大川周明というと、東京裁判で東条英機の頭を叩(たた)いた光景を思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし大川の主著『復興亜細亜の諸問題』を読めば、アジアの覚醒を訴え、インド独立運動に共感し、イスラム教への造詣を深めた気骨ある思想家の側面が見えてくる。

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「アジアは惰眠より起たねばならぬ」

 「平和に対する罪」で日本の戦争指導者28人が裁かれた東京裁判(極東国際軍事裁判)の開廷から今年で80年。裁判が始まった昭和21年(1946年)5月3日、法廷内にどよめきが起きた。元首相・東条英機の頭を、その後ろにいたパジャマ姿の被告がピシャリと平手打ちしたからだ。

 退廷を命じられた被告は、思想家の大川周明(明治19年[1886年]~昭和32年[1957年])である。侵略戦争をあおったとして起訴された国家主義者は、精神を病み奇行に及んだ。だがそんな紋切り型の総括で、「アジア民族は、第一に自由を得ねばならぬ」と説き続けた彼の思想と行動の奥行きを語り尽くせるのだろうか。

 「革命ヨーロッパと復興アジアとは、新しき世界史を経緯する根本要素である。旧(ふる)きヨーロッパは革命せられねばならぬ。雌伏せるアジアは復興せられねばならぬ」

 「新しき世界の黎明が来た。ヨーロッパは夢より醒(さ)めねばならぬ。而(しか)してアジアは惰眠(だみん)より起たねばならぬ」

 インド独立の父・ガンジーを思わせる語り口。これは大正11年(1922年)に刊行された、大川の主著『復興亜細亜の諸問題』(『 復興亜細亜の諸問題・新亜細亜小論 』中公文庫所収)の訴えである。第一章の表題は「革命ヨーロッパと復興アジア」。ここに生涯変わることのないテーマがある。

『復興亜細亜の諸問題・新亜細亜小論』(大川周明著/中公文庫)。画像クリックでAmazonページへ
『復興亜細亜の諸問題・新亜細亜小論』(大川周明著/中公文庫)。画像クリックでAmazonページへ

 インド、ペルシャ、トルコ、エジプト……。英国を筆頭とする欧州諸国の仮借(かしゃく)ない植民地支配と、アジアで澎湃(ほうはい)と巻き起こる独立運動を、本書は壮大なスケールで描き切る。青年トルコ党やエジプト国民党といった各国の独立運動の息づかいが伝わってくる。

 白眉は第四章の「革命行程のインド」である。「インドはガンディに導かれて新しき時代に入るであろう。……今や世界最大の革命家は、まがうべくもなくレニン及びガンディである」。インドの独立は1947年8月15日。その四半世紀前に大川は、インド独立への国民的感情が「ガンディの人格と活動とによりて、日に日に強くなりつつあるのだ」と喝破した。

インドの独立運動家たちとの交友

 思想家の真価は先見性によって定まる。日本に亡命していたインドの独立運動家たちと交友し、生の情報に裏打ちされたことによる洞察である。

 東京大学で宗教学を専攻した大川は、明治44年(1911年)の卒業後も定職に就かず図書館通い。古典『バガヴァッド・ギーダー』などインド哲学三昧の日々だった。大正2年(1913年)夏、神田の古本屋での運命の書と遭遇する。

 ヘンリー・コットンの『新インド』である。植民地官吏の書は決して独立運動の本ではない。が、そこに描かれていたのは英国植民地下のインドの惨状だった。衝撃を受け、今ここにある実際のインドに深い関心を寄せる。

 そんな大川に大正4年(1915年)初秋、若きインド人が声をかけてきた。ヘーランバ・ラール・グプタ。サンフランシスコに本拠を置き、暴力行使も辞さない独立運動組織の一員である。「出会いは多分偶然ではなかったろう」と大川研究家の大塚健洋は推察する(『 大川周明 ある復古革新主義者の思想 』講談社学術文庫)。同志から大川がシンパであると聞き、日本での活動に協力を求めたのだ。

