安くて自由自在に成形できるプラスチックは、現代の産業や生活の中で欠かせない素材だ。しかし他方で、マイクロプラスチックの拡散など深刻な環境問題を引き起こしており、今後、プラスチックを規制する国際的な圧力がますます高まっていくと考えられる。日本企業は、プラスチック問題にどのように向き合い、解決していくべきか。ポリマー研究の第一人者である伊藤耕三・東京大学特別教授と『必然としてのサーキュラービジネス』の著者である磯貝友紀氏に対談してもらった。その前編をお届けする。
プラスチック問題の根幹は何か?
磯貝友紀(以下、磯貝):私は環境問題を「採取と拡散」というフレームワークで捉えることを提唱しています。二酸化炭素でもプラスチックでも、どんな環境問題も「採取と拡散」というレンズを通すと課題がクリアに見えてきます。
プラスチック問題は、石油の「採取」から始まり、それをもとにプラスチックが製造され、使用後に捨てられて「拡散」していく。この問題を解決するには、入り口の「採取」と出口の「拡散」の量を極力減らしながら、すでにあるものをぐるぐると回していくサーキュラー化の仕組みをいかにつくれるかがポイントになります。
伊藤耕三氏(以下、伊藤):「採取と拡散」という視点は非常に面白いですね。
磯貝:まず石油の「採取」を減らすには、使用済みのプラスチックを材料として再び使う、あるいは原料を植物由来にする、「拡散」を減らすには、できるだけ回収・再利用し、回収できないものは生分解性の素材に代替して、自然界へ循環していくようにする。理屈ではこうなると思うのですが、これを実行に移すには、たくさんの技術的なハードルやビジネスモデル上の課題もあると思います。
従来型のプラスチックの使用を減らし、すでにつくられたものを回収してサーキュラー化していく上でどのような課題があるのか、それを乗り越えるための技術上のブレークスルーにどんなものがあるのか。さらに、サステナビリティの課題解決には「コストの壁」が立ちはだかることが多いのですが、それをどう乗り越えていけばいいのか。そのあたりをうかがいたいと思っています。
伊藤:質問に答える前に、少しだけ自己紹介をさせてください。私は大学で約40年間、プラスチックを構成する主要素であるポリマーの研究を続けてきました。その中である発明をして、2005年にそれをもとにベンチャー企業を立ち上げました。その会社は数年前、大手化学メーカーに買収されたのですが、そうした経験もあって、2014年から内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラム・マネージャー(PM)を仰せつかりました。それから5年にわたり、大手化学企業や自動車メーカーとともに、自動車用プラスチックの強じん化に取り組みました。

世の中の材料は大きく「金属」「セラミックス」「ポリマー」の3つに分かれ、これらは3大材料と呼ばれています。このうちポリマーは、一番もろくて壊れやすい。だから捨てられてしまう。その結果、プラスチックの廃棄問題を起こしている面もあるので、プラスチックをもっとタフにして長寿命化させようというのがプロジェクトの目的でした。長く使うことができれば、新規の生産や廃棄の量も減らすことができるようになります。
ただImPACTが始まった2014年当時は、まだサーキュラーエコノミーということはあまりいわれていなくて、自動車の軽量化が目的の中心でした。軽量化するにはプラスチックをたくさん使う必要があるけれども、プラスチックはもろくて使えないという話から始まって、その後、5年かけて各自動車メーカーや化学メーカーなどとプラスチックの強じん化に関する様々なブレークスルーを実現し、内閣府から高い評価をいただきました。
磯貝:伊藤さんが当時の安倍晋三首相のところに出向いてプレゼンしている様子をネットで拝見しました。ImPACTで開発した『タフポリマー』のゲルを安倍元首相がハンマーでたたいて、丈夫なことを確認していましたね。また、傷がついても自己修復する新開発のポリマーの実演もされていました。

