八重洲ブックセンター本店は、東京都の再開発事業に伴って、2023年3月31日で営業を終了し、44年の歴史に幕を下ろす。今後は、同地に建設予定の超高層大規模複合ビル(2028年度竣工予定)への出店を計画しており、また、他の8店舗の営業は続く。同店の営業部マネージャー兼フロアチームマネージャーの内田俊明さんと、30年以上ビジネス書を担当する柏明美さんに、東日本大震災など、お客さんたちとの出来事で印象深いことについて聞いた。

前編「 八重洲ブックセンター本店、44年の歴史に幕 著名作家の思い出

「44年間の感謝をこめて」。店内ではフィナーレ・イベントが開催中
「44年間の感謝をこめて」。店内ではフィナーレ・イベントが開催中
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東日本大震災では一晩中店を開ける

 2人とも口をそろえて、「東日本大震災のときのことは忘れられない」と言う。同店は、当時の店長の判断で、お店を閉めずに一晩中開けて、帰宅できない人たちにいてもらうことにした。当時は、自社でティファニーという喫茶店を併設して営業していた。そこでハヤシライスなどを炊き出したり、お客さんがスマホの充電をできるように電源を開放したり。また、社員食堂もあり、食堂のスタッフで帰宅できなかった人たちが、炊き立てのご飯にふりかけをかけたものと、おみそ汁を提供した。

 内田さんは、震災当日がたまたま休みの日だった。翌日早朝に出勤したらお店がすでに開いていて、店内の床には所狭しと段ボールが敷き詰められ、帰宅できなかった人たちが仮眠を取っていたという。柏さんは震災当日に出勤していて、「本棚の中で、本が上下左右に暴れていたのが目に焼きついている」と振り返る。

 「上層階は本が落下しましたが、私がいた2階を含む下層階は本棚の中で本が暴れるだけで落下せずにすみました。店内には太くて丸い柱が地下1階から8階まで通っていて、それにお客様たちがつかまられていて……。揺れが収まった後、お客様を階段と止まったエスカレーターで走らずに降りてもらうように誘導し、それから食料と飲み水を確保しに近くのコンビニへ。私も帰宅できなかったので、店に泊まりました。

 店内はすごい数のお客様であふれ返っていて、徒歩で帰宅しようと地図を買う方も。妊婦さんがいたので、上司の指示で、畳の部屋があるビル管理をしている守衛さんの部屋にお連れしました。しばらくしてからご家族が迎えに来られ、無事にお帰りになられてホッと胸をなでおろしたことをよく覚えています」

 後日、「あのときは大変お世話になりました」「本当に助けられました」という連絡が入ったほか、わざわざ来店してお礼を言いに来る人たちが何人もいたという。単なる書店以上の役割を担っていたことを物語るエピソードだろう。

 コロナ禍の緊急事態宣言下でも、同店は一度も休業せず、土日・祝日は休んだものの、営業を継続した。「営業部長の判断で、感染防止に気をつければ営業を続けられるはずだ、と。本を買う場所をなくすわけにはいかない、という一種の責任感からの判断だったと思います」と内田さん。他の書店は軒並み休業していたこともあり、ソーシャルディスタンスを確保するのに苦労するほど、たくさんのお客さんが来店した。まさに愛される存在で、それだけに閉店が決まって惜しむ声が寄せられたという。

「東日本大震災のときのことは忘れられない」と言う2人。当時の店長の判断で、お店を閉めずに一晩中開けて、帰宅できない人たちにいてもらうことにした(八重洲ブックセンター本店の内田俊明さん<右>と柏明美さん)
「東日本大震災のときのことは忘れられない」と言う2人。当時の店長の判断で、お店を閉めずに一晩中開けて、帰宅できない人たちにいてもらうことにした(八重洲ブックセンター本店の内田俊明さん<右>と柏明美さん)
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著者、読者から感謝のメッセージが

 「レジに入っていると、毎日何十回も『閉店しちゃうんですね』『さびしいです』『今までありがとうございました』という言葉をかけていただきます。そして、『どこに場所を移して営業するんですか』という質問もたくさん受けます。営業の続行を期待してくださる気持ちが伝わって、この上なくありがたく思っています」(柏さん)

 一般に「本離れが進んでいる」といわれるが、内田さんと柏さんの話を聞いている限り、それは本当か?と疑わずにはいられなくなる。「新刊の発売日に合わせて買いに来てくださる方も、サイン会に並んでくださる方もたくさんいらして、本を必要としている方が多いな、と感じます」と柏さん。きっと、本が好きな人は好きなままで、読まない人との二極化が進んでいるだけなのだろう。

 常連客による閉店に対するメッセージは、さらに本と八重洲ブックセンター本店に対する愛にあふれていた。このメッセージはフィナーレ・イベントの1つとして募集され、当初は2階の壁だけを使って展示する予定だったが、あまりの多さに1階の壁も使用することになった。10cm四方ほどの紙に、小さい頃に父親と手をつないで来店した思い出や、親子2代にわたって愛用してきたこと、東京出張の帰りに立ち寄るのを楽しみにしていたことなどがびっしりと書かれていて、思わずジーンとしてしまう内容も多い。

