大物作家やタレント、経営者などに書店で1万円を渡し、自由に買い物をしてもらう――。そんな夢のようなYouTubeの企画が、110万回超再生などを記録し、人気を集めている。チャンネルを運営するのは、出版取次大手のトーハン。外注はせず、社員3人で企画・撮影・動画編集まで手掛けているという。動画にたびたび登場し、ゲストの読書家たちの話を巧みに引き出しているトーハン社員の「カメラマン青木」さん。自身は普段、どんな本を読んでいるのだろうか。
あえて「視聴者ターゲット」を定めない
YouTubeチャンネル『出版区』では『本ツイ!─本屋ついてって1万円あげたら何買うの?─』(著名人に1万円を渡し、書店での買い物に同行する企画)や、フリーアナウンサーの宇垣美里さんとタレントで俳優の片桐仁さんが本の魅力を語る『宇垣・片桐の踊る!ミリしら会議』、サブカルに強い芸人の永野さんと声優の鷹村彩花さんがディープな会話をする『永野・鷹村の詭弁部、はじめました!』など、本にまつわる企画に集中しています。でも実は、視聴者層は「本好き」「読書家」に限定していません。
ターゲットを定めてしまうと、いつかチャンネルとしてシュリンクしていってしまうと考えているからです。そのため『本ツイ!』に登場するゲストも作家に限定せず、アイドルやお笑い芸人など多方面から出演してもらっています。視聴者は今のところ30~40代が多いですが、動画によって構成比はまちまちです。
最近では『本ツイ!』の企画をまねて、SNSに投稿してくれる人もいてうれしいのですが、いざ書店に行っても「何を読めばいいのか分からない」と困る人もいるのではないでしょうか。
純文学は、面白い!
例えば本を読もうとするとき、「純文学」に抵抗を感じる人もいるかもしれません。「読み始めたもののよく分からない」「読み終わっても分からない」ということが多々あります。
でも、芥川賞作家・松永K三蔵さんの 『カメオ』(講談社) は純粋に面白さを楽しめる1冊。松永さんは「オモロイ純文運動」というものを提唱し、「純文学で面白い小説を書く」ことを実践している人。この小説では、主人公が犬の「カメオ」を預からざるを得なくなり、自宅のマンションでこっそり飼い始めます。当初のカメオは吠えない、生気のない犬なのですが、食事を与え、散歩に連れて行くと、みるみる大きくなっていく。カメオが元気になるのに反比例して、生活がどんどん苦しくなっていく主人公。それでも、カメオを伸び伸びと走らせてやりたいという思いが募り──というストーリーです。
本の帯に「行け! 行け! カメオ!!」と書かれているのですが、まるで競走馬を応援するように、カメオを応援してしまう。「走る犬にこんなにも熱い気持ちを乗せられるなんて…」と、味わったことのない感情を楽しめます。
苦手意識があるジャンルというと、翻訳もののSF小説を挙げる人もいると思います。そんな中でも 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 (フィリップ・K・ディック著、浅倉久志訳、ハヤカワ文庫)は比較的読みやすいはず。もし、読み切れなくても表紙がカッコいいし、本棚に置いておくだけで満足感があるので大丈夫です(笑)。
映画『ブレードランナー』の原作として知られる本書には、人間とアンドロイドが住む世界が登場します。ハンターはアンドロイドを「感情のない機械」だと見なし、容赦なく狩っていくのですが、アンドロイドの中には素晴らしいオペラが歌える者もいる。芸術を理解できるアンドロイドを平気で殺してしまう人間は、果たして人間と言えるのか。思考実験のような本です。
1日で読み切れて、韓国文学の世界が味わえる本
続いては『韓国文学ショートショート』(クオン)。これまでに24冊が出版されているシリーズです。韓国語の原文も付いているので、語学学習の目的でも人気なのだそうです。
韓国文学というと、SFのような不思議な世界と「女性の生きづらさ」などの社会問題を掛け合わせた作品群を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。このシリーズの 『モーメント・アーケード』 (ファン・モガ著、廣岡孝弥訳、クオン)はまさにそういった世界観で、他人の記憶を売買する仮想現実空間「モーメント・アーケード」が舞台。主人公は、誰かが遊園地に行った記憶を自分のものとして楽しむ…といった疑似体験に夢中になっていきます。
この本は、読書になじみのない人でもきっと読み切れると思います。なぜなら、ショートショートで、すごく薄いから。書店へ行って、買った本をその日のうちに読み切るというのは、達成感もあるし、自信にもなりますよね。『モーメント・アーケード』は読後感もよく、「いい読書体験ができたな」と思えるはずです。
言葉の不思議に触れる、大人の絵本
気軽に読める本といえば、 『翻訳できない世界のことば』 (エラ・フランシス・サンダース著、前田まゆみ訳、創元社)もおすすめです。『本ツイ!』で経済学者の成田悠輔さんがゲストで登場した回の撮影で出合いました。
今、書店では「言語化力」や「言葉」に関する本がブームになっています。言葉は、奥深い世界。視点を世界に広げると、実は日本語にどうやっても訳せない言葉がたくさんあると分かるのが、この絵本です。
たとえば、ペルシャ語の「TIAM(ティアム)」は「初めてその人に出会ったときの、自分の目の輝き」という意味だそうです。自分では見えないはずの目の輝きを表す言葉があるというのは・・・どこで使うのか分からないですが、ロマンチックですよね。
ちなみに、日本語からは「積ん読(買ってきて読んでいない本を積んでおくこと)」が紹介されていました。海外の人は本を買ってきたら、全て読むんでしょうか。さすがに、そんなことはないと思いますが。日本だけの概念だと分かって、意外でした。言葉を知る入り口として、面白い1冊です。
取材・文/三浦香代子 構成/大松佳代(日経BOOKプラス編集) 撮影/小野さやか




