自分が嫌だと思ったら、やめる。やりたいと思ったら、始める。暮らしや仕事に関して、デンマークではそんな考え方が当たり前。シンプルに心の向くままに暮らしたり、働いたりするには何が重要なのか。日本と何が違うのか。 『「本当の強み」の見つけ方 「人生が変わった」という声続出の「自己価値発見トレーニング」』 の著者である福井崇人氏と、社会と個人の幸せが両立する仕組みづくりを提唱するデンマーク人のピーター・D・ピーダーセン氏が語り合います。後編は、「社会・企業・個人が対等になることで生まれる企業成長」。

(前編から読む)

誰のパーパスも無下(むげ)にしない「トレード・オン」

福井崇人氏(以下、福井):デンマークは幸福度が高い国として有名ですが、一方で日本の幸福度はかなり下位です。今年の世界幸福度ランキングではデンマークの2位に対し、日本は54位になっています。(出典:Happiness, benevolence, and trust during COVID-19 and beyond|World Happiness Report)

ピーター・D・ピーダーセン氏(以下、ピーダーセン):幸福度が高いからといって、デンマークがすべてにおいて日本より勝っているとは思いませんし、日本よりダメなところもあります。ただ、日本には変化を恐れる風潮がかなり強くあるため、幸福度が低いにもかかわらず、その状況を打開する動きが起こりにくい気がします。

ピーター・D・ピーダーセン<br>NPO法人NELIS代表理事、大学院大学至善館教授、丸井グループ社外取締役、明治ホールディングス社外取締役。1967年デンマーク生まれ。日本在住三十余年。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。大学卒業後、日本にて中小企業向けのコンサルティング、国際シンポジウムの企画・運営、雑誌の編集に従事。ピーター・ドラッカー、アルビン・トフラー、マーガレット・サッチャー、ヘンリー・キッシンジャーなど、海外の著名人の来日イベントを企画・運営する。2000~01年、東京MXテレビ初の外国人ニュースキャスターとして、夜のニュース番組を担当。また、00年、環境・CSRコンサルティングを手掛けるイースクエアを三菱電機アメリカ元会長の木内孝氏とともに設立。数百にわたるプロジェクトやコンサルティング案件に携わり、志ある経営者との協業とネットワークづくりに取り組む。主な著書に、『しなやかで強い組織のつくりかた』(生産性出版)、『SDGsビジネス戦略』(日刊工業新聞社、共編著)、『レジリエント・カンパニー』(東洋経済新報社)などがある。(写真=尾関祐治、以下同)
ピーター・D・ピーダーセン
NPO法人NELIS代表理事、大学院大学至善館教授、丸井グループ社外取締役、明治ホールディングス社外取締役。1967年デンマーク生まれ。日本在住三十余年。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。大学卒業後、日本にて中小企業向けのコンサルティング、国際シンポジウムの企画・運営、雑誌の編集に従事。ピーター・ドラッカー、アルビン・トフラー、マーガレット・サッチャー、ヘンリー・キッシンジャーなど、海外の著名人の来日イベントを企画・運営する。2000~01年、東京MXテレビ初の外国人ニュースキャスターとして、夜のニュース番組を担当。また、00年、環境・CSRコンサルティングを手掛けるイースクエアを三菱電機アメリカ元会長の木内孝氏とともに設立。数百にわたるプロジェクトやコンサルティング案件に携わり、志ある経営者との協業とネットワークづくりに取り組む。主な著書に、『しなやかで強い組織のつくりかた』(生産性出版)、『SDGsビジネス戦略』(日刊工業新聞社、共編著)、『レジリエント・カンパニー』(東洋経済新報社)などがある。(写真=尾関祐治、以下同)
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福井:現状を打破するための1つの考え方として、ピーターが提唱している「トレード・オン」という考え方があると思うんです。

 今までの日本では何かをするとき、どちらか1つを取る、具体的に言うと、会社の利益と社員の健康だったら会社の利益を取るというような考え方が普通でした。これは、二律背反を意味する「トレード・オフ」。ピーターが提唱しているのは、この反対の考え方ですよね?

