国内発電最大手のJERAは、洋上風力などの再生可能エネルギーとアンモニア・水素を燃料とするCO2排出を抑えた火力発電などを組み合わせた独自のアプローチで、発電事業だけでなく、社会全体の脱炭素化に挑もうとしている。しかも、日本だけでなく、アジアや世界の脱炭素化を視野に入れているという。同社の可児行夫会長グローバルCEOに、推進中の「脱炭素への最先端ソリューション」について、『必然としてのサーキュラービジネス』著者の磯貝友紀氏が話を聞いた。(※本記事は『必然としてのサーキュラービジネス』から抜粋・再編集したもの)
エネルギーの課題は、脱炭素化だけではない
磯貝友紀(以下、磯貝):日本の発電最大手のJERAが、サステナビリティに果たす責任や役割は非常に大きいと思います。今後、JERAは何を目指そうとしているのでしょうか?
可児行夫氏(以下、可児):JERAは2019年4月、東京電力と中部電力の火力発電事業などを完全統合しました。その際にこの会社は何のためにあるのか、つまり、会社のミッションについて徹底的に考え、「世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供する」という現在のミッションができあがりました。
このミッションは二つのパーツからなっています。一つ目のパーツは「世界のエネルギー問題」。実は、この定義が非常に大事なんです。
可児:CO2削減は不可欠だし、気候変動も待ったなしの状況にある。世界のエネルギー問題を考えるときにサステナビリティは非常に大事ですが、一方で、ロシアによるウクライナ侵攻の後に多くの人が実感したように、エネルギー価格の高騰や、地政学的な理由によるエネルギー供給の不安定化に直面すると、日常生活や経済が大きな打撃を受けます。エネルギー企業は毎日、24時間、途切れることなく、電力やガスをきちんとお客さまに届けなければならない。サステナビリティはもちろん重要ですが、アフォーダビリティ(手ごろな価格)とスタビリティ(供給の安定性)も同時に達成することが欠かせないんです。
ミッションの二つ目のパーツは「最先端のソリューションを提供する」。水素やアンモニア、洋上風力発電、CCS(CO2の回収・貯留)などを含めて最先端のソリューションを取りそろえ、お客さまのニーズに合わせて提供することを示していますが、重要なのはそれをどうやって進めていくかです。
実はJERAが日本で最初に「2050年CO2排出ゼロ」を宣言しました。また、2050年は少し先なので、現在との中間ぐらいにある2035年のビジョンも出しており、この段階では、再エネと火力発電の脱炭素化を組み合わせて進めていくとしています。なぜそうしたかというと、再エネだけでは、スタビリティやアフォーダビリティが満たされないからです。
風力発電や太陽光発電には間欠性の問題がついて回ります。つまり、陽が照らなかったり、風が吹かなかったりすれば、当然、発電しない。そういう不安定性を補完するのが火力発電です。そして、補完の役割を果たす火力発電についても2035年までに脱炭素化のめどをつけます。
磯貝:火力発電をどうやって脱炭素化していくのですか。
LNGと再エネのノウハウが水素・アンモニアの調達に生きる
可児:LNG、再エネ、水素・アンモニアという三つの投資領域で、先ほどのサステナビリティ、アフォーダビリティ、スタビリティという三つの課題を同時に解決しながら、火力発電の脱炭素化を図っていきます。
水素・アンモニアというのは、脱炭素化のソリューションを象徴的に言っているわけですが、手始めに石炭火力の燃料の一部をアンモニアに転換し、その比率を徐々に上げていき、最後には石炭を全部追い出してアンモニア専焼を実現し、完全に脱炭素化していきます。
こうした取り組みを通じて、天然ガス火力に水素を入れる道が開けます。なぜならば、アンモニアには水素キャリアの側面があるからです。水素は気体のままだと貯蔵や運搬の効率が悪いですが、アンモニアは液化でき、大量に運びやすく、水素に戻すのも容易です。天然ガス火力についても、水素への一部転換、最終的には専焼することで脱炭素化が可能です。
磯貝:水素やアンモニアに関しては、製造時のCO2排出が課題ですね。
可児:アンモニアや水素には、ブルー、グリーンと称される種別があります。ブルーは、天然ガスから水素を取り出し、その際に発生するCO2は大気中に排出せず、地下に戻します。グリーンは、再エネ電力を使って大量にある水を電気分解して水素を取り出します。
JERAでもブルーやグリーンの水素製造に乗り出していますが、そこで従来のLNGのエクスパティーズ(専門ノウハウ)が非常に役立っています。私たちは、LNGのガス田開発から液化基地、船による輸送、トレーディング、そして発電所まで、すなわち、LNGの上流から下流までを幅広く手がけてきました。例えば、上流のガス田のサブサーフェス(地下構造)を調べる地質の専門チームがいまして、CO2をガス田に戻す際にそのノウハウが役立つわけです。ガス田を持っているのはオイルメジャーや国営石油会社なのでLNGで培ってきた彼らとの人間関係も大いに活用できますし、アンモニアの輸送船を仕立てるのにもLNG船の輸送チームが活躍してくれます。
