サステナビリティを社会に浸透させていくには、消費者の行動が重要な鍵を握っている。丸井グループの青井浩社長は、「理屈や理念だけで消費者の利己的な行動を変容させるのは難しいが、『好き』という感情を入り口にすると本人が意識せずに消費を利他的行動に結びつけることができる可能性がある」と語る。「意識高い系」の人々の増加に期待するのではなく、ごく自然に消費者をサステナブルな行動に誘導する方法について、サステナビリティ経営の第一人者で『必然としてのサーキュラービジネス』著者の磯貝友紀氏が話を聞いた。
渋谷店はサステナブルな木造商業施設に
青井浩氏(以下、青井):磯貝さんの新刊(『必然としてのサーキュラービジネス』)を読みました。ビジネスのサーキュラー化は実行に移す難易度が高いテーマだと思うのですが、そういう中で、「採取と拡散の極小化」というフレームワークで、脱炭素や生物多様性などの環境課題もすべて関連づけて、企業がどのように取り組んでいったらいいか、ロジックモデルが組み立てられている点が画期的でしたね。

磯貝友紀(以下、磯貝):ありがとうございます。
青井:私たちもビジネスのサーキュラー化に取り組みたかったのですが、正直なところあまり進んでいません。もちろん諦めてはいませんが、磯貝さんの本に登場する事例は海外を含めて製造業が多いですよね。ビジネスのサーキュラー化は、業種によって向き不向きがあるのではないかと感じています。
私たちのように小売業やクレジットカードを通じて大勢のお客様と結びついているB2C企業が解決を目指すべき社会課題のテーマは、ウェルビーイングの推進や、金融でいえばファイナンシャル・インクルージョンなどのほうが、相性がいいと思っています。
磯貝:丸井グループではサステナビリティの考え方を取り入れた「売らないお店」というコンセプトを打ち出されています。現在、渋谷店の建て替えプロジェクト(2026年にリニューアルオープン予定)が進んでいますが、ここで従来にない新しい小売業の姿が表現されるのではないかと期待しています。

青井:今はどちらかというと小売業が店を閉めている時代ですが、こういう時期に店を建て替えるとしたら、どういうお店が求められるかよく考える必要があります。例えば、古い店舗の解体や廃棄による環境負荷を低くするだけでなく、新たに建設する建物の環境負荷が抑えられて、かつ、お客様に喜んでいただけるためには店はどうあるべきか。渋谷店は世界初の中高層の木造商業施設を計画していますが、このアイデアは、「今あえてつくるとしたらどんな店にしたらいいのか」という問いから発想しました。
磯貝:製造工程で莫大な量の二酸化炭素(CO2)を排出する鉄ではなく、成長段階でCO2を大量に吸収する木材を多用することで、鉄骨で建設する場合と比べて約2000トンのCO2を削減できるそうですね。しかも、東京・多摩で伐採された木材を使用することで、運搬時に発生するCO2が削減できて、地産地消にもつながるなど、環境負荷低減への努力がうかがえます。
私は、人類が地球の限界の範囲内で、しかも我慢をせずに豊かさを追求していくには、資源の採取と拡散(廃棄・排出などを含む)を最小限にしていくビジネスのサーキュラー化が不可欠になると考えています。丸井さんが打ち出している「売らないお店」というコンセプトは、拡散を減らすという意味で、私の定義の中ではサーキュラービジネスの一つのやり方だと思っているのですが、いかがですか。
「売らないお店」のコンセプトを生んだ二つの問い
青井:確かに、サーキュラービジネスを広く解釈すると重なるところがあるかもしれません。「売らないお店」というコンセプトは、二つの問いから生まれました。今は、スマホがあればいつでもどこでもeコマースで何でも買える時代になりましたが、そんな時代にリアル店舗でこれまで通りモノを売っていていいのか。もう一つは、「モノからコトへ」のシフトが本格化した今、従来と同じようにモノを売ることを主たる稼業として続けていて意味があるのか。
消費というのは、コモディティーからグッズへ、グッズからサービスへ、サービスからエクスペリエンスへ進化していくといわれています。これは「エクスペリエンス・エコノミー」という概念なのですが、心の豊かさというのは、サービスやエクスペリエンスを重視した消費と密接に結びついています。「売らないお店」というのは、昔から小売りを主体にしていた店が、サービスやエクスペリエンスを提供するほうに大きくシフトしてみたらどうなるかという実験なんです。
磯貝:丸井さんのテナントを見ると、修理する店を入れて長くモノを使えるようにしたり、エステティック関連の商品を売るのではなく定額制で業務用の美容マシンを来店客が自分で使ってケアをできるセルフ型エステサロンや、イラストやマンガの描き方が個別指導で学べるスクールがあったりと、エクスペリエンスの領域を広げていますね。

