対して不安を持たずに自分の「やりたい」という気持ちを軸に暮らすことができます。そうした社会の支えがパーパス思考には不可欠なのかもしれませんね。
文化的特性がネックになる面も
ピーダーセン:日本人がパーパスを持てない理由は、自己肯定感の低さや将来に対する不安以外にも文化的特性があると思います。
福井:文化的特性ですか?
ピーダーセン:はい。日本文化には、「道」や「型」という非常に興味深い価値観や国民性があります。日本の伝統芸能である茶道や華道には「道」の字が入っていますし、剣道や柔道には「型」が存在していることから、文化として根付いていることが分かります。
道や型は芸能、武術そのものだけでなく、そこに宿る精神を正しく引き継ぐという役割があります。また、基礎を共通化するということも、大事な役割です。それと同様に日本の社会や組織においても道や型は非常に深く根付いており、それを踏襲すべきだという考えが強く残っている印象があります。
福井:実際に「会社になじむ」という言葉がありますし、新型コロナウイルスの流行前まで当たり前だった毎日の出勤やスーツ着用もピーターの言う型かもしれません。
ピーダーセン:そうです。道や型は伝統継承の基盤となる半面、変化が必要なときには弱みになってしまうという特徴があります。最近、朝の通勤ラッシュが戻りつつあることも、出社という型に戻ろうとする力が強く働く例だと思います。
あからさまに変化を妨げようとする人を日本ではあまり見たことがありません。一方で、会社の伝統や歴史的な観点が型となり、それを守ろうとする力が強いが故に変化を生むのに苦労している会社は比較的よく見ます。
「創造的少数派」の突破力が鍵に
福井:日本の組織は以前からある型を時代の変化に合わせないといけない。でも、実際に企業を変えるとなると、どこからやればいいのでしょう?
ピーダーセン:人事部がいいかもしれません。例えば、リクルートスーツが定番の型である採用面接を私服面接にすることからでも組織の変革は始められます。
人事は会社を引っ張る次世代の人材を選ぶという点においても、変化のきっかけを一番生み出しやすい部署です。いうなれば、社内で「クリエイティブマイノリティー」として組織に風穴を開けるのが人事の役目だということです。 この考え方を歴史家のアーノルド・J・トインビーから学びました。
福井:人事部というと、今の会社に合うかどうか、価値観が一致するかどうかばかりを見ているイメージがありますが、変化を一緒に起こしてくれそうな人を見つけることこそ大事だということですね。
でも実際、この考え方を会社に取り入れようとすると、多数派(マジョリティー)、つまり型が染みついている社員に変化を抑え込まれてしまう。そうなると、創造的少数派が自分たちの意見や考えを組織に反映するのは難しいのでは?
ピーダーセン:普通に考えると少数派が圧倒的に劣勢ですが、組織が存続できるかどうかは、この創造的少数派が多数派を突破して、新しい多数派になれるかどうかにかかっています。
福井さんもパーパスを会社や組織だけではなく、個人に持ってもらうという新しいメソッドを提唱しているので、創造的少数派になりますね。
福井:私もパーパスで社会に風穴を開けられたらいいなと常に思っていますが、型を壊すには創造的少数派が不可欠なんですね。
ピーダーセン:最近は日本の企業でも少しずつ変わってきている事例があります。まだまだ少数派ではありますが。
福井:例えば、どのような会社ですか?
ピーダーセン:私がお手伝いをしている丸井グループは、会社自体がパーパスドリブンに変わってきています。
青井浩社長は10年程度前から、徐々に「手挙げ」の文化を意識し、企業カルチャーの改革に取り組んでいます。それが最近はかなり浸透し、まずは何でも「やりたい人は集まれ!」と呼びかけるようにしたことで、経営に関する議論や対話はもちろん、新規プロジェクトなどでも自ら手を挙げる人が増え始めました。
福井:社員がパーパスを持つこともそうですが、それを素直に表現できる組織も大切ですね。
ピーダーセン:組織も個人もパーパスを大切にするという変化があり、丸井では3年離職率が日本の産業界平均の約3分の1になりました。
福井:不安ではなく、「やりたい」という気持ち、パーパスが原動力になる。そんな社会の実現は、企業の取り組みが起点になるかもしれませんね。
ピーダーセン:パーパスが原動力になる社会を実現できれば、一人ひとりのエンゲージメントも高まります。そんな社会を一緒につくりたいですね。
(後編に続く)
文・構成=幸田華子(第1編集部)
「自分が心の底からやりたくて、自分だからできる目標」である個人のパーパス(存在意義)を、あなたはもう自覚できていますか? 著者自身が仕事で大きな挫折を経験し、70日間引きこもってようやく見つけたメソッドを体系化。自分を深掘りすることで、強みはもちろん「自分の価値」にも気づくことができます。働きがい・生きがいを発見する人生の旅に、一緒に漕(こ)ぎ出そう。
福井崇人(著)/日経BP/1760円(税込み)