 グプタは処罰された者800人を出したインドのラホール陰謀事件に連なる。事件の首謀者ラーシュ・ビハーリ・ボースは折から日本に潜伏していた。ボース、グプタの2人は当時、日英同盟を結んでいた日本の官憲から国外退去処分を受ける。英国の手に渡れば死を意味する。国家主義運動の巨頭、頭山満の手引きで、2人は新宿の中村屋に身を隠す。

 この経緯は、中島岳志の『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社)に詳しく興味が尽きないが、ここでは中村屋から飛び出したグプタが大川の元に身を寄せたことだけを記しておこう。だからこそインド独立運動への大川の共感が、本書から溢(あふ)れてくる。

イスラム教への深い造詣

 『復興亜細亜の諸問題』でもうひとつ見逃せないのは、当時「回教」と呼ばれたイスラム教への深い造詣だろう。アフガニスタン、ペルシャ、トルコ、エジプトなど中東をめぐる記述には、イスラム教の役割に周到な目配りが施されている。

 なかでも第十章の「ヨーロッパ治下の回教民族」と第十一章の「復興アジアの前衛たるべき回教聯盟」はイスラム教そのものに焦点を当てている。当時のイスラム教徒の6分の5は欧州を中心とする非イスラム教徒の支配下にあった。だが、支配者である欧州による「同化政策」は失敗の運命にある。大川は当時のイスラム社会をそのように分析している。

 「回教において信仰と法律が不可避の関係を有する」。したがって植民地に欧州の法制度を持ち込むことができない。しかもその教義では、「全世界は悉(ことごと)く回教教団の領域にして、この領域を獲得するためには戦争を必要とする」。

 つまり「一切の非回教的国家団体に対する回教教団の法律的関係は、ただ一の戦争あるのみだ」。ジハード、「神聖戦争Jihad」である。これには教条的なイスラム理解という批判もあったが、イスラム原理主義の台頭に直面する今となっては、大川の慧眼に脱帽するほかあるまい。

 戦時下の昭和18年(1943年)に刊行した『回教概論』は、信仰、儀礼、教団と法律の発達に説き及び、中公文庫、次いでちくま学芸文庫で読み継がれている。さらに昭和25年(1950年)には、たったひとりの超人的な作業でコーランの完訳(『古蘭』)を完成させている。

 大川は精神が持ち直した後も、不起訴処分となり再び法廷に呼び出されることはなかった。もし大川が法廷に戻ってきたら、日本が開戦に追い込まれた経緯を内在的に説明し、検察側に論戦を挑んだことだろう。

 日暮吉延『 東京裁判 』(講談社現代新書)は「大川が法廷で宣伝的言辞を弄(ろう)するのを避ける必要」からの不起訴処分とみる。評論家の佐藤優は「東京裁判という『本土決戦』の場で展開されるであろう大川の言葉の力にアメリカ人が怖じ気づいた」とさらに一歩踏み込む。

 開戦直後の昭和16年(1941年)12月14日から24日まで10回にわたってNHKラジオで大川が行った講演を基に、昭和17年(1942年)に刊行された『 米英東亜侵略史 』(土曜社)。同書が『 日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く 』(佐藤優著/小学館文庫)として復刊された際、佐藤は解説を加えている。日本と米英の間で戦われたのは帝国主義戦争であったにせよ、その戦争は植民地支配の終焉をもたらした。

 インドの独立はなぜ1947年の8月15日なのか。高まる独立運動に抗し切れない。そう観念した最後のインド総督であったイギリスのルイス・マウントバッテン卿は、1948年に予定していた独立を前倒しにした。8月15日を選んだのは、先の大戦で東南アジア連合軍最高司令官であったマウントバッテン卿にとって、日本軍が無条件降伏した「幸運の日」だったからだ。

 幸運の日? 独立の志士たちを描いたインドの長編スペクタクル映画『RRR』(2022年)。そのエンディングには、独立闘争の英雄としてもう一人のボースが登場する。大戦中に日本軍の協力を得て「インド国民軍」を組織したスバーシュ・チャンドラ・ボースである。インド独立の8月15日は、大川にとってこそ「幸運の日」だったのではあるまいか。

写真/スタジオキャスパー

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