これまでの感謝と閉店を惜しむ数多くの声が壁一面に貼られている
これまでの感謝と閉店を惜しむ数多くの声が壁一面に貼られている
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 その他、フィナーレ・イベントとして、文庫本を買った人に、イラストレーターの杉浦さやか氏による特別ブックカバーのプレゼントも行っている(なくなり次第終了)。東京駅を舞台にした恩田陸氏の『ドミノ』(角川文庫)の限定カバーバージョンも、出版社の協力のもと作成。また、2階のビジネス書コーナーでは、日経BPと日本経済新聞出版の過去20年分のベストセラーを展示しており、多くのお客さんが足を止めている(以下に各年のランキングを掲載)。

2階のビジネス書コーナーでは、「八重洲ブックセンター本店で読み継がれている『日経の本』フェア」を開催中。日経BPと日本経済新聞出版の過去20年分のベストセラーを懐かしそうに手に取るお客さんも多いという
2階のビジネス書コーナーでは、「八重洲ブックセンター本店で読み継がれている『日経の本』フェア」を開催中。日経BPと日本経済新聞出版の過去20年分のベストセラーを懐かしそうに手に取るお客さんも多いという
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 「普段は新刊を置く場所で、お目当ての本を見つけたらパッと手に取ってサッと立ち去る方が多いコーナーでしたが、このフェアを開催したら、皆さん年代順にじっくりと見入って、長居されています。きっと、昔を思い出しながら手に取られていることでしょう。これは人に薦められて読んだな、とか、読もうと思ってたのに忘れてたやつだ、とか、心の会話を楽しんでおられるのか、と。そんな想像をしながら売り場に立てるのが、書店員として幸せを感じるひとときです」(柏さん)

