「あなたの強みは何?」と聞かれたら、あなたは何と答えますか? もしこの質問に、言葉が詰まってしまうなら、あるいは、10年前と同じ答えをしようとしてしまうなら、今こそ、「強み」についての考え方を変えたほうがいいかもしれません。 『「本当の強み」の見つけ方 「人生が変わった」という声続出の「自己価値発見トレーニング」』 の著者・福井崇人氏と、ファンを大切にしファンをベースにして中長期的に売り上げや事業価値を高める「ファンベース」を提唱する佐藤尚之氏が、不安の時代に自分とポジティブに向き合い、自信を取り戻す方法を語り合います。前編は「あなただけの強みの見つけ方」について。
悩みの底で2人がそれぞれ出合った「1冊の本」
佐藤尚之氏(以下、佐藤):福井さんが新刊『「本当の強み」の見つけ方』で、人生を変えた1冊として紹介していた『絵とは何か』を今日、持ってきました。著者の坂崎乙郎先生の授業を大学で取っていて、学生時代に買ったものをずっと本棚に入れていたんです。
福井崇人氏(以下、福井):佐藤さんもこの本を持っていたとは! しかも、大学時代から40年以上も持ち続けていたんですか!
私は、進路に迷っていた時、高校の図書館でこの本に出合いました。ゴッホが絵に込めた強いメッセージを知って心を揺さぶられて、美術大学に行く決心をしたんですよ。
佐藤:もともと美大に進学しようって決めていたわけではなかったんですね。
福井:小さいころから絵を描くのが得意だったものの、進学校に通っていたし周囲に美大に通っている人もほとんどいなかったんです。なかなか大きな決断でしたが、この本に背中を押してもらいました。
佐藤:僕はたまたまちょっと前にこの本を読み返したばかりで。その理由も「人生に迷っていたから」。だから、福井さんが同じような理由で紹介していて本当にびっくりしたんです。
実は僕、4年前に突然アニサキス(寄生虫)が原因のアナフィラキシーショックを起こして死にかけたんです。それで重度のアニサキスアレルギーになってしまった。それまでは本業以外で食べ歩き本を何冊も出して、グルメサイトも運営して、って食は人生の大きな柱の1つだったのに、その柱を失うことになったんです。このアレルギーって、海の魚介類がほぼすべてダメなんですよね。生でも加熱してもダメな上に、ダシやエキスもダメ。これって和食がほぼNGになったということだし、お総菜や調味料に多用されるアミノ酸系の添加物もダメになってしまったから、スーパーやコンビニで売られている加工食品もほぼ食べられなくなってしまったんですね。
福井:佐藤さんといえば、旅とグルメの本、というイメージですよね。
佐藤:そう、人生の多大な時間をかけてやっていました。でももう外食や旅行も本当に不自由になるし、僕と行くと入れる店が本当に限られるから、友人とも外食や旅に行けなくなった。それでかなり気分が落ち込んでしまって、長く立ち直れなかったんです。で、「立ち直るために何かしないと」と思っていろいろやってみたんだけど、そのうちの1つが「食の代わりにアートを人生の趣味にできないか」だったんですね。そして手始めに美術検定1級を受けるための勉強を始めたんだけど、その際に「そういえばあの本、再読してみよう」と読んだのがこの本だったんです。
福井:そんな大変な目に遭われていたとは。まさに人生が一変されたんですね。
佐藤:かなり食に頼って生きてきたので、まさに一変しましたね。あまりにつらかったので、克服するために「1000日チャレンジ」って呼んでいろんなことにチャレンジしました。ランニングを1000日続けたりもしましたね。美術検定も3年目に無事1級に受かりました。
「強み」を失って気づいた「人生の新しい可能性」
佐藤:強制的に人生がリセットされたことで、パーパス(自分の存在意義、価値)も変わりました。福井さんの新刊を読みながら、自分のこれまでのパーパスをたどってみたくなって書き出してみたんだけど、意外と変遷してきているなぁということにも気づきました。まず、電通勤務時代も含めて振り返ってみて気づいたのは、僕は若いときから飲み会やイベントの幹事をやったり、コミュニティーをつくったりして、人々の「ハブ」になることをやっていた、ということ。「ひとをつなぐ」ことが僕のパーパスだったんだな、と。
福井:佐藤さんの会社名「ツナグ」はパーパスだったということですね。
佐藤:社名を考えたときはパーパスは意識してなかったけど、結果的にはそうですね。その一方で、「ひとに伝える」という本業に関わることもパーパスだったかなぁと思います。本業である広告コミュニケーションはもちろんのことだけど、それ以外に、食の本や連載を書いていたし、なによりネットでの発信を多くやっていて、新しい伝え方にはなんでも手を出していました。僕、ネットで発信を始めたのが割と早かったんですよ。1995年には個人サイト「www.さとなお.com」を開いてた。
福井:Google(サービス開始は1998年)やYahoo!ジャパン(同96年)よりも早いんですね!
