ネットの新しい動きとして、「Web3(Web3.0)」に大きな注目が集まっています。NFT(非代替性トークン)、DAO(分散型自律組織)、暗号資産、スマートコントラクトといったキーワードが次々と登場し、それらに関するベストセラーも生まれています。ただ、この新しい潮流を捉えようとしても、Web3の概念自体が分かりにくく、どの本を読めばよいのかも悩ましいものです。そこで、 『アフターデジタル』 などの共著者であり、ネットの最新状況に詳しい尾原和啓さんにWeb3とは何か、今読んでおきたい本はどれかを聞きました。

Web3を理解する前に、Web2.0をきちんと知る

 Web2.0で社会は大きく変わり、個人が情報を発信し、影響力を持てる時代になりましたが、課題もあることは連載第1回で述べました。個人や企業が発信するさまざまな情報と権益が、プラットフォームを運営する巨大な企業に集中することで、寡占が起きてしまったのです。

 そうしたWeb2.0で起きた問題の解消を目指すべく生まれたのがWeb3ですが、ここで間違えてはならないのは、Web3はWeb2.0のすべてを否定しているわけではないということ。あくまでもWeb2.0の優れた点を生かしつつ、問題点の解消を試みているのがWeb3だということです。

 そうした流れを理解するには、改めてWeb2.0をきちんと理解することが有用です。Web2.0の優れた点は、やはり「集団の知恵」でしょう。多くの個人によって寄せられた知見をより精度の高い情報として活用する。これが「集団の知恵」です。Wikipediaをはじめ、グルメサイトや地図サービス、オンラインショップの口コミなどもそうですが、ユーザーから集めたデータによって成り立つWeb2.0ならではのサービスを人々が便利であると感じて利用するのは、そこに一定の信頼を置いているからです。

 では、なぜ人々はこうした「集団の知恵」を信頼するのでしょうか? また、「集団の知恵」は本当に信頼してもよいものなのでしょうか?

 こんなふうに疑いはじめたら切りがありませんが、その信頼に対する裏付けを解説したのが、雑誌『ザ・ニューヨーカー』金融ページで活躍するビジネスコラムニスト、ジェームズ・スロウィッキーの 『「みんなの意見」は案外正しい』 (KADOKAWA)という本です。

 著者は、みんなが集めた情報の信頼性が担保されるためには、多様性、独立性、分散性、集約性という4つの条件がそろう必要があると、さまざまな研究結果を通して述べています。これら4つの条件がそろうと、「集団の知恵」は「案外正しい」状態を保ち、機能することが解き明かされています。

ジェームズ・スロウィッキー著、小高尚子訳『「みんなの意見」は案外正しい』。集団の知恵の信頼性が担保される4条件を解説している
ジェームズ・スロウィッキー著、小高尚子訳『「みんなの意見」は案外正しい』。集団の知恵の信頼性が担保される4条件を解説している
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 一方でこうした利点も多いものの、Web2.0では各個人が発信した情報が1カ所に集約されていないと機能しないという課題がありました。例えば、グルメサイトには多くの個人が寄せた情報が集まっているから、ある店に寄せられたレビューを比較し、信用できそうな意見を抽出したりすることができます。あるいは複数の店の評価を比較検討することもできます。

 1カ所に集約されていることの問題は、集められた情報がそのプラットフォームを運営する企業の利益向上のために、意図的に情報に手を加えられる可能性があることです。一見とても便利なサービスですが、これこそがまさに中央集権型の課題なのです。

 先日、とあるチェーン店が意図的に評価を下げられたと有名グルメサイトを提訴し、その結果、独占的な立場を乱用したとグルメサイトに賠償命令が出ました。評価の内容を集計するアルゴリズムに手を加えたことが、情報を独占する立場を乱用する行為であったと判断されたわけです。

 Web2.0においてはこのグルメサイトよりもさらに大きな規模でGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)と呼ばれる巨大なIT企業が大きく成長し、情報を独占するなど非常に強い力を持ってしまいました。こうしたWeb2.0における反省がWeb3を生んだわけですが、しかし、「個人が情報を発信する」という根本の部分は非常に重要かつ優れた部分であり、Web3ではこれを生かしつつ、中央集権によって引き起こされる問題の解決を試みています。

