1929年のウォール街の暴落を機に、世界は長期にわたる大不況に突入していった。所得格差の拡大、国際収支の不均衡、各国のエゴと無責任…。当時と現代の共通項はいくつも指摘することが可能だ。ジョン・K・ガルブレイスの『大暴落1929』と、チャールズ・P・キンドルバーガーの『大不況下の世界 1929-1939』の記述から、現在進行形の事態を見つめてみたい。

大暴落と大不況の既視感

 第2次トランプ政権が世界に関税砲を連射するなか、改めて関心を集めている本がある。ジョン・K・ガルブレイスの『 大暴落1929 』(村井章子訳/日経BPクラシックス)であり、チャールズ・P・キンドルバーガーの『 大不況下の世界 1929-1939 改訂増補版 』(石崎昭彦・木村一朗訳/岩波書店)だ。高名な経済学者が史実をたどった名著だが、日々のニュースに右往左往する読者にはあえて結論部分から読むことをお勧めしたい。

『大暴落1929』(ジョン・K・ガルブレイス著)
『大暴落1929』(ジョン・K・ガルブレイス著)

 ガルブレイスは言う。「企業収益の主な使途は、資本財への投資拡大だった」「投資不足が起きるだけで、より正確に言えば収益拡大に見合う投資が行われないだけで、総需要は落ち込む」。要は、ウォール街の暴落を機に大不況へと落ち込んでいった1929年の米経済は「基本的に不健全」だったのだ。

 『大暴落1929』は恐慌を深刻化させた要因として、(1)所得分配、(2)企業構造、(3)銀行システム、(4)対外収支、(5)専門家の経済知識の5つを挙げる。例えば、(1)所得分配。「1929年には、金持ちは途方もなく金持ちだった」「総人口のわずか5%を占めるに過ぎない最高所得者が、個人総所得額の約3分の1を手にしていた」

 「所得分配がこのように甚だしく偏っていると、経済は高所得者による投資や贅沢(ぜいたく)品の消費への依存度が高くなる。…週給25ドルの労働者がパンや家賃に充てる支出に比べれば一時的な要因の影響を受けやすく、はるかに変動が大きい。…1929年10月の株価暴落にとりわけ敏感に反応したと考えられる」

格差拡大と巨大な対外不均衡

 第2次世界大戦後、所得再分配政策により格差は縮小したが、その流れが1980年代以降は逆転した。1980年の国民所得に占める割合は、上位1%の高所得者が全体の10%強、下位50%の割合が20%だった。ところが2019年には上位1%の割合が全体の19%強に高まる一方、下位50%はわずか13%に低下したのだ。

 グローバリゼーションが進展するなか、米経済の主役が製造業から情報・金融へとシフトした。先端技術を次々とモノにする起業家たちが、勝者総取り(winner-take-all)を謳歌してきた。米経済復活の原動力は、その反対側で格差をぐっと拡大させた。民主党政権の下でも続いたこのメカニズムこそが、忘れられた人々(the forgotten people)を語るトランプ政権を再登場させたのだ。

 企業規律の緩みという(2)企業構造の問題はどうか。ガルブレイスが挙げるのは「持株会社と投資信託」である。「とくに問題なのは、下流側の事業会社から支払われる配当を、上流側の持株会社が発行した社債の利払いに充てるやり方である」。この配当が止まると、社債の利払いの元手がなくなり、債務不履行に陥ってしまう。

 とすれば「工場設備への投資を犠牲にしてでも配当を継続したいという誘惑が高まる」。しかし投資の縮小はデフレ圧力を強め、そのデフレが企業収益を目減りさせるという「デフレ・スパイラル」を引き起こす。複雑な金融取引で借り入れを膨らますレバレッジ(テコの原理)が、逆風下では逆レバレッジを招く。そんなメカニズムは過去のものとは言えまい。

 貿易と資本の流れである(4)対外収支は、第1次世界大戦を機に米国が対外債権国となった1920年代と、米国が世界最大の対外債務国である2020年では、一見するとあべこべである。だが巨大な不均衡が危険水域に達するなか、その対処方法を見いだせないという点ではソックリなのである。

たそがれの覇権国と新興の覇権国

 なぜ1929年の不況は長引いたのか。キンドルバーガーの結論はこうだ。「(一)投げ売りされる商品に対して比較的に開かれた市場を維持する、(二)景気調整的な長期貸付を行う、(三)恐慌のさいに手形を割引く」――こうした経済と金融の安定化機能を果たす国が存在しなかった。

 「イギリスは国際経済を安定させるために責任を負う能力をもたず、アメリカはその責任を負う意思をもたず、そのため国際経済システムが不安定になった」「各国がそれぞれの個別的な国益を擁護することに転じた時、世界全体の利益は失われ、それに伴いすべての国の個別的利益も失われたのであった」

 2025年の現在を思わせる筆致である。たそがれの覇権国と新興の覇権国。前者が能力を、後者が意思を欠如させたことが、国際システムを不安定にしてしまう。2025年の世界ではたそがれの覇権国が米国であり、新興の覇権国は中国となろうが、トランプ政権は覇権を諦めていない。それどころか、関税という手段を巻き返しの決め手と思い定めている。

 1929年からの大不況を深刻にしたのは関税の応酬だった。「報復の波を解き放った」のは、1930年6月17日に成立した米国の「スムート・ホーリー関税法」である。スペイン、スイス、カナダ、イタリアと関税引き上げが続き、キューバ、メキシコ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドも新しい関税を制定した。

 実はケインズも英国の不況対策として関税を推していた。「国内投資の刺激、関税と輸入統制、輸出補助金を支持した」とキンドルバーガーは指摘する。財政による景気刺激の効果を失わないための関税支持であるにしても、関税はいったん応酬が始まると弾みがつきがちなのである。

 そして国際秩序が崩れ始めると、利己的に行動する国が出てくる。当時はフランスである。「フランスの地位は、フランスに責任をもたせるほどには十分大きくはなく、それかといってフランスが無責任に振舞えるほど小さくなかったから、厄介であった」。フランスは「安定破壊者として行動する力はもっていたが、安定を達成するだけの力はなかった」。

 能力と意思と中途半端な利己心。大不況を長引かせた国際秩序の機能不全を物語るキーワードは、決して過去のものではない。今私たちが問われているのも歴史に学ぶ姿勢だろう。

写真/スタジオキャスパー

日経BPクラシックス『 大暴落1929
ガルブレイスの作品の中では小品だが、中身は濃い。現在の状況を考える上で、貴重なテキストと言える。バブル崩壊、株価暴落のあとに必ず読まれる、恐慌論の名著。

ジョン・K・ガルブレイス著/村井章子訳/日経BP/2420円(税込み)