伊藤:非常に喜んでいただきました。そのImPACTプロジェクトの後継として、2020年から、ムーンショット型研究開発プロジェクト「非可食性バイオマスを原料とした海洋分解可能なマルチロック型バイオポリマーの研究開発」がスタートしました。ここで、さっき磯貝さんがおっしゃっていた海洋生分解性ポリマーの研究開発をしています。また、これと並行して、2023年から内閣府の第3期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一つとして「サーキュラーエコノミーシステムの構築」という課題にも取り組んでいます。SIPとは、内閣府設置の総合科学技術・イノベーション会議が司令塔機能を発揮し、府省・分野の枠を超えたマネジメントにより、科学技術イノベーションの実現を目指す国家プロジェクトです。
日本のポリマー基礎研究のスーパースターが集結
磯貝:2つのプロジェクトのリーダーをされているんですね。
伊藤:はい。ImPACTをやったときによくわかったのは、大きな成果を出すには、アカデミアのスーパースターを連れてくることが非常に重要だということです。実際、ネイチャーやサイエンスなどの一流誌にたくさん論文を書いていて、ノーベル賞候補ともいわれている基礎研究の先生方に多数参加していただきました。私は大学発ベンチャーを立ち上げるなど、産学連携をたくさん経験したほうだと思いますが、中には、そういうことをやってこなかった先生たちもたくさんいらっしゃる。そこで、2つのプロジェクトには、基礎研究のスーパースターに集まっていただきました。
磯貝:どういう方々なのですか。
伊藤:例えばImPACTでは、理化学研究所と東大にいる相田卓三先生、大阪大学の原田明先生、北海道大学のグン・チェンピン先生、九州大学の高原淳先生など、ポリマー業界のスーパースターの先生方です。
もう少し詳しく言うと、ImPACTではマトリックスマネジメントという新しいマネジメントの方法を思いついて、それをムーンショットでもSIPでも実践しています。どういうやり方かというと、企業を縦軸、スーパースターの先生方を横軸にし、ある材料を使ってある特定の部品について責任を持って開発するのは企業で、一つのテーマについて担当する企業を1社に絞り、競合しない形にしました。一方、アカデミアの技術には共通性があるので、一つの企業が複数のアカデミアと同時に共同開発できるようにしました。
普通、企業とアカデミアは一対一の関係で研究開発するんですよ。そうすると、アカデミアは、企業から依頼されたことしか研究しません。ところが、マトリックスマネジメントでは、一つの企業に対して複数のアカデミアが同時に集まって、共同研究をする。合成や物性、構造解析、理論、シミュレーションのスーパースターのアカデミアが一緒に参加するんですね。企業にとっていいのは、「○○をしてください」と依頼するのではなくて、「○○が困っているんです」と言えるようになることです。
磯貝:ブレークスルーが生まれやすくなるわけですね。
伊藤:そうです。企業はほかの企業に聞かれることはないので、自分たちが困っていることを相談できる。それに対してアカデミアがお互いに協力して、私はこれをやりましょう、あなたはこれをやってくださいと分担して取り組める形になりました。実は、これが非常に成功して、短期間でブレークスルーを生み出せるようになりました。
磯貝:素晴らしいですね。
伊藤:特に基礎研究のスーパースターの先生方から、枠にはまらない、企業の方たちの想像を超えるアイデアがたくさん出てきました。
肥料の被覆材や釣り糸によるプラスチック汚染を食い止める
磯貝:プラスチックが引き起こしている問題はいろいろあると思いますが、生分解性プラスチックが一つの有力な解決策になると思うのですが。
伊藤:現在、ムーンショットプロジェクトで研究開発を進めていますが、生分解性が今後ますます重要になってきます。特に、環境に出ていってしまうポリマーはこれから生分解性以外は使えなくなっていく方向にあると思います。