佐藤:まだ個人サイトが全国に100個ぐらいしかない時代で、周りにやっている人は誰もいなかった。でも、やり始めてみたらネットの無限の可能性に気づくわけですよ。だから、当時勤務していた電通関西支社で役員に自主プレゼンして口説いて、ネット・クリエイティブの部署を立ち上げたんです。まだ他の代理店もどこもそんな部を立ち上げていない時期ですね。1996年くらいです。当時僕がいた部の同僚のCMプランナーやコピーライターからは呆(あき)れられましたけど。
福井:そのころのテレビCMの影響力は今とは比べものになりませんでしたから。
佐藤:当時、僕のサイトの閲覧数は1日5000人くらいで、それでもかなりの人気サイトだったけど、同僚たちからしたら、CMを作ってテレビで流せば何百万人に見てもらえるじゃないか、と。そんな数千人が見るもの作って何やってんだ、と。
でも、僕にとってはその「1日数千人」としっかり情報や思いを共有できるほうが重要に思えた。つまり、ネットを毎日濃くやっていたことで、マスメディアという「不特定多数」に伝えることの限界を感じると同時に、「特定少数」に伝えることの大切さに気がついた、ということですね。
福井:そこから、佐藤さんの、商品やサービスを愛する生活者を大切にして一緒に成長していく「ファンベース」につながっていくんですね。
佐藤:そうですね。1996年くらいに感じたその考え方が今の「ファンベース」につながっていると思います。そういう流れがあった上で、4年前に厄介な食物アレルギーになり、今度は「弱さ」みたいなものを実体験することになります。今まで得意分野だった食がものすごく不自由になり、いわば「弱者」的になったことで見えてきたことがあって。その経験がまた僕を大きく変えている最中です。「ひとをつなぐ」こと、「ひとに伝える」こと、それらを両輪にしつつ、「弱者の視点から見た世界」に思いが行っているのが今です。
そんなこともあって、今のパーパスは、「つなぐ」と「伝える」を前提とした上で、「ひとにやさしい世界をつくる」ですかね。持っているスキルを生かして、身近なところからやさしい世界をつくって広げて行きたいな、と考えています。こういう整理も、福井さんの本を読んだからこそできたこと。福井さん、この本、ありがとう!
福井:佐藤さんにそう言ってもらえるなんて、感動です。強み探しは就活生だけでなく、何歳においても大事だと改めて気づかされました。
福井:「弱さ」って、家庭でも学校でも克服すべきもの、みたいに教えられているけど、実は強みになるんですよね。なぜなら、弱さのほうがその人を特徴づけるから。弱さは自分の体験に紐(ひも)づいていて、自分の内面と深くつながっている分、個性が出るんですよね。
佐藤:「本当の強さ」は実は、弱さとつながっている、と。
福井:逆に、強さのバリエーションって、大してないんです。オリンピック選手のように、ズバ抜けた身体能力みたいなものがあれば別だけど、ほとんどの人にそんな能力はない。そうなると、頭がいいとかコミュニケーション能力が高いとかって抽象的になって、具体性に欠けるから、ほかの人と差別化しにくいと思うんです。
佐藤:世間ではよく「置かれた場所で咲くことが大事」とか、「ある分野の一流を目指しなさい」とか言われるけど、それができるのは限られた人。僕もずっとそう思っていました。
「100人に1人」を3つかけ合わせていく
佐藤:僕が目指してきて、後輩たちにもよく言っていることは、「100人のうちの1人になれ」ということです。
1万人の中の1人、つまり一番になるのは大変ですよね。会社なら社長になるようなことです。まぁ無理です。でも100人の中の1人にはなれる。それは「学校のクラス2つ分の中の1番」を目指す感じです。そのくらいなら、分野によってはなれるんです。英語とか数学とかでは無理でもサッカーとかゲームの腕とかマンガを読んでる量とかだったらなれたりする。まずその1/100を1つ持とう、と。で、例えばそれを違う分野で3つ持っていると、100×100×100で、「100万分の1の人」になれるわけです。それが、福井さんの言う「強み」に近いように思います。
福井:「100万分の1」? どういうことですか?