ピーダーセン:そうです。今までは社会の価値と企業の価値は二律背反で両立しなくても許容されていました。福井さんもおっしゃるように、社員の健康や環境問題は会社の利益と引き換えにトレード・オフされていた代表例です。

 ですが、今は企業と社会はもちろん、企業と個人もトレード・オンである。つまり、お互いの価値を最大化することが大きな発展につながると考えられています。なぜなら、トレード・オフが許されない時代になってきたからです。

 トレード・オフから遷移したトレード・オンの考え方を図解したのがこちらです。

■トレード・オンとは
■トレード・オンとは
社会的価値と企業価値の両方を高める「トレード・オン」の考え方(出所:ピーダーセン氏作成)
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 右半分は企業と社会の関係を表しています。社会価値と企業価値のどちらかが軽視され両立されていないとトレード・オフ、どちらも低下している場合はダブルトレード・オフになります。左半分は個人と企業の関係です。企業業績と個人のQOL(Quality of Life)も同じようにトレード・オフもしくはダブルトレード・オフの関係性になります。

 この図にあるように、企業と社会と個人がそれぞれ可能性を最大化し、左右すべてのバランスが取れている状況をトレード・オンとしています。ですので、トレード・オンは真ん中に位置し、健全な企業発展・成長領域が得られるバランスを表しています。

 つまり、業績やイノベーションにこだわるからといって、社会的価値や個人のQOLをおろそかにしてはいけないのです。むしろ並立して高くすることで企業も個人も、社会もさらに成長していきます。

福井:並立して高くする、ビジネスの「三方よし」を落とし込んだような考え方ですね。

 この考え方を日本の様々なところで応用できれば、個人も生きやすく、働きやすく、会社も経営しやすくなりますよね。

「トレード・オンは三方よしのような考え方なんですね」と語る福井氏
「トレード・オンは三方よしのような考え方なんですね」と語る福井氏
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トレード・オンを日本で実現するための近道、政治

ピーダーセン:自分軸を持つ人が増えれば社会を変えることができますが、実際に自分で具体的な変化のきっかけを生み出すには、極論すると政治家になるしかありません。でも、もっと簡単に社会変革に参加するにはまず政治に参加することが大事です。

福井:政治に参加する、選挙権を行使するということですか?

ピーダーセン:はい。法制度など国を変える上で政治はとても大きな鍵となります。デンマークでも社会の変化に政治が大きな役割を果たしています。

福井:デンマークでは選挙の投票率がかなり高いと聞いたことがあります。

ピーダーセン:国政選挙の最近の投票率は約85%です。しかも、毎回保守派、リベラル派で得票数が拮抗するんです。与野党の入れ替わりも激しいです。それで、有権者も「一票の力」を実感するのです。

「デンマークでは保守派、リベラル派の得票数が拮抗します」と語るピーター氏
「デンマークでは保守派、リベラル派の得票数が拮抗します」と語るピーター氏
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福井:日本では先日の参院選の投票率が約52%なので、結構な違いを感じます。

 実は、私は日本人がデンマークの人々のように政治に対しての当事者意識を持つには、パーパスという発想が役に立つと考えていました。それは、パーパスを持つ過程で自分の弱みから「本当の強み」を見つけられることに由来します。

ピーダーセン:弱みから強みを見つける?

福井:私のメソッドでは強みよりも弱みに重きを置くことで、そこから強みがどこにあるかを見つけ出します。自分の弱みを知ると社会の弱み、つまり多くの人が困っていることが分かり、「解決したい」という「優しさ」につながります。一人ひとりがパーパスを持つことで生まれる「強さ」と「優しさ」が社会に対して向けられれば、自分軸を持って投票する人が増えると思います。

ピーダーセン:パーパスを持ち自分軸で物事を見ることで、国の弱みも見える。そしてそれを「変えたい」という気持ちが投票につながることで個人や社会の動きが変わる。まさにパーパスから社会変化が起こるのですね。

福井:解決できる課題も増えます。例えば、低下が懸念されている出生率とか。

ピーダーセン:実はデンマークも80年代は今の日本と近い1.40にまで出生率が下がった時期がありました。でも、深掘りの政策で、今では1.70~1.80まで回復しています。

福井:深掘りの政策?