磯貝:いずれ規制されていくということですね。
伊藤:その中で大きな問題になっているものの一つに、農業で使う肥料の被覆材があります。肥料というのは被覆材でコーティングされていて、これが農業の生産性向上に大きく貢献しています。
磯貝:コーティングされているので時間をかけて少しずつ、土中に溶け出すということですか。
伊藤:はい。数カ月から半年かけて肥料が溶け出します。被覆材に使われているのが、ポリエチレンやポリウレタンなどのポリマーです。もし、被覆材なしの肥料をまいたとすると、雨などに溶けてすぐに流れてしまうので頻繁にまく必要がありますが、被覆材のおかげで農家は労働時間を大きく削減させることできました。
しかし、被覆材のポリエチレンやポリウレタンは地中では分解せず、土の中から川や海に流れ出ていき、これが世界的な問題になっています。欧州では2027年ころに、従来のプラスチックの被覆材が禁止される予定です。今のところ代替となる候補がなく、生分解性の被覆材開発の競争が始まっていて、私たちのプロジェクトでも開発を進めています。
また、漁業で使われている網や魚の養殖に使われているフロートなどの資材も、海に廃棄されたり悪天候で流されたりすると、プラスチック汚染の原因になります。
磯貝:漁網や釣り糸などが切れたり、捨てられたりして海を漂ううちに小さくなってマイクロプラスチック化し、それを魚が食べ、その魚を人間が食べることになるわけですね。
伊藤:釣り糸は切れて海に漂うと、海鳥が引っかかったり、魚が食べてしまったりすることがあり、捨てられた漁網はゴーストフィッシング、つまり海に流れていくうちに何匹も魚がかかり腐っていくという問題を引き起こします。おそらく従来のプラスチックの漁網は今後禁止される方向です。けれども、今のところ代替となる素材候補がないんですよ。
磯貝:釣り糸は生分解性のものがすでに売られていますが。
伊藤:確かに生分解性ポリマーを使った製品はあるのですが、生分解性ポリマーは非生分解性ポリマーに比べてもろいので、釣り糸ではあまり使われていないのが実情です。ポリエチレンやポリプロピレンは強じんなポリマーなのですが、こちらは分解しない。完全にトレードオフの関係になっているんです。私たちが一番欲しいのは、使っている間は丈夫で長持ちし、海などに流れてしまったときにはすぐに分解する性質を持つ素材です。
釣り糸や漁網問題の解決に光が見えてきた
磯貝:そんなに都合のいい性質の生分解性ポリマーを開発するのは大変ですね。
伊藤:世の中にはないものをつくろうというのがこのムーンショットプロジェクトで、今、5年目に入りました。実は、釣り糸に関しては、この課題を解決できました。数年後にはコストと量産性を含めて、すべて解決できるめどが立ったところです。
磯貝:どういうものが開発できたのですか。
伊藤:詳細についてはまだ明かせないのですが、近いうちにプレスリリースする予定ですので少しお待ちください。数年後に釣り糸は、釣っている間は丈夫で、切れたら海底の微生物が分解してくれる釣り糸に変わっていると思います。また、漁網についても、完全には解決していないのですが、ブレークスルーとなりそうな技術の芽を開発できたので、こちらも近いうちに発表します。
磯貝:楽しみですね、分解は微生物が一番適していますか。
伊藤:光や酸・アルカリ性によって分解する方法もありますが、鎖が短くなるだけで、最後に誰かが食べてくれないと安全に分解できないんです。これを「資化(しか)」というのですが、微生物が食べるものでつくらないと安全には分解できません。
磯貝:プラスチックで部品などをつくる際には強度を保つために添加剤が必要ですよね。ポリマーが生分解性になっても、添加剤が溶け出すと環境に影響が出るのではないですか。
伊藤:それは重要な視点です。添加剤に関しては環境への影響がとても懸念されていて、私たちはそれを安全なものに変えようとしています。

(後編に続く)
磯貝友紀(著)、日経BP、2420円(税込み)
