大学受験における「一般入試組」の比率が半数を切るようになり、多くの大学で偏差値が意味を失っている。その一方で激しさを増すのが、東京大学、京都大学、国立大学医学部といった最難関大学への競争。中学入学時点から大学受験に備えて勉強する子供たちも――。二極化する入試、その先に待つ未来とは? 日本経済新聞社編 『「低学歴国」ニッポン』 (日経プレミアシリーズ)より抜粋して解説する。(登場人物の肩書と年齢は取材当時)

「東大・京大に余裕を持って合格する」が目標

 「合格おめでとう 次は東大!!」。開成や桜蔭、筑波大付属駒場といった最難関の中学に合格直後の小学6年生に、こんな呼びかけをする進学塾がある。東京大学の受験指導で定評がある「鉄緑会」(東京)だ。

 中学受験が終わった途端に始まる大学受験の勉強。鉄緑会は中学1年から高校3年まで6年一貫のカリキュラムが指導の柱だ。数学なら大学受験の範囲の大半を中3までに学び終え、6年間で高校の範囲を4周するという。2022年度は大阪校との合計で東大合格者の2割弱、518人を同会出身者が占めた。

「鉄緑会」ウェブサイトによると、2022年度の東大理科三類合格者は100名中44名がその出身者だという(写真はイメージ)(写真/Shutterstock)
「鉄緑会」ウェブサイトによると、2022年度の東大理科三類合格者は100名中44名がその出身者だという(写真はイメージ)(写真/Shutterstock)
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 冨田賢太郎会長は「東大・京大などに余裕を持って合格するのが目標」と強調する。冨田会長によると、東大や京大、国立大医学部の入試問題はかつてと比べてかなり難しくなっている。以前は東大の中でも最難関とされる理科Ⅲ類も得意科目があれば突破できたが、今は全科目でバランスよく得点することが求められるという。

 「入試がこれだけ難しくなったのは、私たちが得点力を引き上げていることの影響もあるかもしれない」。冨田会長は自負を込めて語る。

「受験は逆転のチャンスであるべき」

 一般選抜の比率が下がって総合型や学校推薦型の比率が高まったことで、多くの大学で偏差値は意味を失った。一方、最難関大への競争は激しさを増している。

 行き過ぎた競争は受験準備を前倒しで始めた子が有利になり、周囲より遅れて能力を発揮する大器晩成型が不利になる構図を生みかねない。

 進学実績を伸ばしたい高校側の思惑がそれに拍車をかける。一貫教育を徹底するため成城や豊島岡女子、本郷といった東京都内の有力私立中高は19年度以降、次々に高校からの募集を停止。東京や千葉の公立一貫校でも同様の動きが進む。

 波は地方にも押し寄せる。茨城県では20年度以降、水戸第一高校や土浦第一高校のトップ級を含む10校が中高一貫に転換した。県内の大手塾では直近3年で一貫校向けコースの塾生が1.5倍に膨れ上がった。群馬など他の県でも公立進学校や私立の中高一貫化の動きが目立っている。

 こうした状況を危惧する声は絶えない。その一人、小林さやかさん(34)は「受験は逆転の大チャンスであるべきだ」と受験競争の早期化を心配する。小林さんは高校2年の夏に奮起し1日15時間の猛勉強を続けて慶応大に現役合格したが、高校での成績は「ビリだった」。逆転のストーリーが映画「ビリギャル」などのモデルになった。

 講演で「ビリギャル」の実体験を聞いた中高生が「自分も早稲田大学や慶応大学に行きたい」と思い立っても、周囲の大人が「あなたは地頭が悪いから無理」などと言って意気込みをくじくことがあるという。

 「小さい頃から塾に行かないとダメ、という風潮が助長されていると痛感する。ブレーキをかけるだけで、エンジンをかけてあげる大人が少ない」。小林さんは訴える。

日本型受験エリートは今後も通用するのか

 日本のエリート選抜は筆記中心の画一的な試験が中心だった。学習指導要領をもとに全国どこの学校でも同じ範囲、内容を学んでいるとの前提に立ち、ペーパーテストこそが公平な選抜であるとみられてきた。結果的に、塾に通って効率よくミスなく入試問題を解く力をつけることが学歴社会で有利になる近道となってきた。

 しかし社会のデジタル化やグローバル化が急速に進む21世紀は、柔軟な発想で新たなイノベーションを生み出せる「知」の力が国力を左右する時代になっている。幼少期から塾に通い、ひたすら解答スキルを磨き上げた受験エリートで今後も通用するのか――。懸念する声は教育界にも産業界にもあるが、難関大学の入試に抜本的な変化は乏しい。競争の渦中にいる受験生の意識も大きくは変わらない。

 そんな日本にも変化の兆しはある。国内のしがらみを超越し、時代のニーズにも敏感な海外大学に、国内の高校から直接進学する生徒が目立ってきたことだ。渋谷教育学園渋谷中高(東京)は毎年、1学年約200人のうち15人ほどが海外大学を受験する。もともとは帰国子女の生徒が志願者の中心だったが、最近は海外在住や留学の経験が全くない生徒の志願者が増えている。

海外の大学に進学する生徒が目立ち始めている。写真はエール大学(写真/Shutterstock)
海外の大学に進学する生徒が目立ち始めている。写真はエール大学(写真/Shutterstock)
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 22年春の卒業生は7人がエール大学やミネルバ大学といった欧米の難関大に進んだ。22年4月に就任した高際伊都子校長によると、海外大学に進学した卒業生が帰国して学校に遊びに来ることも多く、在校生としても海外が特別な進路という感覚が薄いのだという。

 米国の大学の選抜では高校の成績評価に加えて、対外的な活動の実績やエッセー、推薦状など様々な項目の総合的な評価をするケースが多い。日本の大学入試とはかなり趣が異なる。合格するには特別な準備が必要になるため、渋谷中高では専門の教員を置いて生徒の準備を支えている。

 海外進学を選ぶ高校生たちの動機は、米国の優れた宇宙工学やコンピューターサイエンスを学びたいという専門志向や、経済学と物理学をどちらも専攻するような「ダブルメジャー」、演劇や芸術を学問として深めるような大学の特色など多岐にわたる。

 どちらの偏差値が高いか、より入学が難しい大学はどこかという物差しではない。「本人が何を学びたいのか、どこの大学が自分に合っているのかを最優先する生徒が多い」と高際校長はみる。海外大も日本の難関大も同じ選択肢の一つと捉える傾向の強まりを年々感じている。

 明治維新や戦後改革など日本の教育、日本社会の転換点には常に外圧の存在があった。弊害が指摘されながらも変わらない難関大の入試を変えるのも、外圧なのかもしれない。

日経プレミアシリーズ『 「低学歴国」ニッポン
理解が早い子も遅い子も満足できない学校教育、真のエリートを輩出しづらい入試システム、いまだにPTA頼みの学校運営……日本の教育界にはびこる旧弊を追いかけ、その打開策を考える。日経連載「教育岩盤」を大幅加筆のうえ書籍化。

日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/990円(税込み)