昨今、身の回りのものの値上がりを実感する機会が増えました。多くの企業では賃上げが行われているものの、実質賃金は低下しているともいいます。こうした「一生懸命働いても、豊かにならない」背景には、日本ならではの考え方と価値観が潜んでいると指摘するのは、葛飾区の町工場の3代目で、2020年から毎日SNS(旧Twitter、X)などで統計データを発信し続けてきた小川真由(まさよし)氏です。小川氏の著書『 経済の現場から統計データで見る インフレ日本の安い賃金 誰かの犠牲に支えられた「サービス過剰」を終わらせよう 』(日経BP)から、日本の実態を見ていきます。
日本人の働き方は、世界からどう見えているのか?
国ごとに従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や愛社精神)の度合いを数値化した、GALLUP社の有名な調査があります(表1-1)。
この調査によれば、日本は熱意ある社員(Engaged)の割合はたったの7%で、140か国中136位と、世界最低レベルの評価です。米国は32%で19位、ドイツは12%で114位です。日本は、熱心な労働者が非常に少ない国として評価されています。
そればかりか、日本では不満を抱き反発的な社員(Actively disengaged)の割合が22%で世界33位と高い水準なのも特徴的です。米国は17%で55位、ドイツは16%で59位です。
ひと昔前まで日本人は「エコノミックアニマル」などと呼ばれ、熱血サラリーマンが多かったといわれます。当時は、栄養ドリンクのテレビCMでも「24時間戦えますか」といったフレーズが話題となっていました。
ところが、近年ではこの調査の結果が示すように、むしろ無気力で熱意に乏しく、他人任せの労働者が増えています。
私の周辺でも、「指示されたこと以外はやらない」「教わっていないからできない」という態度をとる労働者が増えているように感じます。通勤電車を見ても疲れ切って活力のない労働者ばかり見かけます。
なぜ、日本の労働者はこんなにもやる気を失ってしまったのでしょうか?
そこには、「仕事の価値」を正しく評価されない苛立ちや失望感、諦(あきら)めが大きく作用しているのではないかというのが私の仮説であり、本書で明らかにしていきたい問いの1つです。
日本人の「(仕事の)価値」についての考え方
本書における「価値」とは、取引を通じて提供されたモノやサービスに対して顧客が得られた満足感や期待です。
売り手側からすると、顧客へ提供する価値とは、仕入れた価値に自分たちの仕事の価値を加えたものです。この、自分たちの仕事の価値を金額で表したものが付加価値であり、給与はそれを分配したものです。
皆さんの多くは、従業員や経営者などとして企業で働き、その対価として給与を受け取っているはずですね。皆さんの給与は、先進国ではかなり低いことはよく知られているのではないでしょうか。
給与はその人の仕事の価値を測る最も重要な指標の1つです。
つまり、日本人の給与が低い事実は、それだけ、人の仕事に価値が認められていない証拠でもあります。
「安いことはいいことだ」という価値観に潜む異常性
日本の仕事の価値の低さは、仕事の対価であるモノやサービスの安さにも表れています。
日本人には、「安い=良い」と、価格を感情的に受け止めやすい傾向があるようです。「良心的な価格」という表現があるのは、その価値観を端的に表しているように思います。値段を安くすることがあたかも「善行」のように捉えられていて、逆に、値段が高いことには「悪徳」のようなイメージが付きまといます。
もちろん、一部のいわゆる「転売ヤー」のように、需給のアンバランスを逆手に取った極端に高い値付けは大いに問題ですが、自らが窮乏しながらも顧客に安さを提供するという、非合理なビジネススタイルが当たり前になっているのも事実です。
日本固有の「仕事の安さ」についてもう1つの重要な観点が、買い手側の立場でも「他より安くないと買わない」「お客様(私たち)は神様」といった購買行動が定着していることです。買い手として、安くないと損をした気になってしまうのです。
日本は外国と比べて安くて良いモノやサービスがあふれ、消費者として困ることはあまりありません。
その一方で、「高い品質のモノやサービスをいつでも安価で買えること」に慣れてしまい、「その取引価格が適正かどうか」に無頓着になってしまったようにも見受けられます。
さらにいえば、安くて良いモノやサービスは当たり前で、それに加えて取引時の心地よさや優越感を求めるようにさえなっています。横柄な顧客が増え、店側が困惑するという話はSNSなどでも日常的にシェアされています。
行きすぎた安さ崇拝は企業間取引でも
近頃ではカスタマーハラスメント(カスハラ)がクローズアップされ始めています。メディアでもサービス業などのカスハラに関する話題が増えていますが、実は、企業間取引でこそカスハラ・下請けいじめが顕在化しています(図1-1)。
公正取引委員会による調査結果を見ると、2010年代から、発注側による買いたたき・下請代金の減額・下請代金の支払遅延などの違反が急激に増えています。下請けという表現が見直され、従来の下請代金支払遅延等損害防止法(下請法)が内容も新たに中小受託取引適正化法(取適法)へと変更されたのも象徴的な変化です。このようなカスハラや下請けいじめは社会課題として認識され始めているのです。
私の周辺でも、少しの手落ちでも無償で再製作を指示されたり、競合他社の存在を匂わせながら値引き要求をされたりなど、買い手側の強い立場を利用した下請けいじめと取れる行為を日常的に見聞きします。中小企業同士の取引においても、買い手側には阿(おもね)り、売り手側には高圧的になるような人が多いのも特徴的です。
このような行為が横行している背景には、買い手が「適正な価格」や「売り手へのリスペクト」を失い、無意識に、売り手側に過度な要求をしている面も多くあるでしょう。あるいは、売り手側が自発的に買い手側に阿ってしまっている面もあるかもしれません。私たち消費者が購入するBtoCの取引に限らず、企業間のBtoB取引でもそこは変わらないようです。
あらゆるビジネスシーンで買い手側が安さや優越感を求め、それに応えざるをえない売り手側が無理を重ね、過剰なサービスを提供する。それによって売り手側から時間的にも精神的にも余裕が失われ、社会にギスギスした雰囲気が漂っています。日本は、「安くて良いモノ」にあふれ、買い手側が強い反面で、売り手側や労働者はその分、安く買い叩かれて疲弊しているのです。
日本における労働者の平均給与水準は、この価値観が端的に現れたものなのです。

小川真由(著)/日経BP/1870円(税込み)


