私たちが今いる世界、資本主義にはどんな問題があり、これからどこへ向かうのか? ケインズと並ぶ20世紀最高の経済学者と称されるシュンペーターが、20世紀半ばに記した『資本主義、社会主義、民主主義 Ⅰ、Ⅱ』(大野一訳/日経BPクラシックス)は、資本主義の現在と将来の見取り図を提供する。日本語訳でⅠ、Ⅱ巻で900ページ近い大著だが、岸田文雄政権が掲げる「新しい資本主義」像を考察する上でも、ぜひ読んでおきたい。

創造的破壊を阻むものは何か

 岸田文雄政権は「新しい資本主義」を掲げ、様々な政策を打ち出している。ならば今、資本主義はどのような問題を抱え、どうすれば解決に向かうのか。そもそも「新しい資本主義」というのは一体何なのか。政権発足から1年余り、そんな堂々巡りが続いている。

 ここは、資本主義自体についてきちんと整理しておく必要がある。ヨーゼフ・シュンペーターが20世紀半ばに記した大著『 資本主義、社会主義、民主主義 Ⅰ、Ⅱ 』(大野一訳/日経BPクラシックス/2016年刊)は、資本主義の現在と将来の見取り図を提供してくれる。

 シュンペーター(1883~1950年)がジョン・メイナード・ケインズと並び、20世紀最高峰の経済学者であることは言うまでもあるまい。訳書で2巻、合わせて900ページ近い本書を読み通すのは、息が切れる登山である。経済ばかりでなく政治、哲学、歴史など広範な展開は時に迷路のようだ。

 第2部「資本主義は存続できるか」。ここが問題の核心に切り込んだ部分だ。資本主義の生命は動的発展であり、決して静態的ではあり得ない。古い構造が絶えず破壊され、新しい構造が生み出される。この「創造的破壊」こそが資本主義の本質なのである。

『資本主義、社会主義、民主主義 Ⅰ、Ⅱ』(大野一訳/日経BPクラシックス)(写真/スタジオキャスパー)
『資本主義、社会主義、民主主義 Ⅰ、Ⅱ』(大野一訳/日経BPクラシックス)(写真/スタジオキャスパー)
画像のクリックで拡大表示

 というと、「起業家」の役割の重視と併せて、絵に描いたような自由な価格競争や完全競争への賛歌と思われるかもしれない。違う。鍵を握るのは、静態的な価格競争ではない。新製品や新技術、新しい供給地や組織形態が仕掛ける、動態的な競争である。

 「新しいものが登場するときは、完全競争は例外なく一時的にストップしている」

 創造的破壊の過程では、企業は新規分野に投資しても、資金回収の保証がない。だから、シュンペーターは、新たな参入者の取引を制限することが投資を促すという。

 「自動車はブレーキがあるからこそ、ブレーキのない場合より早く走れる」。ブレーキとは取引の制限である。価格支配力を持つ大企業に、シュンペーターが積極的な意味を見いだしているのも、不思議ではない。新しいものを生み出すための体力を提供するからだ。巨大機構、つまり大企業は、経済発展の最大の動力装置となってきた。

資本主義を脅かすものは「内部」にある

 ならば、こうした発展は無限に続くのか。「いや、そうは思えない」。シュンペーターはあっさり言ってのける。そう聞くと、今日の我々には、所得格差の拡大や環境破壊の深刻化によって資本主義が行き詰まる、といった議論がおなじみだろう。「成長より分配を」という主張は先進国で力を増しているし、気候変動は人類の生存を脅かすとして成長にブレーキをかけようという声も高まっている。

 そうだろうか。より良い生活水準を求める人間の欲求が変わらない限り、こうした「外部」からの制約が資本主義の息の根を止めるとは考えにくい。社会が直面する課題の解決には、それこそ創造的破壊の出番のように思える。シュンペーターが興味深いのはむしろ、資本主義の「内部」に生じる空洞を鋭く突いている点だ。

