八重洲ブックセンター本店でビジネス書コーナーを長年担当し、カリスマ書店員としてメディア出演も多い柏明美さん。前回 「八重洲ブックセンターでビジネス書30年、柏明美さんが選ぶ本」 でおすすめ本として紹介してくれたのは健康系と自己啓発系。今回紹介してくれる3冊目のおすすめ本は経済系で、今年6月中旬に発売された『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』(名和高司著/日経BP)。併せてビジネス書売り場の最新動向についても聞いた。

八重洲ブックセンター本店でビジネス書フロアを担当する柏明美さん。2階ビジネス書売り場のトレンドコーナーには、柏さんセレクトの新刊が並んでいる
八重洲ブックセンター本店でビジネス書フロアを担当する柏明美さん。2階ビジネス書売り場のトレンドコーナーには、柏さんセレクトの新刊が並んでいる
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自己啓発的な要素も感じられる経済書

 シュンペーターは100年程前に活躍したヨーロッパの経済学者で、「イノベーション」という企業の体質改善に必要な概念を初めて深く研究した人として知られる。その彼のファンが今、世界中で増えているという。本書をまとめたのは彼について研究する第一人者。大学教授で学生の指導もしているためか、かみ砕いた説明やたとえが上手で、難解な専門用語もスッと頭に入ってくる。

 「 『資本主義の先を予言した 史上最高の経済学者 シュンペーター』 は厚さが約3㎝もあって、本を開く前から難しそうな雰囲気がバリバリ伝わってきちゃうんですが、実際に開くと味わい深いテイストのイラストや図解、欄外の補足説明も多くて楽しく読めるんです。あと、意外や意外、なんと自己啓発的な要素も感じられるんですよ。イノベーションは企業の現状を打破するための概念で、成し遂げるには熱くて強い思いがないとできないですよね。シュンペーターも、イノベーションを起こすには夢を見る力や、執念深く追いかけることが必要で、トライ&エラーではなく、失敗から学ぶ『トライ&ラーン』の姿勢が大事、常に新陳代謝を忘れるな、などと熱いことを言っています。そのメッセージがストレートに胸に響くんです。自分の信条にできそうなことが多く書かれていると思いました」

シュンペーターは100年程前に活躍したヨーロッパの経済学者で、イノベーションを初めて深く研究した人
シュンペーターは100年程前に活躍したヨーロッパの経済学者で、イノベーションを初めて深く研究した人
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 イノベーションは経営者が知っていればいいこと、と思いきや、そうではなくて意表を突かれたという柏さん。経営者に必要なテーマであることには違いないが、「自分が打破したい現状はなんだろう? と、自分事として捉えながら読めるんです」という。だから経済の専門書コーナーではなく、より多くの人に手に取ってもらえるように、ビジネス書コーナーに置くことにしたそうだ。

 「『新結合』という考え方を知って、ブックフェアの展開の仕方に使えると思いました。これまでも様々なジャンルの本を集めてフェアをしてきましたが、どうしても近いジャンル同士の組み合わせになりがちだったな、と。より大胆な組み合わせ方に挑戦して、新しいテーマを提案していきたいと思いました。もっとも、時代の流れをくんで、お客様のニーズを踏まえるのが前提。シュンペーターも、本の中で『真のイノベーションとは顧客の潜在的なニーズを前もって供給すること』と言っていましたから」

「実際に開くと味わい深いテイストのイラストや図解、欄外の補足説明も多くて楽しく読めるんです。あと、意外や意外、なんと自己啓発的な要素も感じられるんです」と柏さん
「実際に開くと味わい深いテイストのイラストや図解、欄外の補足説明も多くて楽しく読めるんです。あと、意外や意外、なんと自己啓発的な要素も感じられるんです」と柏さん
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お金に関する本のトレンドに変化

 こうした経済系の本の他、「ロシアによるウクライナ侵攻が長引くにつれて、世界情勢や資源の問題、地政学(地理的な条件から軍事や外交などの国家戦略、国同士の関係などを分析・考察する学問)の本もビジネス書コーナーではよく売れています」と柏さん。また、コロナ禍以降、お金に関する本のトレンドに変化があったという。

 「コロナ禍以前は節約術やお金のため方、資産運用など、いかにしてお金を増やすか、ということがテーマの本がよく売れていましたが、コロナ禍以後は、お金との付き合い方や向き合い方についての本が売り上げの上位に入るようになりました。メッセージ的には、今あるお金を大事にしよう、無駄なく有意義な使い方をしよう、という内容。お金が自然とたまる人の習慣や心掛けがテーマの本も人気があります」

今あるお金を大事にしよう、無駄なく有意義な使い方をしよう、という内容の本が人気
今あるお金を大事にしよう、無駄なく有意義な使い方をしよう、という内容の本が人気
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 売り上げの上位には入ってこないが、売り場に立っているとよく聞かれて、ニーズの高まりを感じるのは、持続可能な世界の実現と企業の成長に必要不可欠な要素として定められたESG(Environment/環境、Social/社会、Governance/ガバナンス)のSに含まれる「人的資本」に関する本。「この先もブームのように大きな動きにはならないと思いますが、どうやら日本が世界に後れを取っているテーマだけに、ジワジワと長く出続けるでしょう」と柏さんは踏んでいる。

売り場に立っているとよく聞かれて、ニーズの高まりを感じるのは、ESGのSに含まれる「人的資本」に関する本
売り場に立っているとよく聞かれて、ニーズの高まりを感じるのは、ESGのSに含まれる「人的資本」に関する本
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 同様に、来年から始まる、消費税に関するインボイス制度についての本も、売り上げの上位には入らないがジワジワと売れている。複雑な制度故、関連本が多く出ているようだ。

 「企業同士で結ぶ契約書の書き方や読み方に関する本はどこにありますか、ということもよく聞かれます。特に、海外との契約関連。法的に契約書の書き方が変わったということはなさそうですが、コロナ禍から通常の生活に戻る国も出てきたことから、海外との契約案件が徐々に増えていることが想像できます」

 書店の売り場から見える経済活動の変化。書店員さんならではの、トレンドのつかみ方だろう。

取材・文/茅島奈緒深 写真/尾関祐治

閉塞感を打ち破る、本物の経済学(イノベーション)とは何かを知れ

新しいことができない、世代交代が起きない、無能な人が出世する…。閉塞感を感じているすべての人は、最高の経済学者「シュンペーター」を知ろう!

名和高司著/日経BP/2090円(税込み)