このように、ブルーの水素・アンモニアとLNGのチームの親和性は非常に高く、さらに再エネにも力を入れているので、そのチームとグリーンの水素・アンモニアの親和性も当然高い。そういう戦略のフレームになっています。
磯貝:アンモニアの発電利用に関して、欧州などでは、石炭火力発電の延命策だという批判的な見方もあります。
可児:アンモニアを石炭火力に入れると3年ぐらい前に発表したとき、周りからは大笑いされました。特に欧州勢は、「本気でそんなことをやるの」といった反応でした。
けれども、時間の経過とともに、周囲の反応も少しずつ変わっています。JERAの規模でやりますと言っているのだから、本気じゃないかとみんなが思い始め、アンモニアを生産する人たちが、私たちのドアをノックし始めたんです。
そこで、JERAでは世界で初めて燃料アンモニア買い付けの入札を実施しました。「提案依頼書」をつくって40社以上に配布し、世界中からプロジェクトの提案をもらいました。そうしたら、「どうして提案依頼書を送ってくれないのか」という会社も出てきて、結局100社ぐらいとやり取りをしました。
この入札の特徴は、私たちがアンモニアを買うことだけではなく、生産プロジェクトに入れてもらうことも条件にしていることです。私たちがLNGでやっているのと同じように、アンモニアでも、生産や輸送という上流から下流まで自分たちでバリューチェーンをつくろうとしているわけです。
その理由は二つあって、一つ目は、アンモニアは肥料の原料でもあり、肥料は食料生産に直結するので、境界をきっちりと分けて食料需給に影響を与えないようにしたいんですね。発電向けに使うとなるとそれに必要なアンモニアの量は桁違いに大きくなるはずなので、そうした配慮が欠かせません。
もう一つは、バリューチェーンの上流側が寡占化していると、超過利潤がそこに偏ってしまい、バリューチェーンの各セグメントでの投資がペイしにくくなってしまうからです。バリューチェーン上流による超過利潤の独占を排除できれば、アンモニアでつくった電気の料金を抑えることができて、アフォーダビリティを達成できます。だから、バリューチェーン全体に私たちが関与することで、超過利潤についてもコントロールできるようにしていきたいと思っています。
1年半ぐらい前から、欧州でもアンモニアを使おうという機運がだんだん高まってきていて、それは発電分野以外にも広がっています。
発電分野だけでなく社会全体の脱炭素化を目指す
可児:船を動かす燃料のことをバンカリングと言いますが、今はディーゼルエンジンなので燃料は重油です。海運業界では、脱炭素化をどう進めていくのか大議論になっているのですが、そのソリューションの一つがアンモニアなのです。航空機にSAF(持続可能な航空燃料)を混ぜるのと少し似ていますが、輸送向けの新燃料の需要は、設備の更新のペースに合わせてゆっくり伸びていきます。
新しい燃料への需要拡大のペースはかなり遅い。ですから船の燃料のためだけにアンモニアのバリューチェーンをつくろうとしたら、投資回収までの期間が長すぎて、普通ならばなかなか投資できません。
私たちはアンモニアを発電用だけでなく、船の燃料にも提供するし、いろいろな産業の工場にも提供していく。つまり、マルチパーパスなんです。製造業では、蒸気や熱を利用するためにボイラーなどで重油を燃やしている工場も少なくありませんが、脱炭素化の筋道は見えていません。そうした小規模な需要のために、アンモニアのバリューチェーンをつくるのは現実的ではない。でも、私たちならば、そのようなところにもアンモニアを提供できます。発電所は工業地帯にあるので、私たちが調達したアンモニアを近隣の工場にも供給すれば、工場も脱炭素化できます。
JERAが目指しているのは、発電分野の脱炭素化にとどまらず、社会全体を脱炭素することなのです。こうした私たちの動きに、かつては批判的だった欧州勢も、関心を持つようになってきています。
磯貝:愛知県碧南市にある碧南火力発電所で、燃料アンモニア利用の実証実験を開始されましたね。
可児:実際の商用発電機でのテストは世界初です。燃料の20%をアンモニアに転換する技術はほぼ完成し、現在は負荷変動をテストしています。次のステップとして、2020年代後半に燃料アンモニア20%での商用運転を目指します。
私たちが最先端のソリューションを提供すると言っているのは、なにも日本だけではありません。
当然、アジアも視野に入っています。まず、米国のような先進的な地域でいろいろなトライアルをして、多数の発電機を持つマザーマーケットの日本では商用運転をしている発電機で実証実験を行い、その成果を日本だけでなくアジアの火力発電所にも展開していきます。中国やインドなどでは、現在も石炭火力発電所をハイピッチで建設しているので、私たちが脱炭素に貢献できる余地も非常に大きいでしょう。
アジアの脱炭素化において、サステナビリティとアフォーダビリティとスタビリティをバランスよく達成するには、石炭だけでなくLNGもダメといっていたら、話は一歩も前に進みません。
まずは、LNGと再生可能エネルギーをバランスよく導入することで、石炭を徐々に減らしていく。