 それは、「進歩自体が機械的になる可能性」である。その結果、起業家精神が大きなダメージを受けかねないという。何もしなくても企業社会が自動的に進歩を実現するようになれば、資本主義に独特のチャレンジ精神が失われてしまうのである。

 「利潤がゼロに近づき、それに伴い金利もゼロに近づいていく」「経営が日々の事務管理の問題になり、従業員は必然的に官僚の性格を帯びていく」「実に覇気のないタイプの社会主義がほぼ自動的に誕生する」。シュンペーターが「進歩の機械化」の先に描く戯画は、日本の「失われた30年」を記すようである。

 しかも、成功した資本主義は敵対者に囲まれやすい。一つは「プロの素人評論家」、有り体に言えば「口舌の徒」というべき知識人の台頭である。大学など高等教育機関の猛烈な拡大がこうした傾向に拍車をかける。本書の筆致は辛辣だ。

 「大学を出ても必ずしも雇用条件(例えば専門職)を満たす能力が身に付くわけではないが、大学を出ることで心理的に肉体労働に就けない人間にはすぐさまなれる」。こうした人々は「強烈な不満を胸に抱いて(知識人の)軍勢に加わる。不満は怒りに変わる」。

岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の具体像はいまだ見えない(写真/shutterstock)
岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の具体像はいまだ見えない(写真/shutterstock)
画像のクリックで拡大表示

 2020年の米大統領選挙に際して、「民主社会主義者」を自任するバーニー・サンダース候補を若者が熱狂的に支持した。その背後には、本書の描く資本主義の自家中毒があるようにみえる。シュンペーターは社会主義者ではないが、「中央の権威が生産手段と生産自体を管理する制度」である社会主義は、有効に機能すると考えていた(第3部「社会主義は機能するか」)。

 北欧型の社会主義ばかりでなく、ソ連型の社会主義も十分に機能する? 硬直的な経済運営によって旧ソ連圏が崩壊したことを知る今日の目から見ると、本書の社会主義への評価は甘すぎるように思える。しかし一方で、古典的な自由放任と小さな政府へと大きくかじを切った新自由主義の経済運営が、壁に当たったのも否めない。

民主主義国リーダーの迷走

 こうした資本主義の変質は現在進行形である。ならば岸田首相のいう「新しい資本主義」とは何だろうか。首相自身はこういう(首相官邸ホームページより)。

「分配なくして次の成長なし」。成長の果実を、しっかりと分配することで、初めて、次の成長が実現します。大切なのは、「成長と分配の好循環」です。「成長も、分配も」実現するため、あらゆる政策を総動員します。

 これは分配重視の経済運営のようにみえるが、それだと政府による介入ばかり目に付いてしまう。そこで海外の投資家を前に講演する際には「インベスト・イン・キシダ(岸田政権に投資を)」と訴え、成長を重視しているよう強調する。かくて分かりにくさは増す。そして実際には、円安や物価高など差し迫った課題への対処に政治的資本を消耗させつつあるのだ。

 世界を見渡すと、迷走気味なのは岸田首相ばかりではない。「民主主義国の首相は、手綱を握るだけで精一杯で行き先を自分で決められない騎手、もしくは自分の部隊を命令通りに動かすことばかりに気を取られ、戦略は場当たり的という将軍に譬(たと)えられるかもしれない」

 本書の第4部「社会主義と民主主義」で記された指導者像は、現代の民主主義国を描いているようだ。その不満がギデオン・ラックマンの言う 『強権的指導者の時代 民主主義を脅かす世界の新潮流』 (村井浩紀訳/日本経済新聞出版)を招いているとしたら、21世紀の姿を見てシュンペーターは自らの洞察に胸を張るだろうか、それとも……。

知的巨人の予言の書

「創造的破壊」というキー概念が出てくる、ケインズと並ぶ20世紀を代表する経済学の巨人シュンペーターの主著。Ⅰ、Ⅱの2巻。

ヨーゼフ・シュンペーター著/大野一訳/日経BP/Ⅰ=2860円、Ⅱ=2640円(いずれも税込み)、

【関連記事】
「日経BPクラシックス」 武器としての古典を新訳で読む