ビジネス書に関わる出版関係者で、この人を知らない人はいないと言われるほど有名な八重洲ブックセンター本店の柏明美さん。入社以来、30年以上ビジネス書一筋で売り場づくりを担ってきたという。その柏さんが今おすすめしたい3冊のうち、今回は、『整える習慣』(小林弘幸著/日経ビジネス人文庫)と『「静かな人」の戦略書 騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』(ジル・チャン著/神崎朗子訳/ダイヤモンド社)の2冊をご紹介する。
年間文庫売上第1位! 『整える習慣』
「『整える習慣』(小林弘幸著/日経ビジネス人文庫)の著者は自律神経のケアで有名な医師で、心身を整える食事や運動、時間の使い方、人間関係のストレスを減らすコツなどについて分かりやすく、108個の方法が紹介されています。ビジネス書ではなくなぜ健康本を? と思われるかもしれませんが、当店の中心的な客層である男性サラリーマンがよく買われるんです。コロナ禍で不調を抱える人が増えているのかもしれません。
そうした人に、著者の先生の『感染予防も大事だけれど、あれもこれもダメと自分を縛りつけてしまうと心が折れかねませんよ』というメッセージが響きます。2021年2月の発売以降、売れ行きが衰えることなく売れ続けて、弊社の昨年の文庫年間売上第1位になりました」
具体的な内容は、「カバンの中を整理する」、「安請け合いをやめればストレスは減る」、「窮屈な服や靴を選ばない」、「リモートワークの合間に5分だけ『体育の時間』を入れる」、「落ち込んだら迷わず、階段を上り下り」、「休日を充実させるコツはゆるやかな計画性」など。読んですぐできる実践的な方法ばかりで、やる気を刺激してくれるのも人気の秘訣だ。柏さんが特に気に入って、日ごろ実践しているのは、「忙しいときほどゆっくり、丁寧に」だ。
「コロナ禍で出社人数を制限しているため、1人の仕事量が増加して忙しさも増し、常にアタフタしがちに。焦ると失敗が増えることも事実で、そのたびに『はぁ……』と落ち込む、と。なので自分が焦っているときほど、『忙しいときほどゆっくり、丁寧に』を思い出して、深呼吸をするようにしています。おかげで、忙しくても落ち着いて仕事ができるようになりました」
『整える習慣』 は、1回読んでおしまいではなく、「最近ちょっと調子が落ちてるな、ミスが多いかも、と感じたときに読み返してほしい」と柏さん。いつもの自分に軌道修正するのに役立つことだろう。
「自分らしさを大切に」と伝わる1冊
2冊目にすすめてくれたのは、 『「静かな人」の戦略書 騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』 (ジル・チャン著/神崎朗子訳/ダイヤモンド社)。日本では2022年の6月下旬に発売されたばかりの一冊だ。
八重洲ブックセンターでは、自己啓発本はビジネス書という大きなジャンルの中に分類される。「最近の傾向として、心理学系のテーマをビジネス書テイストで書く本が増えています」と柏さん。働き方改革やリモートワークの浸透などで、仕事との向き合い方が変わってきたのだろうか。自分の生かし方を模索している人に探してもらいやすいように、心理学の専門書コーナーではなく、ビジネス書コーナーに置いているという。
「タイトル通り、静かな人の潜在能力について解説された一冊です。具体的には聞く力や気配り、観察眼、冷静に小さなミスを見つけ出す力、謙虚さなど。著者自身が静かな人で、そのために非常に苦労してきた人。その著者の経験がベースになっていて、こういうときはこうしたらうまくいった、という書き方になっています。きっと静かで内向的な方が読むと共感の嵐で、自然と自己肯定感が上がって、自分もやってみようかな、という気持ちになれるかと。物静かでも内向的でもそのままでいいんだよ、自分らしさを大切にして、と励ましてもらっている感覚も味わえると思います」
今の自分を少し深掘りしてみよう
自己啓発系というと、自分に足りないものは足して、変えるべきところは変えよう、という内容のものを思い浮かべる人が多いだろうが、この本は真逆。「内向的であることは決してマイナスではない。どうにかして自分を変えて外向的にならなければいけない、と思う必要もない。内向的であることを自分の武器にするために、今の自分を少し深掘りしてみよう、と寄り添ってくれます」と柏さんは言う。
柏さん自身はどちらかというと外向的なタイプだが、こういう考え方や生き方もあるのか、と新鮮な気持ちで読めたそう。外向的故に、「ついついやり過ぎてしまう自分を制するヒント」も得られたとか。
「印象に残っているフレーズは、『自分を現実的に見つめて受け入れる』。私はわちゃわちゃと落ち着きがないタイプなので、自分を鎮めるために心に留めるようにしています。常に鎮めようとするとストレスになるので、シーンごとに、ここではいつも通りでいいけれど、ここではトーンダウンしよう、と自分の状態を切り替えるのに使っています」
また、自分が静かな人かどうかに関係なく、組織の中のリーダーにはぜひ読んでほしいという。「チームの中にはいろんなタイプの人がいて、きっと静かな人もいるでしょう。この本を読むと、静かな人は心の内に熱いものを持っていて、それをうまく表現できない状態だと分かります。突っつき方次第で、すごい潜在能力を引き出せて、チーム力と業績の向上につながると思います」
取材・文/茅島奈緒深 写真/尾関祐治
記事掲載当初、本文中で「著者は全米で累計200万部の発行部数を持ち」としていましたが、これは誤りでした。お詫びして削除・訂正します。本文は修正済みです [2022/07/28 18:00]
『整える習慣』
「窮屈な服や靴を選ばない」「落ち込んだら階段を上り下りする」「リモートワークの合間に5分だけ『体育の時間』」――。コロナ禍で心と体が大きなダメージを受けている今、必要なのは自律神経を整える毎日の積み重ね。第一人者が伝授する108の行動術。
小林弘幸著/日本経済新聞出版/880円(税込み)