安井政樹さんの新刊『 「考える力」と「好奇心」をぐんぐん伸ばす AI×学び入門 』(日経BP)について、元北海道公立中学校の校長の森万喜子さんは、「親だけじゃなくて、学校の大人、社会の大人たちにも読んでほしい。子どもとともに学ぶ、面白がる、そんな大人としてのあり方を考えさせてくれる一冊」と言います。自らも学校教育に携わってきた森さんが、この本の魅力を語ります。

子どもをAIに駆り立てるのは、実は昭和世代の大人の価値観

 よくぞ書いてくださいました。こんな本が必要なのです、今。親だけじゃなくて学校の大人、社会の大人たちにも。

 生成AIは私たちの日常生活に浸透しています。最近新しくしたスマートフォンでメールを見ようとすると、要約文が入っていることに気づきました。「講演相談 オンラインで時期は8月以降 予算は5万円」とか。私宛てのメールなのに私が開封する前に読まれているような気がしてちょっと驚くけれど、情報が押し寄せる今、確かに便利。

 子どもたちの生成AI活用は、私たち大人が思っている以上に進んでいて、子どもたちはAIを愛称で呼び、さまざまなプロンプトを出して楽しんだり助けてもらったりしています。私たちの子ども時代に読んだ『アラジンと魔法のランプ』の魔神がカジュアルに、誰にでも来てくれる日常がやってきたように感じます。

 そして私たちは心配になるのです。なんでも願いをかなえてくれるドラえもんやランプの魔神みたいなものを未熟な子どもに渡しちゃうと大変なことになるのではないか? とりあえず遠ざけたほうが無難なようだ、と。
 子育て世代より上、どちらかというと祖父母世代に近づいた私たちは、正解主義の中にどっぷりとつかった大人です。なるべく早く正しい答えを得ることが正解、協調性や粘り強く取り組むことが大事と考えがち。それでも昭和時代に子ども時代を生きた身は、今より余白の多い時間を生きてきたので、好きなことに時間を費やしたり、のんびり過ごしたりする時間もありました。でも、成長し大人になって、情報もタスクも多い「今」を生きることに慣れてしまい、子どもたちにも、もっとスキルを、もっと学力を、もっと頑張って、を知らず知らずに求めてしまっています。そんなところに登場したAIにちょっと脅威を感じるのです。「この魔法の絨毯(じゅうたん)に乗って、子どもたちは自分で考えず、楽な道ばかり選ぶのではないか」

学ぶことは生きること 「大人の都合」で学びを奪うな

 著者の安井政樹氏は、大学で教員養成に関わるかたわら、文部科学省学校DX戦略アドバイザーとして、年間100件を超える教育現場に出向き、教員研修や児童生徒への授業を行っています。特別の教科「道徳」についても造詣が深く、今日本の中で、これからの教育に向けた大きな潮流をつくっている人たちの一人である、と私は考えています。その視点は新しい時代の教育技術やスキル向上にのみ向かうのではなく、安井氏は教育活動の哲学、倫理、子どもたちへの発達に対する知見、学ぶことについての広く深い洞察と理解を持っておられます。

 教育の世界では「主体的」「子どもがまんなか」「子どもが主語」「誰一人取り残さない」というキラキラした言葉があふれているけれど、大人の都合でうまく丸めてしまっている授業、拾い上げられない子どもたちの思いはないか、と、安井氏の授業を観(み)る視点、子どもを、子どもと大人との関わりを見つめる視点が温かく、優しく、ゆるぎない軸を持ったあり方が、この本を読むことで一層しみ込んでくるのです。

 学ぶことは生きること。親として、大人として、「正解を持っている者」として子どもたちの前に君臨するのではなく、ともに学ぶ、面白がる、そんな大人としてのあり方を考えさせてくれる一冊です。