「ゆとり世代」の大学講師として日々20代の大学生に接しており、『 Z世代化する社会 』の著者でもある舟津昌平さんに聞く「Z世代に贈る本」4回目は、『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(斎藤環、與那覇潤著)。うつ病を体験した歴史学者と「ひきこもり」専門の精神科医が、家族、お金、コミュ力、働き方など、Z世代の関心が高いテーマについて濃密に語り合う。合意ではなく対話こそが「生きづらさ」をときほぐす処方箋になると説く。

「病み」ブームの正体

 先日、ある学生が雑談していたときのこと。その学生はふとしたはずみで持っていたカバンを落とし、自虐的にこうつぶやきました。「ADHD(注意欠如・多動症)丸出しや」。

 その学生が本当にADHDであるのかは定かでありません。おそらくADHDがどういう疾患なのかも正確には知らないでしょう。ただはやり言葉のADHDを使って「病んでいる自分」をアピールしたのです。

 昨今ほど「病む」という言葉が市民権を得た時代はないでしょう。Z世代同士の日常会話を聞いていると、自分が「病んでいる」とか「メンタルをやられた」といった表現がしばしば飛び交います。自分自身で吐露するぐらいなので、決して“重症”ではありませんけど。

 Z世代はしばしば上の世代のまねをするというのが、私の見立てです。例えば昨今は「発達障害バブル」という現象があるそうです。医療機関に「うちの子は発達障害ではないか」と相談に来る親御さんが激増しているとのこと。ただし、投薬が必要なほど重度な子どもはほとんどいないのだとか。

世の通説・常識を疑う

 『 心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋 』(斎藤環、與那覇潤著/新潮選書)は精神科医の斎藤環さんと歴史学者の與那覇潤さんによる対談形式の本です。與那覇さんは大学の准教授でしたが、うつ状態になって大学を辞めました。現在は回復して作家活動をしており、本書ではその経緯を克明に語っています。またそれを受けて、斎藤さんが精神医学の専門家としての知見を語ります。

『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(斎藤環、與那覇潤著)。巻末には両著者による10冊ずつの読書案内を収録している
『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(斎藤環、與那覇潤著)。巻末には両著者による10冊ずつの読書案内を収録している
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 本書をZ世代にお薦めするのは、各章の問いかけが、Z世代が抱いている悩みと見事に合致するからです。「第一章 友達っていないといけないの?」「第二章 家族ってそんなに大事なの?」「第三章 お金で買えないものってあるの?」「第四章 夢をあきらめたら負け組なの?」といった具合です。Z世代ならずとも、興味をそそられると思います。

 私たちはごく当然のように、「友達はいたほうがいい」「家族は大事だ」「夢をあきらめたら終わりだ」と考えがちです。しかし本書は、本当にそうなのか、少し立ち止まって検証してみようと訴えかけます。アカデミックな観点から語り合うので、少々高度ですが説得力に満ちています。

 誰もが短絡的に「病んでいる」と言う昨今、それに呼応するように「あなたは発達障害かもしれない」、そして「発達障害でいいんだよ」といった記事や本も数多く出回っています。しかし、そういうものばかりに触れていると、逆に本当にそうなのかと疑問に思うこともあるでしょう。優しい言葉ばかりあふれると、逆にウソっぽくなってしまうものですから。

 本書で、斎藤さんは今の日本は明らかな「発達障害バブル」だと言っています。発達障害とは「発達できない病気」ではないし、診断されるかどうかも程度の問題。なんでもかんでも発達障害にしてしまう今の風潮に疑問を呈します。

「コミュ力」なんかいらない

 「病む」と共にZ世代がよく使う話題に、「コミュ力(コミュニケーション能力)」があります。本書には「発達障害の人は『コミュ力が低い』と言われがちですが、考え直すべきだ」という指摘が出てきます。コミュ力が高いことは必ずしも共感力の高いことを意味しないという研究結果もあるそうです。

「本書は、Z世代の悩み事がそのまま章の見出しになっています」
「本書は、Z世代の悩み事がそのまま章の見出しになっています」
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 コミュ力が高いと、学校のクラスや仲間内におけるカーストの上位には立ちやすいかもしれません。ところがその「コミュ力の高い人」は、一方で誰かが自分の意に反することを言ったとき、「お前、陰キャのくせに何言ってんの?」みたいに、気遣いのない言い方をしたりします。場の空気に沿わない発言をする人に対して、レッテルを貼っておとしめようとする。

 すなわちコミュ力とは、他者に遠慮のない言葉をズケズケ言える力だったりします。その容赦のなさが、コミュ力としての評価の決め手になります。とりわけZ世代においては、それがすべてと言っても過言ではありません。

 本書でも指摘している通り、テレビのバラエティー番組の演出も影響しているでしょう。バラエティー番組は、出演者の役割が明確に決まっています。ツッコむ人、ボケる人、スベる人がいて、いずれでも笑いが取れるよう、台本通りに番組は進行します。つまり、コミュ力が恣意的にコントロールされています。しかもそのコミュニケーションは、当然ながら第三者である視聴者に見せることを大前提にしています。

 1対1のコミュニケーションならば、お互いに「意味」をやりとりすることで成立します。ところが、テレビ型のコミュニケーションの場合、相手よりも第三者にアピールすることが重要です。相手への深い理解は必要ありません。ちなみにテレビだけが悪いのではなくて、テレビを模倣したYouTubeなどでも、まったく同様の演出が用いられています。

 こうした「コミュ力」は、現実世界では長続きしません。もしかすると弁舌が評価されて採用面接は通りやすいかもしれませんが、ビジネスの現場ではたいして使いものにならないと思います。そんな「コミュ力」の高い人と、一緒に働きたくはないですし。

 だとすれば、今日よくいわれるような「コミュ力」など、わざわざ獲得すべきものではありません。もっと大事なコミュニケーションの方法があるはず。そういうことをロジカルに気づかせてくれるという意味でも、価値のある一冊だと思います。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也