「好きが駆動する経済」が消費者の行動を変える
青井:私たちのビジネスモデルは、小売りとクレジットカードを中心にしたフィンテックが一体になっており、エクスペリエンスではイベントが重要な役割を果たします。
今年6月 、「売らないお店」の次の段階として「イベントの事業化」をこれからリアル店舗が目指す姿として打ち出しました。イベントには高い集客力があり、今まで店に来ていただけなかった新しいお客様に来ていただけるようになり、カードの新規会員も増えます。それに関連して、僕は最近、「好きが駆動する経済」というのを唱えているんですよ。
磯貝:それはどういうコンセプトですか。
青井:自分以外の誰か、あるいは何かに対する「好き」という思いによって駆動される経済が消費を後押ししていくのではないかという仮説です。100パーセント自分自身のための消費では、どうしてもコスパやタイパが優先されますが、誰かのため、何かのためというように「自分以外の対象のため」という動機が働くと、利他の心が生まれてくるので、必ずしもタイパやコスパが最優先にはなりません。
多少コストパフォーマンスが悪くても、精神的満足、あるいは感情的な満足が得られるほうを選択する人が増えてくる。そういう人が増えてくると、大きな社会的なインパクトにつながっていくのではないかと考えています。また、圧倒的な価格の安さを売りにしている海外のネット通販とも、別の土俵で勝負することができます。
磯貝:なるほど。
青井:「好きが駆動する経済」の考え方を取り入れたのが、アニメや音楽アーティスト、ゲームやマンガなどとコラボしたクレジットカード「『好き』を応援するカード」 で、会員数はもうすぐ100万人に到達します。丸井は小売業と金融業を手掛けていますが、今のビジネスの真ん中に「好き」を入れることでビジネス全体のあり方を変容させていこうと思っています。
「『好き』を応援するカード」 には、利用金額の0.5%分のポイントの5分の1(0.1%分)を福祉活動などに寄付するヘラルボニーカードや、難民の救済活動をしている国連UNHCR協会に寄付するエポスTOGETHERカードなどがありますが、最近、僕が一番好きな例として挙げているのはペットカードです。
磯貝:どういうカードなのですか。
青井:お客様のペットの画像を券面にできるクレジットカードです。犬や猫だけでなく、鳥やヘビ、亀も券面にするお客様もいて、これが大人気になっています。このカードの何がいいかというと、家族の一員としてかわいがっているワンちゃんや猫ちゃんの写真をいつも持ち歩くことができて、人にも心置きなく見せびらかせることができます。しかも、隠し味として、利用金額の一定割合が、保護犬や保護猫など動物保護の活動を支援している団体に寄付ができるようにしています。
お客様は、「うちの子(ペット)はもちろん幸せになってほしいけれど、うちの子だけじゃなくて、他の子たちも幸せになってほしい。だから、このカードはいいよね」とおっしゃってくださるんですよね。
こうしたやり方は、環境や社会課題に対して意識を高く持たなくても、利他の心を自然と発現させることができる典型的な例だと考えています。このように自然に利他が発現されて消費にお金が回っていくような経路をたくさんつくっていけば、いわゆる「意識高い系」の人が増えなくても、社会を変えていくことができるのではないかという仮説を立てて、今、実験しているところです。

「後からエシカル」で無理なく消費者の行動変容が図れる
磯貝:「地球を救うため」「世のため、人のため」といった理屈ではなく、「好き」という感情が入り口になって利他的な行動を促すことができる点が、すごく重要ですね。資本主義において、企業は一定程度、成長していく必要があります。その一方で、従来型の経済成長が深刻な環境・社会課題を生み出しているのも事実です。つまり、利益を得るために環境や社会に害悪を与える「病んでいる経済活動」みたいなものがたくさんある中で、そうした利己的な経済活動を利他的なものにどんどん変えていく必要があり、その手段として興味深いですね。
青井:100人いれば100通りの、1000人いれば1000通りの「好き」がある。山が好きな人向けには自分の好きな山の写真を券面にして、利用金額の一部を山の植林や保全、登山道の整備に寄付するなど、いろんな切り口で展開できる可能性があります。 サステナビリティを意識しなくても社会に貢献し、インパクトを与えることができます。
好きな人や好きな対象を応援したいからという理由があれば、自然な形で利他的な消費を選択できるようになり、これを僕たちは「後からエシカル」「気がつけばサステナ」と言っています。行動経済学のアプローチに似ていますが、こうした手法であれば、百万人単位で消費行動に変化を起こせるかもしれません。
磯貝:素晴らしい取り組みですね。人の善意やエシカル意識に依存するのではなくて、入り口は全く別のところにあり、結果的に社会や環境にいいことをしているという形に持っていける。まさに、行動経済学ですね。こうした経路を大量につくってあらゆる人が参加できるようにすれば、世の中に強烈なインパクトを与えられるのではないかと思います。
青井:サステナビリティをけん引するのは「意識高い系」の人たちと思われがちですが、米国では「意識高い系」の人たちはウォーク(woke)と呼ばれて批判や逆風にさらされています。最近、日本でもその傾向が出てきていて、今後、増えたとしても1割にいくかどうか。例えば、100人のうち10人だけが変わっても、世の中は変わりません。
残りの多くの人に働きかけるには、「知性」や「意識の高さ」ではなく、情緒的なものが必要だと思っています。「意識高い系」ではなくても、「好き」という感情を入り口にすれば、多くの人たちを自然な形で利他的な行動に導くことができるのではないかと考え、実験を続けています。

磯貝友紀(著)、日経BP、2420円(税込み)