 5年後の新たな出店を楽しみに待ちたい。

「日経の本」単行本売り上げランキング 2002~2022

2022 書名 著者名
1位 「家飲み」で身につける 語れるワイン 渡辺 順子
2位 経営12カ条 稲盛 和夫
3位 永守流 経営とお金の原則 永守 重信
3位 名医が教える飲酒の科学 葉石 かおり
5位 きみの人生に作戦名を。 梅田 悟司
2021 書名 著者名
1位 2040年の未来予測 成毛 眞
2位 ビジョナリー・カンパニーZERO ジム・コリンズ/ビル・ラジアー
3位 日経業界地図 2022年版 日本経済新聞社編
4位 2030 半導体の地政学 太田 泰彦
5位 LISTEN ケイト・マーフィ
2020 書名 著者名
1位 みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 日経コンピュータ/山端 宏実/岡部 一詩/中田 敦/大和田 尚孝/谷島 宣之
2位 宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたの知らないあなたの強み 古野 俊幸
3位 日経業界地図 2021年版 日本経済新聞社編
4位 テレワークの切り札! Office365 Teams即効活用ガイド 岩元 直久
5位 フードテック革命 田中 宏隆/岡田 亜希子/瀬川 明秀
2019 書名 著者名
1位 FACTFULNESS(ファクトフルネス) ハンス・ロスリング/オーラ・ロスリング/アンナ・ロスリング・ロンランド
2位 絶対に休めない医師がやっている最強の体調管理 大谷 義夫
3位 建設キャリアアップシステム かんたん!ガイド 日経BP総研 社会インフララボ
4位 アフターデジタル 藤井 保文/尾原 和啓
5位 天才を殺す凡人 北野 唯我
2018 書名 著者名
1位 会計の世界史 田中 靖浩
2位 マーケティングとは「組織革命」である。 森岡 毅
3位 ビジネスExcel 完全版 日経PC21
4位 リクルートの営業コンサルが教える 自分で動く若手営業の育てかた 的場 正人
5位 MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ 日高 洋祐/牧村 和彦/井上 岳一/井上 佳三
2017 書名 著者名
1位 さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 トム・ラス
2位 リクルートのすごい構“創”力 杉田 浩章
3位 ダークサイド・スキル 木村 尚敬
4位 HIGH OUTPUT MANAGEMENT アンドリュー・S・グローブ/ベン・ホロウィッツ
5位 江副浩正 馬場 マコト/土屋 洋
2016 書名 著者名
1位 「言葉にできる」は武器になる。 梅田 悟司
2位 ザ・会社改造 三枝 匡
3位 アイリスオーヤマの経営理念 大山健太郎 私の履歴書 大山 健太郎
4位 日経テクノロジー展望2017 世界を変える100の技術 日経BP
5位 デジタルトランスフォーメーション ベイカレント・コンサルティング
2015 書名 著者名
1位 リクルートのトップ営業が後輩に伝えていること 的場 正人
2位 良い値決め 悪い値決め 田中 靖浩
3位 まるわかりインダストリー4.0 日経ビジネス
4位 トップ1%の人だけが知っている「お金の真実」 俣野 成敏/中村 将人
5位 HARD THINGS ベン・ホロウィッツ
2014 書名 著者名
1位 日本人の生き方を変える7人の起業家 森部 好樹
2位 ビジネスExcel実践術 日経PC21
3位 お金はサルを進化させたか 野口 真人
4位 最高の戦略教科書 孫子 守屋 淳
5位 ユニ・チャーム 共振の経営 高原 豪久
2013 書名 著者名
1位 JAL再生 引頭 麻実
2位 ストレングス・リーダーシップ トム・ラス/バリー・コンチー
2位 LEAN IN(リーン・イン) シェリル・サンドバーグ
4位 凡事を極める 樋口 武男
5位 不格好経営 南場 智子
2012 書名 著者名
1位 リーンスタートアップ エリック・リース
2位 経営戦略の論理 第4版 伊丹 敬之
3位 良い戦略、悪い戦略 リチャード・P・ルメルト
4位 七つの会議 池井戸 潤
5位 ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる ジム・コリンズ/モートン・ハンセン
2011 書名 著者名
1位 個別受注で勝つ 株式会社O2 構造化設計チーム
2位 不動産マーケットはこうして勝ち抜く 三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部
3位 戦略と実行 清水 勝彦
4位 ダントツ経営 坂根 正弘
5位 電子部品流通のイノベーターがつづる グローバル時代の半導体産業論 高乗 正行
2010 書名 著者名
1位 スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン カーマイン・ガロ
2位 ビジョナリーカンパニー3 衰退の五段階 ジム・コリンズ
3位 経営の流儀 嶋口 充輝/竹内 弘高/価値創造フォーラム21
4位 星野リゾートの教科書 中沢 康彦
5位 帝国ホテルの不思議 村松 友視
2009 書名 著者名
1位 考え抜く社員を増やせ! 柴田 昌治
2位 俺は、中小企業のおやじ 鈴木 修
3位 不動産マーケット再浮上の条件 川口 有一郎/三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部
4位 すぐ分かる、詳しく分かるIFRS 日経ビジネス
5位 異業種競争戦略 内田 和成
2008 書名 著者名
1位 「基軸は人」を貫いて 井上 礼之
2位 不動産マーケットはこうなる 三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部
3位 右脳でわかる!株式投資力トレーニング 窪田 真之
4位 日経業界地図 2009年版 日本経済新聞社編
5位 新型インフルエンザ上陸 その時どうする? 生き残りハンドブック 損保ジャパン・リスクマネジメント
2007 書名 著者名
1位 右脳でわかる!会計力トレーニング 田中 靖浩
2位 なぜ社員はやる気をなくしているのか 柴田 昌治
3位 毎日が自分との戦い 金川 千尋
4位 脱「常識」の銀行経営 前田 裕之
5位 佐藤可士和の超整理術 佐藤 可士和
2006 書名 著者名
1位 不動産投資リスクの基礎知識 三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部
2位 アメーバ経営 稲盛 和夫
3位 最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと マーカス・バッキンガム
4位 フラット化する世界(上) トーマス・フリードマン
5位 電話はなぜつながるのか 米田 正明
2005 書名 著者名
1位 これだけは知っておきたい 個人情報保護 岡村 久道/鈴木 正朝
2位 ウィニング 勝利の経営 ジャック・ウェルチ/スージー・ウェルチ
3位 戦略の本質 野中 郁次郎/戸部 良一/鎌田 伸一/寺本 義也/杉之尾 宜生/村井 友秀
4位 日経業界地図 2006年版 日本経済新聞社編
4位 日本のお金持ち研究 橘木 俊詔/森 剛志
2004 書名 著者名
1位 日本のもの造り哲学 藤本 隆宏
2位 伸びない市場で稼ぐ! エイドリアン・J・スライウォツキー/リチャード・ワイズ
3位 すぐに活かせる「日経」の読み方 齋藤 精一郎/日本経済新聞社
4位 日経業界地図 2005年版 日本経済新聞社編
5位 ゼミナール マーケティング入門 石井 淳蔵/嶋口 充輝/栗木 契/余田 拓郎
2003 書名 著者名
1位 ゼミナール 経営学入門 第3版 伊丹 敬之/加護野 忠男
2位 戦略会計で利益を創る ソニー・ヒューマンキャピタル
3位 説得できる英文Eメール200の鉄則 倉骨 彰/Travis T. Kurahone
4位 経営戦略の論理 第3版 伊丹 敬之
5位 総解説 ファシリティマネジメント FM推進連絡協議会
2002 書名 著者名
1位 億万長者をめざすバフェットの銘柄選択術 メアリー・バフェット/デビッド・クラーク
2位 企業変革力 ジョン・P・コッター
3位 デイトレード オリバー・ベレス/グレッグ・カプラ
4位 巨象も踊る ルイス・ガースナー
5位 やっぱり変だよ 日本の営業 宋 文洲
(注)新書・文庫を除きます。現在、品切れの商品があります。また、八重洲ブックセンター本店のフェアとは一部異なる部分があります。

取材・文/茅島奈緒深 写真/尾関祐治