 『「みんなの意見」は案外正しい』では、個人から発せられた情報を適切に取り扱うことでどれだけ有用な情報として活用できるかが理解でき、この部分はWeb3でも重要な考え方であるのです。

同調圧力に屈せずに意思決定をどうするか

 少し話は変わりますが、情報の集約が進んだ結果、近年では何か大きな話題が生まれると、ネット上の世論がそれ一色で塗りつぶされてしまうようなことが起こっています。これは、個人の意見が独立性を失いはじめ、『「みんなの意見」は案外正しい』で述べられている4つの条件、多様性、独立性、分散性、集約性がそろわなくなってきている状態と言えます。実はこれもまたWeb2.0の大きな問題点であり、Web3では分散化によってこの問題を解決しようとしています。

 分散化するということは、自分で選択する、つまり、今まで企業の判断に任せっきりだったことを、一人ひとりが自分で決めていかなければならないということでもあります。

 「この不透明な時代にどう意思決定していくのか」

 この哲学的な命題に対し、参考になるのが 『身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』 (ダイヤモンド社)という本です。特にWeb3時代にリーダーとして活躍したい人は読んでおくべき1冊と言えるでしょう。

 『身銭を切れ』を書いたナシーム・ニコラス・タレブ氏は、『ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質』(ダイヤモンド社)の著者としても知られています。「ブラック・スワン(黒いハクチョウ)」とは、それが実際に起こるまでは「あり得ない」と思われていた出来事を表しています。白いハクチョウしかいないと思われていたのに、オーストラリアで黒いハクチョウ、コクチョウ が発見されたことが由来とされています。

 なぜ現代ではそれまで「あり得ないと思われていたことが起こる」ブラック・スワンが起こりやすくなっているか、また、それが起こったときに何が生じるかを書いたのがこの『ブラック・スワン』という本です。タレブ氏は、不確実性の高い現代では、1つの方向へ向かう大きな流れが生まれたときに、それに同調するよりはむしろ逆張りをしたほうが勝てるとしています。

 経済学的な観点で言うならば、分散が進むことによってさまざまなものの価値の振れ幅が大きくなっています。その中で自分らしく経済活動をするにはどうすべきか。『身銭を切れ』は、そんな哲学的命題に取り組むのに役立ってくれるでしょう。

「この不透明な時代にどう意思決定していくのかという哲学的な命題に対し、参考になるのがタレブ氏の本」(写真=的野弘路)
「この不透明な時代にどう意思決定していくのかという哲学的な命題に対し、参考になるのがタレブ氏の本」(写真=的野弘路)
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 もう1冊、同調圧力の強い現代において読んでおくべきと僕がお薦めするのは、 『自由からの逃走 新版』 (東京創元社)です。『自由からの逃走』の原著は1941年、日本語訳初版は1951年に出版されたという古い本ですが、フランスではここ2年くらいよく読まれ、話題に上るようになっています。

 本書では、Web3が始まりつつある現代とは全く逆の構図、ナチズムの台頭によって全体主義へと突き進む社会で、「自分という自由を考える」のはどういうことかをテーマにしています。自分の意志で何かを選択し、決定するのは、負担、言い換えれば負債とも考えられる“重荷”です。選択せずに生きられるならそれに越したことはありませんが、分散によって同調に屈せず、選択していくことはけっこうな労力を伴います。

 Web3の時代には、分散化によってより多極化した情報の中で、色々な民主主義、さまざまな資本主義が登場するはず。実際に、Web3の重要なキーワードである新しい組織の形「DAO」(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織) は従来のように一部の人が意思決定をする中央集権型組織ではなく、すべてのメンバーが意思決定権を持つ非中央集権な組織です。その名前の通り、組織が自律しています。また、DAOは国をまたいでルールの違う幾つものコミュニティーに同時に参加することを可能にします。今までは自分が生活する国を自由に選べるとは限らず、どういう民主主義とどういう資本主義を組み合わせるかなど、誰も考えたこともなかったはずです。でも、そんな悩みを抱くことになるかもしれないのが、Web3がもたらす世界です。

 そんなWeb3がもたらす世界で、自分の立ち位置をはじめ、意思決定をどう行っていくのか。『身銭を切れ』と『自由からの逃走』の2冊は、指針としてきっと皆さんの役に立つはずと思い、本連載の最後の回に選びました。

取材・文/稲垣宗彦