他社に勝つ=差別化ということは、他社から「バカよばわり」されるくらいでなくてはいけない──。経営戦略論の名著『 「バカな」と「なるほど」 経営成功の決め手! 』(吉原英樹著/PHP研究所)を、慶応義塾大学大学院経営管理研究科教授の清水勝彦さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から抜粋。
一言で戦略の本質を突いた本
『「バカな」と「なるほど」』が最初に出版されたのは今から30年以上も前です。それが2014年になって復刊されたのにはそれなりの意味があります。経営学修士(MBA)ブームなどと言われながら、難しい専門用語やフレームワークに踊らされがちな学者やコンサルタントを一刀両断にする切れ味に、やっと時代が追い付いてきたということではないでしょうか。
まず、タイトルがいい。一言で戦略の本質を突いています。他社に勝つ=差別化ということは、他社から「バカよばわり」されるくらいでなくてはいけないのです。そう言われたくないためかどうかはわかりませんが、「他社がやっているから、当社も」という企業がいかに多いことか。
10年ほど前に日本に帰ってきたとき「飲み放題」が多くて感激しましたが、この典型です。最初は「バカな」だったのかもしれませんが今は「あたりまえ」で、とても差別化の源になっているとは思えません。むしろレッドオーシャンのよい(悪い?)例です。
一方で当然ですが、ただバカなだけでは経営は成り立ちません。顧客ニーズをつかみ経済的に成り立つ合理性がなくてはなりません。本書にもあるように、成功企業の一見「バカな」と思われる戦略は、よくよく見てみると非常によく考え抜かれていることがわかります。
気をつけなくてはならないのは「よい戦略には合理性がある」ことと「合理的に考えればよい戦略が生まれる」ことは全く違うということです。多くの情報へのアクセスが可能な現在、ロジックやフレームワークは一般的な、誰にとっても同じ答えをもたらします。
成長分野といえば、医療、インフラ、農業。よしと思って入ってみると、多くの企業の新規参入が集中し過当競争でもうからない……そんな話です。差別化を求めるには、「バカ」にならなくてはならないのです。IBMのAI(人工知能)、ワトソン君に対して人間が勝てるのはそこなのです。
論理だけでは世界が破綻する
「バカな」と「なるほど」が両方ないと、いい戦略そして企業としての結果は出ないのですが、多くの企業で見られるのは「なるほど」偏重、もっといえば「そつのない答え」「穴のないロジック」「面白くない」です。
ロジカルシンキング、合理性、論理性……こうした点が重要なのはもちろんなのですが、いつの間にか「論理的であれば正しい」「合理的であればすべてが解決する」と思い、論理的に考えた戦略がうまくいかないと「社員の理解不足」「やる気がない」、揚げ句の果ては「せっかくの価値を顧客がわかっていない」などと責任転嫁したりします。
ベストセラーになった『 国家の品格 』(新潮新書)で、数学者の藤原正彦氏は「論理だけでは世界が破綻する」として次のように述べておられます。
一番困るのは、情緒に欠けてて、論理的思考能力はばっちり、というタイプの人です。……仮に彼が出発点Aを誤って選んだとする。もちろんその後の論理は絶対に間違えない。すると、彼の論理が正しければ正しいほど、結論は絶対的な誤りになります。……このような情緒力とか、形というものを身体に刷り込んでいない人が駆使する論理は、ほとんど常に自己正当化にすぎません。世の中に流布する論理のほとんどが、私には自己正当化に見えて仕方ありません。
実際、自分が正論を言っている(と思っている)ときは、相手を見下す態度になりますから、なおさらたちが悪い。前提が間違っているのに、そうした上から目線で滔々(とうとう)と持論を展開する「本当のバカ」って、周りにいませんか? 今でもファンの多い「男はつらいよ」シリーズで、寅さんはそうした人たちに向かって「お前、さしずめインテリだな」なんてことを言います。
プランニングとシンキングの違い
実はこうした点は、欧米の学者や経営者からも指摘されてきました。マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ教授は「戦略プランニング」と「戦略思考(シンキング)」を多くの企業では間違えていると、これも30年ほど前(1994年)から強調しています。
「戦略プランニング」は、(すでに存在する過去のデータや部門の)分析(analysis)であるのに対し、「戦略思考」の本質はそうしたデータはもちろん、経営者がこれまでにしてきた経験や自らの考えをフルに使って新たな洞察を生み出す統合(synthesis)にある。そして、その「戦略思考」が最も必要とされるのは新たな事業を生み出すときである。戦略思考を通じて生まれた戦略にコミットし、実行を通じて新たな情報を学習し、戦略をさらに進化させる継続的なプロセスこそが戦略経営なのだ、と。
2008年4月に同じくハーバードビジネスレビューに書かれた、ハーバードのシンシア・モンゴメリー教授の論文「Leadership back in strategy」(邦題「戦略の核心」)で同じようなポイントが指摘されています。
かれこれ25年ほど前から、戦略は分析的な問題解決の方法であり、左脳型の作業としてみなされるようになった。このような認識から、また「戦略は金になる」ということから、MBAホルダーや戦略コンサルタントといった一種の専門家が現れた。彼ら、彼女らはフレームワークやテクニックで武装し、業界分析や優れた戦略を指南し、経営者の良き参謀となった。 戦略は大局的な目的から遠く離れ、競争ゲームの計画に矮小(わいしょう)化されてしまった。
元コンサルタントの内田和成氏はベストセラー『 仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法 』(東洋経済新報社)で、「課題を分析して答えを出すのではなく、まず答えを出し、それを分析する」と指摘されています。内田氏は「良い仮説は経験に裏打ちされた直感から生まれるのだ」と言い、この点は、同じく元コンサルタントの大前研一氏がベストセラー&ロングセラーの『 企業参謀 戦略的思考とはなにか 』(プレジデント社)の冒頭で強調する「非線形思考の重要性」と共通するところがあります。「冷徹な分析と人間の経験や勘、思考力を、もっとも有効に組み合わせた思考形態こそ、どのような新しい困難な事態に直面しても、人間の力で可能なベストの解答を出して突破していく方法だと思う」というのが大前氏の主張です。
「バカ」と「あ、そうか!」
ジャック・ウェルチがGEの最高経営責任者(CEO)を退いて最初に出版した本の名前も『Jack:Straight from the Gut』です。本来は『直感の経営』とでも訳すべきなのですが、日本経済新聞社から出版された日本語版では『ジャック・ウェルチ わが経営』となっています。直感、勘というのはあまり読者に受けがよくないと考えたのかもしれません。さらにウェルチはその続編『Winning』(邦題『ウィニング 勝利の経営』日本経済新聞社)で、「あ、そうか!(aha!)」を見つけることの重要性を強調して次のように続けます。
戦略とは、単純に「あ、そうか!」を見つけ、大まかな方向を決め、適切な人材を配置し、 しつこく改善し続けることだ。 これ以上複雑にしようとしたって、私にはできない。
経営者がよく「自由な発想を」なんておっしゃっていますが、実際にそうした会社で「自由な発想」で若手が提案したりすると「バカじゃないのか」「常識知らず」なんて言われたりします。
しかし、若者はそこで「しゅん」としてはいけないのです。『「バカな」と「なるほど」』の著者、吉原英樹先生が強調されるように、「バカ」と言われたら「しめしめ」と思ってみましょう。そこに差別化のカギがあるかもしれません。
ただ、トルストイの言うように、賢い人は同じように賢いですが、「バカ」と言われる理由は千差万別なので、「バカ」と言われさえすればよいものではないことを付け加えておきます。
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