佐藤:例えば、僕は、本業である「広告制作」で100人に1人くらいにはなっていたと思うんですね。広告制作のプロたち100人の中の1人、ではなく、一般人も含めた100人の中の1人。まぁ多少仕事をしていればそのくらいには入るわけですよ。で、それ以外に、長年やっている個人サイトやSNSも含めて、「ネット分野」でも100人に1人くらいにはなっていたと思います。それで1/100×1/100なので、1万人に1人の存在ということになります。で、例えば当時僕は「食」も1/100くらいは詳しかったんですね。アレルギー前ですけどね。そうなると、1/10000×1/100、つまり、広告制作ができてネットが詳しくて食に詳しい人、という「100万人に1人」の存在だ、ということです。実際、そういう状態になると、大手食品メーカーから名指しで仕事が来るようになったりしていました。
福井:なるほど、面白いですね。でも、誰でも「100万分の1」になれるでしょうか。
佐藤:かけ合わせる3つは何でもいいんですよ。例えば僕が運営している「4th」というコミュニティーには、「年間1000席、落語を聴きに行く」という人がいます。それだって100分の1かそれ以上でしょ。しかもその人の本業はネット系のプロデューサーでそちらでも1/100、しかもラテン音楽のミュージシャンでもあって、そこでも1/100。完全に100万人に1人の人なんです。そうなるとユニークな存在として目立ちもするから、今では噺(はなし)家さんのサイトを作ったり、他アーティストのマネジャー業もやったりと、幅が広がっています。
ほかにも、5年以上毎日カレーを食べているうちにマツコ・デラックスさんのTV番組に出たり、毎日チョコを食べているうちにチョコの専門家になったり、知り合いにもいろいろいます。みんなこの「1/100理論」に感化されて何かを始めて、自分の得意分野を増やしてかけ算していった人たちです。
福井:100分の1の力、すごい! 見つけるコツは、やっぱり自分が好きなことの中から探すといいですか?
佐藤:そうですね、「やっていて自分が飽きないこと」が重要かな。とはいえ、すでにみんながやっているレッドオーシャンをあえて目指すより、あまりやっている人がいないブルーオーシャンのほうがいいと思うな。
福井:面白いですね。私の100分の1は何だろう?
佐藤:福井さんは、広告の賞をバンバン取ってきていますから、そこは100分の1どころか1000分の1ですよね。それに、アートにすごく詳しくて、デッサンも上手。パーパス思考に関しても100分の1だから、すでに100万分の1以上ですね。
福井:私も「100万分の1」とはうれしいですね。ただ、内容の偏りが気になります。「そうくるかー!」っていう意外性のある3つをかけ合わせられないか、もうちょっと考えてみます!
文・構成=茅島奈緒深
「自分が心の底からやりたくて、自分だからできる目標」である個人のパーパス(存在意義)を、あなたはもう自覚できていますか? 著者自身が仕事で大きな挫折を経験し、70日間引きこもってようやく見つけたメソッドを体系化。自分を深掘りすることで、強みはもちろん「自分の価値」にも気づくことができます。働きがい・生きがいを発見する人生の旅に、一緒に漕(こ)ぎ出そう。
福井崇人(著)/日経BP/1760円(税込み)