ピーダーセン:出生率には結婚や戸籍の制度が関係しています。デンマークでは出生率そのものに注目するだけでなく、問題の起点にある制度を変える政策を実行しました。

 具体的には、結婚に加えてもう一つ、「レジスターパートナーシップ」という制度をつくりました。言葉の意味の通り、パートナーを公的に登録することができる制度ですが、従来の結婚より寛容性が高く、人生を自由に選択し、デザインできます。

 つまり、結婚をしないで子育てをする選択も自由にできますし、登録を解消しても共同親権になるので両親が代わる代わる育児に携わることができます。

 日本でいう戸籍も、デンマークはCPR(Det Centrale Personregister)という国民一人ひとりを登録する制度です。日本のように「女性が男性の戸籍に入る」という考え方はなくなってきています。実際にデンマークでは、結婚するときに名字を変える人がほとんどいなくなりました。

福井:人生を自分でデザインしていくという考えを持った人や、それを当たり前とする社会。それを目指したいですね。

(写真:Shutterstock)
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実践的なトレード・オンを生活に取り入れてみよう

福井:トレード・オンは素敵(すてき)な考え方ですが、日本ではまだ浸透していないこともあり、実現が難しいのではと、つい感じてしまいます。

 デンマークではこのトレード・オンは実生活のレベルで実現されているんですか?

ピーダーセン:はっきりと実現できているかは個々人の価値観や働き方もあるので何とも言えません。でも、私は実生活に取り入れやすいトレード・オンの実践法として「二重生活をすること」があると思います。

 確か福井さんも大手広告代理店勤務時代に、会社員をしながら、NPOを立ち上げていましたよね。

福井:デンマークの幸福度の高さを実地で学んだり、地球温暖化で消えゆくグリーンランドの氷河を間近で見たり。一生忘れることのない経験です。その活動をまとめた本『宮崎 あおい&宮崎将 Love,Peace & Green たりないピース2』の制作には、ピーターにも力を貸してもらいました。

 当時私は、会社員に向けて、「本業以外にも活動の幅を広げて、名刺をもう1枚、持てるようにしよう」と呼びかける「2枚目の名刺」活動に力を入れていましたが、この活動こそ、まさに二重生活でした。

ピーダーセン:日本人はトレード・オフの考えで1つの仕事に100%の力を注ぐという人が多いです。そのため二重生活を実践している人はあまりいない印象があるのですが、北欧では福井さんのような人が結構います。

 デンマークの夏は、夜10時ごろまで日が沈みません。大体午前8時から午後4時までが仕事で、その後、日が落ちるまでに生活がもう1つあるイメージです。そこで仕事とは違う顔を持つことができます。

福井:私も実際に二重生活を送っていることで、人に言われたことだけでなく、自分のやりたいこと、「パーパス」を大事にできています。私も無意識のうちにトレード・オンを求めていたのかもしれません。

ピーダーセン:二重生活の二重は何でもいいんです。趣味でも家族でもボランティアでも。ただそこに自分のパーパスを自由に反映できるところがあればいいんです。せっかくなら、幸せに生きないともったいないですからね。

福井:本当にその通りですね。一人ひとりが自分のパーパスをあきらめることなく、社会の中でも企業の中でも幸せに働ける。そんなトレード・オンの考えが日本社会に広まったらうれしいです。

ピーダーセン:私がいつも思うのが、楽(らく)と楽しいは同じ漢字だけど、同じことではないということ。楽でも楽しくないことがあるし、逆にハードでも楽しいこともある。本当にそこに「やりたい」という気持ち、パーパスがあるかどうかで変わります。

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文・構成=幸田華子(第1編集部)

ガシガシ書き込みながら自己分析できる自分探しメソッド

「自分が心の底からやりたくて、自分だからできる目標」である個人のパーパス(存在意義)を、あなたはもう自覚できていますか? 著者自身が仕事で大きな挫折を経験し、70日間引きこもってようやく見つけたメソッドを体系化。自分を深掘りすることで、強みはもちろん「自分の価値」にも気づくことができます。働きがい・生きがいを発見する人生の旅に、一緒に漕(こ)ぎ出そう。

福井崇人(著)/日経BP/1760円(税込み)