そのうえで、火力の脱炭素を進めるのが効果的だと考えています。アンモニアや水素の発電での利用を技術的に確立できれば、現実に即した形で火力発電を脱炭素化していくことができます。
次の50年、世界の中心はどう考えてもアジアになります。だから、アジアで世界のエネルギー問題をきちんと解決しているというのが、私たちのミッション達成のうえでは非常に大きな目的になります。日本のCO2の排出量は世界の約3%しかありませんが、アジアの排出量は世界の約6割を占めます。脱炭素化もサーキュラー化も、アジアを巻き込んで推進したほうが、世界に貢献できるわけです。
私たちは相手に入り込んで、複数のソリューションを提案し、脱炭素をともにリードしていくことを目指しています。これをエンゲージメントと言っています。ファイナンスの世界では、CO2排出が多い企業から資金を引き揚げるダイベストメントが行われていますが、それは自分の庭にあったゴミ箱をとなりの庭に運んで「うちの庭がきれいになった」と喜んでいるだけです。社会全体を見れば、何の解決にもなっていません。
私たちがやろうとしているのはエンゲージメントなので、相手が石炭火力を持っていたら、あえてそこに入り込む。そして、LNGや再エネをバランスよく導入すると同時に、アンモニアや水素などさまざまなソリューションを提供して、脱炭素化を推進します。
困難を乗り越えた先のワクワク感が原動力になる
磯貝:可児さんが脱炭素化を推進する原動力はどこにあるのですか。
可児:脱炭素というのは、ものすごく危険な冒険なんですよね。私たちが利益を最優先にしようと思ったら、LNGのバリューチェーンだけをやっていればいいわけです。それならば投資してすぐに利益が上がります。けれども再エネの場合は、利益が出るのはずっと先です。最近、ノルウェーで、同国初の洋上風力発電プロジェクト(1.5ギガワット)を私たちのグループが受注しましたが、発電を開始してお金が入ってくるのは2030年ぐらいから。それまではずっとキャッシュがアウトしていきます。
水素・アンモニアのバリューチェーンづくりや、碧南火力発電所での燃料アンモニア利用の実証実験なども多額の投資が必要で、それに見合うリターンが本当にあるかどうかはわからない。
だからといって、「じゃあやめますか」という話には絶対になりません。なぜなら、私たちには目指すべきミッションとビジョンがあるからです。冒険の目的地は変えません。
今年、米国でのエネルギー会議「CERAウィーク2024(エネルギー分野で活躍する産官学界の第一人者を招き、同分野における最新動向に関して情報交換を行う国際会議)」に出席し、ホストのダニエル・ヤーギンさんと対談したのですが、そのとき彼から、「その冒険というのは、例えるならばどんなことか?」と聞かれました。
私は、「未知のジャングルに足を踏み入れる感じだ」と答えました。暗くて、道もなくて、どんな危険に出くわすか予想もつかない。できれば入りたくない。でも、そのジャングルの先には、素晴らしい未来があると信じて入っていくわけですよ。でも、そこにたどり着くには、脱炭素という非常に大きな試練を乗り越えないといけない。
実は、子どものころ、イギリスの片田舎にあるボーディングスクールに通っていたのですが、クラスメートと授業を抜け出して、森の中で基地をつくったことがありました。みんなで基地をつくって遊んだら楽しいし、ワクワクしますよね。これが原体験かもしれません。脱炭素の旅にも似たところがあります。困難だけれど、それを乗り越えた先のことを考えるとワクワクします。そのワクワク感が原動力かもしれません。
磯貝:この冒険を成功させる秘訣は何だと思いますか。
可児:成功の最大の秘訣は、コラボレーションをうまくできるかどうか。未知のジャングルに入っていくのだから、ひとりで入るよりも誰かとチームを組んだほうが成功確率は格段に上がります。優秀なチームを組むにはポイントが二つあって、一つは社内の話です。優秀な人材がJERAを選んで、残ってくれるかどうか。もう一つは、国内外のファーストティアのグローバルプレーヤーが、私たちをパートナーとして選んでくれるかどうか。JERAグループの経営者には、「私たちが相手を選ぶのではなくて、私たちが選ばれるかどうかが重要なんだ。そこを勘違いしないでほしい」とよく言っています。私たちが相手から選ばれて、コラボレーションできるところまで持っていけるかどうかがポイントなんです。
また、パートナーとうまくコラボレーションするために、決定的に大事なことがあります。それは、お互いのカルチャーが合うかどうかです。エネルギー事業の場合、一度大きな投資をしたら、その後30年も40年も関係が続く。ずっと一緒に旅をするのに、パートナーのカルチャーが例えばがんじがらめの縦社会だったら、一緒に仕事をしていて嫌になりますよね。私たちはパートナーとして選ばれるために、国籍も性別も年齢も何も関係なく、多様な人が集まって、みんなでアイデアを出し合い、ケミカルリアクションがあって、アイデアをものすごいスピードでアジャイルに回すフラットなカルチャーの組織を目指しています。
磯貝友紀(著)、日経BP、2420円(税込み)




